あれっ・・・・ガウディ? 日本二十六聖人殉教地:ぬいぬいさんの旅行ブログ
今回の旅の最後に訪れた場所は、長崎駅の東側の丘の上にある日本二十六聖人殉教地。
ここは、 豊臣秀吉のキリシタン禁止令によって大阪・京都で捕えられた26聖人が長崎に護送され、1597年(慶長元)に処刑された場所。キリストが十字架に架けられたゴルゴダの丘と似ているため、彼らはこの西坂の丘を自らの希望で処刑地に選んだとそうです。26名のレリーフ像がのなかには12,3歳の少年も3人混じっていて、長崎港に向かって立っています。
この26名の殉教の出来事はヨーロッパその他に広く伝わり、文久2年(1862年)ローマ教皇は、盛大な祭典をローマで行い、26名の殉教者を聖人に加え「日本二十六聖人」と称されたそうです。
その隣には、ガウディ風の2本の尖塔を屋根に載せた聖フィリッポ教会がありました。
6日間の年末の旅、最後に訪れたのは長崎駅の東側の駅を見下ろす高台にある、日本二十六聖人殉教地。
「日本二十六聖人聖フィリッポ教会」(通称西坂教会) 二十六聖人の一人、メキシコ人、聖フィリッポ・デヘススに捧げた記念堂です。
こちらは道を隔てて向いに建つ日本二十六聖人記念館。いずれも1962年に建てられたもの。
教会の壁、塔に埋め込まれている焼き物は、京都から長崎までの道沿いで作られた焼物等で、二十六聖人が歩いた道のりを表わしているそうです。
写真の真ん中の人物が。聖ペトロ・バプチスタ神父
1594年、フィリピン総督の特使として平戸に来日し、京都に移り、秀吉から与えられた土地で教会、修道院、病院を建て、布教を行いました。
その後、サン・フェリペ号の事件に巻き込まれ、秀吉の命によって捕らえられました。
足元を良く見ると全員が、立っている姿でなく、足が宙に浮くように垂れ下がっているのは、昇天している様を表現していて、口が半開きなっているのは、賛美歌を歌っているからだそうです。
26人の殉教は壮絶を極め、宣教師や信者たちは京都・大阪で耳や鼻をそがれ引き回されたあと、ここ長崎まで800キロを歩かされ、真冬の2月5日、ここで十字架にかけられ、処刑されたそうです。
P.ルイス・フロイス歴史の碑
フロイスは日本におけるキリスト教宣教の栄光と悲劇、発展と斜陽を直接体験し、その貴重な記録をここ長崎の地に残しています。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。