中原河南省巡り−鄭州編−:shayajiaさんの旅行ブログ
今回の河南省巡りは旅の出発点、そして終着点が
どちらも鄭州だった。とはいえ、初日はすぐに
商丘に向かってしまったため、最終日に鄭州市内を
回ることに。
鄭州市は河南省の省都。乗換駅としてよく使われる
のか、駅周辺の至るところに長距離バス乗り場が
あったようだ。
開封市のバス乗り場を9時に出発し(票は8元!)
1時間半弱で鄭州駅前近くのバス駅へ。夜20時過ぎ
の列車までの時間を利用し、二七塔、商代遺跡、
河南省博物館を回った。
駅前で荷物を預け、まずは徒歩で二七塔へ。
(私は徒歩を選んだが、バスで行く場合は
駅から二七塔まで1〜2駅。)
このあたりはお店がたくさん入っていて、
平日の午後にも関わらず、人はかなり
歩いていた。ケンタッキーやマクドナルド
の看板が周りに多く見られる。
地図を頼りに歩く先に見えてきたものが…。
まさか、あれ?
ってほんとにこれでした、二七塔。1970年代
のものだから、古都巡りばかりしていると、新しく
感じる。 (5元)
塔の中では全体的に展示を行っている。例えば
地下では、中国でかの有名な雷鋒について、
彼の生前の活動などを紹介している。貧しい家に
生まれた上に、その父を日本人に殺され、母は
生活を苦に自殺し、小学生の年で既に孤児に
なった雷鋒は、共産党のおかげで無償で学校に
通うことができ、その後一生懸命共産党のために
尽くす、義理堅い、真面目な青年で、その姿が
当時の模範とされた。
彼は22歳の時、不慮の事故で亡くなり、全国の
人が悲しみ、この時「雷鋒に学べ」という
スローガンが叫ばれるようになったようだ。
ただ、個人的な印象しては彼の活動に関する写真
がいやに多い気がした。あまりに誠実で、共産党
に宣伝役として祭り上げられてしまったような気が
してならない。
二七塔の上に登ってみた。
この街、特に二七塔周辺の造りは、よくできて
いると思う。この塔を中心に六つの方向に
向かって道が延びていて、どの道も店が並び
まさに街の中心地。車の量も多い。
次は商代遺跡へ!
また歩いてしまった。(ここはタクシーでも
よかったかも。)地図を見ると書院街という通り
が直接遺跡に突き当たりそうだったので、そこを
進むと、とても観光地とは縁がなさそうな道
だった。学校街らしく、「鄭州は子供しか
いない街か?」というほど子供が多かった。
途中で一度大通りに出たら、そこに遺跡が
あった。この道を挟んで遺跡がある。
道作りが優先されて、遺跡が途切れて
しまったような形だ。しょうがないのかなぁ。
この大通りに沿って歩けばよかったのだが、
また頑固に書院街を進んでしまった。
書院街を進むと鋼材置き場で、周りの人にも
変な目で見られる。観光地だからトイレが
あるだろうと探したが、悲しくなるような
トイレしかない。
首をかしげながら進むと、遠くに遺跡のような
丘が見えてきた。丘の上にいた欧米人が、変な
所から来た人がいるなと私を見て笑っていた…。
欧米人が元来た道を行ってみると、やっぱり
あった、正規の入り口…。
皆様、どうか大通りの城南路を進んでください。
3500年前の殷(商)代の遺跡。
それにしても誰が、どうやって断定したんだろ
っていうぐらい、普通の丘。
遺跡はまだまだ続きそうなので、満足した
ところで切り上げて、タクシーで河南博物館
に向かう。博物館は市博物館と省博物館が
あるようで、ここは省博物館。(20元)
それにしても鄭州は商丘・開封と違い、きれい
な標準語が聞けて、ホッとする!
中は撮影OK!
同博物館では「河南古代文化の光」をメインと
して、そのほかに陶器やインド文化の展示も
していた。
古代文化の地だけあって、展示物は種類も
多く、見ごたえがある。
また個人的な感動コメントだが、「何十万年前
に旧石器時代が、8000年前から農耕時代が…」
ってことは、その間の何千年(何万年!?)は
ずっと農業もない旧石器時代だったってこと
なのかな。長ーい!!
写真はもちろん旧石器時代のものではありません。
たしか、商代の青銅器だった。
これは青銅器の置かれていた小部屋の発掘の
様子を写した写真パネル。
例えば、週末、ぽかぽかと暖かい春の昼下がり
裏山で子供と土を掘っていた。と、いきなり
こんなものが出てきた、なんて事があったら
私はきっとびっくりしてしまうと思うのです。
感動コメントその2
南朝時代(420〜580年)の武士画像磚。
瓦の上で彫って色をつけたと思われる。
これを見て思うのは、やっぱり芸術的才能の
ある人が代々いてこその史学。現代を除けば
カメラなんて物はないので、絵心や芸術的な
才能がある人たちいなければ、各時代の様子
を後世の人が知ることはできないはず。
ありがたや。
インド仏教展にて。
インド仏教では女神が重要な地位を占めて
いるようだ。河南省に来て、改めて仏教に
興味を持った。
それにしても博物館は新たな発見が毎回
あって、たまに来ると面白い。
バスで二七塔に戻る。
現地の人はかなり色黒なので、やはり
紫外線は強そう。日焼け止めを忘れずに。
二七塔で時間を潰した後、駅に戻り
北京行きの列車に乗り込み、河南省での
旅は終了した。
※ちなみに今回時間の関係で足を延ばせ
なかった、鄭州郊外にある黄河遊覧区では
開封編で触れた黄帝と炎帝の像がこの4月
から公開されたようだ。
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この旅行記は現在 -位(-票)です。

今月末 鄭州に行く事になりました
鄭州ははじめてでいろいろ参考になります。。
ありがとう。

こんにちは!久しぶりにブログを見たので、お返事
遅くなりました。
鄭州いかがでしたか?
私は逆に5月末に中国から引き上げて日本に戻って
ますので、今、自分の旅行記を見て、中国を
懐かしく思っていたところです。
また私も機会を見つけて、中国旅したいです!

おはようございます いまだ河南省鄭州編を書きけておりません
もう帰ってきてから1か月たちますが。
なかなか筆か゛すすみません
とうも夏バテですかね、、
いろいろ書かなくていけのがたまってます、、
ぼちぼち書きたいと
想います
また参考にさてください。。 よろしくです
あらあらかしこ
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