中国・旧満州の旅【4】 反日の象徴になっている「9・18事変」 瀋陽(旧奉天):さすらいおじさんさんの旅行ブログ
私は中国で今年吹き荒れた反日の嵐、即ち数千人のデモ、集会、日本領事館や日本料理店などへの投石などを目の当たりにして、随分心を痛めた。数多くの日本人が同じような思いでテレビのニュース映像に見入ったことだろう。中国の反日思想の原点は何だろうといつも考えているが、今回の旅でその一部を垣間見ることができた。
それは長春のラスト・エンペラーの王宮にも数箇所に掲げられていた江沢民主席自筆のスローガン「勿忘9・18」である。
中国の9・18事変は日本では柳条湖事件と呼んでいる。1931年9月18日22時頃、日本の関東軍は参謀板垣征四郎、石原莞爾、奉天特務機関長土肥原賢二らの陰謀で自ら南満州鉄道の柳条湖区間の線路を爆破した。その後、関東軍はこれを中国側の張学良軍の陰謀と称して兵営北大営を奇襲攻撃、後に全面的攻撃に移り、満州事変を起こした。1932年1月までに東3省を占領、3月1日には溥儀を皇帝に立てて満州国の建国を宣言した。関東軍はさらに侵攻し1933年3月には熱河省も占領し国民政府もこれを黙認した。こうした経緯で旧満州が日本の植民地となった訳だが中国人にとって屈辱の占領を許すきっかけとなった日本の1931年9月18日の陰謀を決して忘れてならないと9・18博物館を建造し「勿忘9・18」を掲げたのだ。今後は日本の陰謀と侵攻を決して許さないという強い決意をこめて「勿忘9・18」を誓いの合言葉にしているのだ。
建物には9・18の屈辱が大書され、日本軍が満州事変の軍功を誇示するために建てた爆弾型の記念碑、炸弾碑は倒されたままになっている。またこの地には戦前に靖国神社の分社が建造されており、満州事変などで戦死した日本兵士を弔う奉天忠霊碑も倒されたままになっている。中国政府は小泉首相の靖国神社参拝に強く抗議しているが、中国国内にも靖国神社があったことも強い反感を呼んでいる一因かも知れない。また、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることを参拝反対の理由としているが、調べてみると屈辱の9・18事件を陰謀した関東軍参謀板垣征四郎、奉天特務機関長土肥原賢二はA級戦犯であり、合祀されている。中国人にとって許すことのできない板垣、土肥原を一国の首相が弔うことが許せないのかも知れないと思った。靖国問題については中国政府の反日教育と国民感情がからまっており、中国政府は中国国民に対する面子からも許せないのでは無いだろうか。もし靖国問題を容認すれば、中国国民の反感が政府に向けられることを恐れているのではないだろうか、と思った。日本政府も中国政府と腹を割って本音で話せるようにする努力や非公式の情報をつかむ努力がもっと必要なのではないだろうかと9・18博物館を見ながら考えた。
(写真は9・18事変博物館と倒されたままになっている日本軍が満州事変の軍功を誇示するために建てた爆弾型の記念碑、炸弾碑)

その後、夏までに連続4回、瀋陽の町を訪れましたが夏には瀋陽北駅から、ある思いで9・18事変博物館まで一人で歩いて行って参りました。
1時間ほどの道のりでしたが、初めての道のりを地図を頼りに歩いてみました。
博物館の中はとても多くの展示物があり、遠い昔に想いを馳せ、複雑な想いの中をじっくりと時間をかけて歩いてみました。
また、訪れる事が有ったらぜひ行ってみたいと考えています。

海坊主さん
旧満州の旅行記のコメントをいただきありがとうございます。
私が訪問したときは、反日デモで日本大使館や日本料理店などが投石を受けていたときで、ツアー客同士の日本語会話にも気を使い身辺に注意したりしました。
旧満州を歩いて、中国の反日教育の一端を見ましたが、反日教育の内容も日本人が知り、歴史認識の違いを日本人が学ぶことが反日感情の原点を知る一歩ではないか、と思いました。戦争はどの国にも悲惨な過去を残していますが、まず、悲惨さの事実を正確に知ることが相互理解の一歩ではないでしょうか。

しばらくでございます。
NO1〜5までの旧満州の旅「母と訪れた満州」を思い出深く拝見しました。
再びアルバムを広げ懐かしく、母の面影に思い出に浸っています。
ハルピン生まれの自分の出生地を訪ねたく母と中国東北の旅に参加しました。
大連、長春、瀋陽、北京と訪れ、中国の国土の広さ、旧満州国時代の建物の現存。戦争にまつわる悲しい出来事を間の当たりにして考えさせられました。
ガイドの一言が救いにもなりました。「両国の間の戦争は悲しい出来事であるが、隠すことなく正面から見て平和の大切さを感じよう、過去は過去として今を大事にしようそして両国の友好を」と。
旅日記を見せていただき満州国の歴史、悲しい出来事、そしていまだに尾を引いている靖国神社の問題など、国民感情の違い、侵略者ゆえに負わざるをえない現状を感じました。
二度とあってはならない戦争ですね。
時代の中で起きた出来事として語り継がれる日々はまだ遠そうです。
不勉強で行きました中国、写真の中から旧満州国時代の歴史を勉強させていただきました。
そして今は亡き母との「12日間の中国の旅」の思い出をアルバムの中から偲んでおります。有難うございました。
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