美味なるいわて縦断の旅1 じゃじゃ麺と盛岡城跡公園:瑞樹さんの旅行ブログ
6:04のはやぶさ41号で東京から盛岡へ移動。
最近は、高速バスか飛行機でしか国内の移動をしていなかったので、新幹線に乗るのは随分久し振りです。
いや〜新幹線っていいですね♪
定刻に盛岡へ到着!
先ずは、駅弁を食べずに我慢していた朝食を食べに行きます。
改札を出て地下へ下り、盛岡駅ビルフェザンめんこい横丁にある「小吃店」へ。
お客さんは誰も居ませんでした。
私たちが入ったら、設備関係の人らしき人が入ってきて、その後ひとり客の男性がふたり入店。
私たちはじゃじゃ麺の中を注文。
じゃじゃ麺、私はお取り寄せで「白龍」のを一度食べたことがあるだけでした。
盛岡冷麺はかなり浸透しているので東京近辺でも食べられますが、じゃじゃ麺を食べさせてくれるお店には出会ったことがありません。
久々のじゃじゃ麺、いただきま〜す♪
おいしいな〜。でも、正直白龍の方が私好みだったかも。
食べ終わったので、テーブルにある生卵を落として掻き混ぜ、「チータン」!
テーブルの味噌を足し、塩、こしょう、しょうゆで味付け。
茹で汁のお陰で卵がふわふわ!一度で二度美味しいじゃじゃ麺サイコー。
食べ終わった後は、フェザンの中にあるお手洗いへ。
ここ、宮沢賢治の童話をモチーフにした内装で面白いです。
駅を出て、盛岡市内の循環ばす「でんでん虫」で移動。丁度発車まで2分というタイミングの良さ。
一回100円で気軽に利用できます。
車内は地元の人の方が多かったようです。
盛岡公園前で下車。
私たちのほかには、ひとり降りただけでした。
立派な石垣が目の前に登場。
盛岡城の石垣は打ち込みハギ積式の石垣が主体を占めていますが、石と石の合端の状況から乱層積と整層積に分けられます。
石垣総面積約 1万m2の内、凡そ半分を解体・復元する作業が1984年から行われているそうです。
烏帽子岩が現れました。
別名「兜岩」とも呼ばれています。
盛岡城築城時にこの地を掘り下げた際、出土したそうです。
その場所は城内の祖神さまの神殿にあった為、宝大石とされ以後吉兆の象徴として広く信仰されています。
盛岡公園内を歩いて行くと、結構暑い。
もう少し涼しいかと思っていましたが、日が出るとじわじわと暑さが沁みてきます。
反対側から、もう一度烏帽子岩。
ここからの角度が、一番烏帽子らしいでしょうか(とは、丁度通りかかったバスガイドさんの弁)。
現在は災害や疫病があったときに、この岩の前で平安祈願の神事も行われるそうです。
啄木の詩碑がありました。
「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」
1955年10月建立。南部藩士邸の庭石だったといわれる自然石に、方形の銅板の碑がはめ込まれたものです。
ここ「二の丸」は、啄木が学んだ中学校の直ぐ近くなのだそうです。啄木は余り授業は好きではなかったようで、時折教室から逃げ出しここで昼寝をし、文学の夢を結びました。
歌碑の文字は、啄木の恩友・金田一京助氏。
その手前には、稲造さんの碑。
「願わくはわれ 太平洋の橋とならん」
新渡戸稲造博士生誕100年を記念して、1962年9月に同じ二の丸に建立。
稲造さんは10歳まで鷹匠小路に住み、岩手公園で遊んでいたそうです。
南部中尉像台座が現れました。
ここには、南部42代利祥(としなか)が24歳で日露戦争において戦死し、その功によって、功五級金勲章を受けたことを顕彰する像がありました。
1908年(明治41年)9月に建立されましたが、銅像本体は1944年(昭和19年)に軍需資材として撤去され、現在は台座のみが残されています。
何だか寂しいですね。
今は「第34回 盛岡彫刻シンポジウム野外展」が開催中。
気軽にアートに触れられる。こういうの、いいですね!
こちらの作品は「時の窓」。なるほど。
盛岡城跡公園には、栃の木が多いです。
私はこの時栃の実を見たことが無く、栗のような姿だけれど何だろう?と思っていました。
この時期、トチノミが沢山落ちていました。
腰曲輪の跡。
腰曲輪って何だろう?と思って調べてみました。
主要な曲輪の周囲に配置される細長い小曲輪のことだそうです。
敵が主要な曲輪に達するまでの時間稼ぎになり、防御する方にとっては有利に攻撃出来たとか。
ここはホタルの里。
鶴が池から中津川に注ぎ込むせせらぎ。
この辺りはカエデ林だそうですが、ホタルが見られるのでしょうか。
こんなところで、トーテムポールを見られるとは思いませんでした!
カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアと盛岡市は姉妹都市なんですね〜。
10周年を記念して、1995年(平成7年)5月にビクトリア市より寄贈されたものだそうです。
一番上のイーグル(鷲)は力・地位・富を象徴する地位の地位の高い紋章。
鷲のつかんでいるのは鮭で環太平洋地域の重要な食料源であるこの魚をたたえています。
手を前に差し出す真ん中の像は酋長を表現。
太平洋の架け橋となって世界の平和を願った新渡戸博士の志を表現するために選ばれた像です。
一番下にある像は熊の紋章で,偉大な力を持つ熊は高い地位の象徴です。
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