パリ散策 モンパルナスの芸術家:黒いさくらさんの旅行ブログ
モンマルトルとモンパルナスと馴れないと紛らわしい。
20世紀初頭、芸術の中心はサクレクール寺院のあるモンマルトル。
ここへ世界から芸術を愛する人たちが集まってきた。
だが、モンマルトルは有名になりすぎ物価が高くなり、どちらかといえばお金に不自由する外国人芸術家たちは、モンマルトルより暮らしやすい場所を求めてモンパルナスに移ってきたそうです。 その中にはピカソもいたそうです。 シャガール、モディリアーニやミロも。
日本の佐伯、藤田、荻須ら。画家だけじゃなくヘンリー・ミラーやヘミングウェイ、
そしてロマン・ロランも。
日本人では後に「ふらんす物語」や「濹東綺譚」を書いた永井荷風も作家修行のため滞在したとか。 他の人と動機は異なるけれど島崎藤村も滞在したとか。
今はどんな場所になっているのでしょうか。
ここモンパルナス美術館になっている場所は、ロシアの画家マリー・ヴァシリエスのアトリエだったところで、彼女は第一次世界大戦が始まった直後の1915年から貧しい芸術家のために食堂を開き、45人分の食事を用意し、65サンチームでスープとメインを提供。モンパルナスは世界中から集まったアーティストにとっては村のようなもの。スポンサーのない駆け出しの画家では絵が売れない、当然貧乏。モデル代も払えない、病気になっても薬が買えない、という人が集まっていた、などと語り継がれている
大通りに入り口の標識を見つける
シダの茂る建物。
オー・ヘンリーの短編小説「最後の一枚の葉」を思い出す。
この小説の設定場所はマンハッタン・グリニッジビレジ周辺だけれど
ここモンパルナスでも十分リアルに感じる。
時間に余裕ある方は寄り道されてはいかがでしょうか。
http://www.hyuki.com/trans/leaf.pdf
モンパルナスの中心、ヴァヴァンの交差点。
(パブロ・ピカソ広場ともいう人がいる)
地下鉄ヴァヴァン駅がある。
左下から右上に延びる街路がモンパルナス大通。
拡大してお楽しみください。
写真左下の赤いテント、
中央のドームの屋根、
この後の説明に出てきます。
ラ・ロトンド
ヴァヴァン交差点の写真の左端の赤いテントが「ラ・ロトンド」です。
1911年からこの地にあり、ここではモディリアーニが客の似顔絵を描き、スーチンがフランス語を学ぶためにカフェ・クレームを飲みながらフランス人との会話に精を出し、また、藤田がある日赤い上着に首飾りで現れた、とカフェの記録は伝えているそうです。この他にもピカソやシャガールなど、エコール・ド・パリのほとんどがこのカフェを利用した
といことだそうです。
ドーム
先のヴァヴァン交差点の写真の中央に位置しています。屋根のドームが確認できます。
「ル・ドーム」は20年代にアメリカ人が多く集ったカフェです。ヘミングウェイをはじめとして、ヘンリー・ミラーも。写真家のマン・レイやそのモデルのキキも。 キキは藤田と親しくしばしばモデルを務めました。
モンパルナス大通
佐伯が宿泊しておりパリに着いた荻須が佐伯の居所がわからずやっとの思いでたどり着いたという。
同じホテルでロマン・ロランが「ジャン・クリストフ」を執筆(1904-12)したそうです。 ここでロマン・ロランに再会できるとはびっくり。
このホテル今はレストランになっているそうです。
ロマン・ロランには以前ここで出会いました。
http://4travel.jp/traveler/sakurasakura/album/10244199/
芸術家がたむろしていた時から100年経過しています。
100年前の建物のいくつかは今もそのまま使われています。(内部は大改造してますけれどね)
彼らの作品は100年経過した今、ますます評価が高まり現在のわれわれを楽しませてくれていますね。
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