長崎ばさるかんね? 三日目 丸山界隈:雪兎さんの旅行ブログ
なにしろ滞在してるのが丸山界隈です。
近所を周らないわけにはゆきません。
実は初日から必要に駆られてそこそこ歩き回っています。
ところがそういう歩きでは何処が何かは分かりません。
長崎は上り下りを厭わなければごく狭い所に
やたら石碑とか近代遺蹟とか林立しています。
なので観光地図を目安に歩き始めました。
表紙は一軒だけ頑張ってる大徳寺菊水の看板です。
高島秋帆邸への道は
このまま直進すると高台で屋敷の裏手です。
もう一つは下に降りて正覚寺前の道を行くと
屋敷正面の物凄い登り階段になります。
高島秋帆邸はとても広い空き地という感じです。
そそくさと見て回れば
ただ通り抜けるだけでも事足ります。
ところがじっくり見て回れば
それなりに見所はあります。
砲痕跡も一つではありません。
長細くて家屋のある敷地から一段下がっていて
外に面したところは石垣が積まれています。
表門下から見た石の壁の上の方がそれです。
兆弾などに配慮したものだと思います。
東京の新大久保という所にある
元徳川の鉄砲組組屋敷の敷地跡が
とても長細かった事を思い出しました。
各家で鉄砲の練習をする為に
細長い敷地で屋敷を拝領したそうです。
後日他の方に聞いたのですが
中の茶屋はいったん焼失し
その後再建されたものだそうです。
その際廊下などが広げられてしまったとの事。
再建後史跡指定の要となったのがこれです。
庭の隅にあるので探してみて下さい。
年号と寄進者の遊女の名前があります。
茶屋とは中の町が運営していた接待所です。
係りの女性は時間さえあれば
詳しく色々な事を教えてくれます。
他の場所でも丸山に詳しい方の話の中に
この手水鉢の事が出てきました。
聞かれたので拝見しましたというと
「それはよかった。仲の茶屋の
歴史の証明書みたいな物ですから・・・」
との事です。
例えば茶屋の中の部屋の長押に付いて
手を入れないと分からないのですが
内側に所々凹凸があります。
昔はここに石を入れて緊急時の武器としました。
なので「石投げ」が転じて「長押(なげし)」
となったそうです。
珍しい南方系の樹木もあります。
時間が早く来訪者も少なく
係りの方はまだ掃除中だったのですが
庭掃除の合間に色々お話してくれました。
伏見の黄桜酒場の事もご存知でした。
途中の路地には猫です。
今日のさるくは猫に出会う事が多いです。
この時期子猫も沢山います。
さるく「ぶらぶら愛八…」のパンフには
ご丁寧に「尾曲がり猫」の説明まである位です。
大徳寺の大楠木です。
菊水さんのお話では
奥様が嫁入りした頃は樹齢1500年と言われ
今は800年と訂正されているとの事です。
どちらにしても大変古い事には変わりなく
大木繋がりでこの旅行の前に熱田神宮で見た
弘法大師お手植えの楠木を思い出しました。
この公園には他にも結構な楠木が数本あります。
後日長崎を歩けば歩く程
楠木の大木が沢山あることに驚きました。
というのも、
東京大空襲で焼けてしまったもので
私の付近には楠木自体も少ないし
取り上げるほどの大木と言えば
上野動物園の縄文の頃漂着したタブの木や
谷中墓地にある大イチョウなど数える程です。
長崎の様に行く先各所で楠木の大木があるのは
本当に驚き以外の何物でもありません。
物凄く羨ましいです。
やっと着いて大喜びで注文したら
皮を捏ねる所から始められたのには驚きました。
作り立てをお出しするのが伝統との事。
確かに縁側で頂いた出来立ては旨かった!
皮が香ばしくてふわっとしていて餡子は甘い。
冷めると皮がもっちりして
別の風味で美味しいそうです。
一人分4個ですが今回は二人で一人分にしました。
向かい側の狐窓のある小屋を開けて
中の餡を炊く釜を見せて下さいました。
昔あった他の店は皆仕舞ってしまい
今は三代目の菊水さん一軒だけ。
「それも主人が勤めていたので
何とかやって来れましたが・・・
儲かる訳ではないので後を継げとも言えないし」
進む一方の時代の流れの中で
色々な事が今迄の様には行かず
長く伝える事の難しさを
ここでも思い知らされました。
TVの取材があったそうで
ご覧になった方もおいでと思います。
写真は正面下から見た福建会館ですが
私達は公園脇から入りましたので
最初から上の方に出ました。
この前から疑問だったので「吉宗」です。
やはり皿うどんは無かった。
東京銀座の店とは別会社になったそうです。
本日は月曜日で日替わり定食を
角煮と茶碗蒸しのメニューで充実してます。
月曜日お勧めです。
崇福寺は説明までも無い国宝です。
興味も写真も尽きませんが
容量が無いので思い切って割愛します。
中に入ってから私服の年配のご婦人が無心に
石畳の草をむしっているのを見かけました。
奥様でしょうか。
お寺さんは何処も大変だなと感じました。
でも一つだけ
建物の裏に水の染み出している場所があって
沢蟹が生息していました。
勾配のある長崎では
あちらこちらで自然に水が湧き出しており
墓地などで水神を祭った場所をよく見かけました。
夕方まで明るいのでゆっくり見て回れました。
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