日本の旅 関西を歩く 平敦盛ゆかりの須磨寺周辺:さすらいおじさんさんの旅行ブログ
須磨寺(すまでら−正式名は福祥寺・ふくしょうじ)は、淳和天皇(じゅんなてんのう786−840年)の時代に神戸・和田岬の沖で漁師が聖観世音菩薩坐像を引きあげ、会下山(えげさん)の北峯寺(ほくぶじ)に安置していたものを886年に光孝天皇(こうこうてんのう830−887年)の勅願で聞鏡上人(もんきょうしょうにん)が須磨の現在地に寺を建て聖観世音菩薩坐像を移したのが創建と伝えられている。
須磨寺は神戸市の代表的な古寺のひとつだが、全国的には「一ノ谷の戦い(いちのたにのたたかい1184年)」はじめ源平合戦ゆかりの寺として知られている。
須磨寺には、『平家物語』や能、幸若舞(こうわかまい)、謡曲などの『敦盛』、歌舞伎『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』などの作品で伝えられる平家の悲劇の若武者で横笛の名手でもあった平敦盛(たいら の あつもり1169−1184年)にまつわる敦盛首洗い池、敦盛首塚、源義経(みなもと の よしつね1159−1189年)の腰掛の松、平敦盛と熊谷直実(くまがい なおざね1141−1208年)の一騎打ちを再現した源平の庭などがある。多くの人が「一ノ谷の戦い」で満15歳の若さで討ち取られた敦盛を悼んだが、その思いは蘭(ラン)科のかれんな花・敦盛草(あつもりそう)に名を残している。敦盛草は敦盛が背負っていた矢よけのために布を竹籠にかぶせた母衣(ほろ)のような花を咲かせることから命名されたといわれるが、2003年に北海道の礼文島で見た礼文敦盛草(れぶんあつもりそう)を思い出した。
1688年に須磨寺を訪れた松尾芭蕉(まつお ばしょう1644−1694年)も
「須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇(こしたやみ)」
と薄暗い木陰で休んでいると聞こえるはずが無い敦盛の「青葉の笛」の音が聴こえてきた、という敦盛を偲ぶ俳句を詠んでいるし、
与謝蕪村(よさ ぶそん1716年−1784年)は
「笛の音に 波もよりくる 須磨の秋」
とやはり平敦盛の青葉の笛を偲んで詠んでおり、敦盛に思いを馳せた詩歌は多い。
4月21日は「お大師さん」の日で平敦盛の首塚のお参りよりも参道や境内の屋台に大勢の参詣者が集って賑わっていた。
(写真は 須磨寺の源平の庭)

さすらいおじさんさん
お誕生日おめでとうございます ♪♪♪o(^o^o)(o^o^)oパチパチ
いつの間にか、日本も制覇されて ほんとにすごい
これからも、大いにさすらって楽しませてください。
しゅんは (*^^*)

しゅんはさん
ありがとうございます。
伊吹山を観光されたのですね。
私は関西に住んでいながら関西の名山のひとつ伊吹山にも登ったことがありません。
ずいぶん花がきれいですね。利尻島、礼文島の花畑の光景を思い出しました。
身近できれいな花畑を見ることができるのですね。
情報感謝です。
どうぞお元気で良い旅をお続けください。

さすらいおじさんさん
こんばんわ
しゅんはの実家の須磨にも行かれたのですね。
それも21日のお大師さんの日に
さすらいおじさんさんが須磨にも行かれたと思うと嬉しくて
お大師さんにも何十年も行っていません。
少しでも様子が見れて、これもうれしい ! !
有難うございました。
しゅんは (*^_^*)

しゅんはさん
須磨をごらんいただきコメントをありがとうございます。
しゅんはさんのご実家は須磨だったのですね。
須磨の思い出はたくさんあります。子供の頃、遠足で水族館を見学し、たくさんの魚に驚きました。
家族で毎年のように海水浴に須磨海岸に行きました。1950年代は大阪近辺の海はかなり土色になっていましたが、須磨の海は澄んでいて毎年夏が楽しみでした。
須磨寺は1995年頃以来2度目で21日のお大師さんの日は偶然でした。ずいぶんにぎやかで、源平合戦の広場などゆっくり見ることもできてとてもラッキーでした。
神戸を代表する歴史文化に富んだすばらしいお寺ですね。
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