ぷに〜た号で九州へ(5):ぷに〜たさんの旅行ブログ
←いっぱいいるけど遠過ぎてよく分からない(汗)
肝心のツルですが、双眼鏡でもないと見えませんね。
そもそも野生の生き物なので
近くに寄ってくるわきゃないのでした〜(´Å`)
←キレイに晴れてくれました♪
ナビに惑わされて散々近辺をうろついた挙句
ようやく辿り着いた「ヘルシーランド・露天風呂」
http://www.mapple.net/spots/G04601064102.htm
ここの露天風呂はとても広く
海の向こうに開聞岳を眺められるという
最高のロケーションでした♪
←ちょっと緊張して中へ入ります。
知覧へ向かう道のりは、一面お茶畑が広がる景色。
さすがはお茶の町ですね。
特攻平和会館へ到着したのはお昼ちょっと前。
駐車場はそこそこ混んでおり、バスも多かったです。
←入り口のようす
館内は撮影禁止なので、ここからはカメラを仕舞います。
この特攻平和会館ですが、太平洋戦争末期の
特攻隊員達の遺品・遺影等が展示されている所です。
知覧は沖縄決戦時に本州最南端の特攻基地となり
ここから飛び立った特攻隊員は実に1,036名。
まず目に飛び込むのは、もの凄い数の遺影や遺書。
屈託のない笑顔を浮かべた顔、穏やかな顔
何かを決意した顔の数々・・・。
その殆どが20代の若者達。
昨今の若者に比べ、とても大人っぽくて凛々しい。
書き残された書面の文字は非常に達筆。
こんなにしっかりした人達が健在であったなら
今の日本も大分違うものになっていたのかも知れません。
ごく一部の大人達が起こした戦争に巻き込まれて命を落とす。
現在ならば「まっぴらごめん」となってしまいそうですが
「お国のため」とは言え、やっぱり本当は
死にたくなんかなかったに違いないと思うのですが。
館内を見ている間中、「一体何人突っ込ませてんだよ・・・」
という、怒りの感情が強かったのですが
それは既に現代っ子の証なのかも知れませんね。
ある方が父に宛てた手紙には
明日出撃だが、母親と奥さんには知らせないで欲しいと書かれてあり
何故か一番印象に残りました。
ここは戦争を知らない世代に絶対に立ち寄って欲しい場所の一つでした。
←海軍・零式艦上戦闘機五二丙型:正面。
館内の撮影はNGですが、外から見える範囲は大丈夫のようです。
これは「ゼロ戦」と言った方が分かりやすいでしょうか。
☆甑島の手打港沖500mに沈んでいたのを
昭和55年6月に引き揚げ、当時の状態のまま展示。
←陸軍・一式戦闘機三型甲
こちらは「隼」。
映画撮影の為に実寸大に復元されたもの。
他には国内で唯一現存の陸軍三式戦闘機「飛燕」や
陸軍四式戦闘機「疾風」などが展示されていました。
←紫芋の焼き芋。
かなり大きかったです。
見学を終えて売店へ寄りました。
店のおばちゃんが「どこから来たの?」と聞くので
「埼玉から一人で運転して来ました♪」と答えたら
なんだかえらく感動されてしまい
「これあげるから食べなさい」と、売り物の焼き芋を
一本包んでくれました。
←とてもキレイな紫色。
美味しかったです♪
「大き過ぎて売れないからいいよ(笑)」って
カットして売れば良いのでは??
こちらはお昼代が浮いたので、非常に有難いのですが(´∀`;)
←ちょっと霞んでいるのが惜しい。。
天気予報を見ると、どうも翌日から雨らしい。
となると、霧島でトレッキングするなら今日しかない!
と言う事で、予定を若干前後させました。
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