2007/01/31 - 2007/01/31
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satoshi.sさん
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あまりにも暖かいのでじっとして居られず奈良市内観光に出かけました。 興福寺→猿沢池→春日大社→東大寺
興福寺は
法相宗の大本山として知られる興福寺。その前身は飛鳥の「厩坂寺」であり、さらにさかのぼると天智朝の山背国「山階寺」が起源となります。
その山階寺は、天智8年(669)に藤原鎌足が重い病気を患った際に、夫人である鏡大王が夫の回復を祈願して、釈迦三尊、四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられており、この名称は後世においても興福寺の別称として使われています。
その後、壬申の乱(672)ののち、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移建され、その地名を取って厩坂寺とされました。さらに、平城遷都の際、和銅3年(710)藤原不比等の計画によって移されるとともに、「興福寺」と名付けられたのです。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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国宝館
奈良時代から伝わる彫刻、絵画、書跡、工芸、考古資料など興福寺の寺宝を収蔵し、また広く一般に公開し、仏教の理解をいただくために、昭和34年に開館された。 -
東金堂(国宝)
神亀3年(726)に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を願って造立された。現在の建物は応永22年(1415)の再建。堂内には本尊薬師如来像、日光・月光菩薩像、文殊菩薩・維摩居士像(国宝)、十二神将像(国宝)、四天王像(国宝)を安置。
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五重塔(国宝)
天平2年(730)に光明皇后によって創建された。現在の塔は応永33年(1426)再建され日本第2位の高塔(50、1)だが、猿沢池畔から見上げる雄姿は古都奈良が誇る絶妙の風景。初層内陣には薬師三尊像(東)、釈迦三尊像(南)、阿弥陀三尊像(西)、弥勒三尊像(北)を安置。 -
興福寺境内整備計画案内板
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仮金堂
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本坊の門
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本坊の玄関
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大湯屋
寺のお風呂で、内部には大きな鉄の湯釜が2基ある。室町時代中期の再建。東が切り妻、西の入母屋の屋根を持つ建物である。 -
南大門跡
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中門跡
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回廊跡
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南円堂
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南円堂前の灯篭
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不動堂
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手洗い
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鐘楼
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猿沢池からの石段
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灯篭
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一言観音堂
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一言観音堂
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南円堂の飾り
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