日本二十六聖人に捧げた大浦天主堂:ぬいぬいさんの旅行ブログ
初めて訪れた長崎。
今回の旅でどうしても見たかった建物がありました。
それがこの「大浦天主堂」でした。
日本に131の国宝に指定されている建物があります。
その中で教会として、いや洋風建築として日本で唯一つだけ国宝建築物に指定されています。
南山手の坂の上の外国人居留地に隣接したこの地に教会が建てられたのは元治元年(1864年)、今から140年以上前の事でした。
フランス人司祭ベルナール・プティジャンと横浜から来たルイ・テオドル・フューレ神父が基本設計を行い、天草出身の棟梁小山秀之進が建設したと言われています。
正式な名前は「日本二十六聖殉教者聖堂」で、その名の通り、日本二十六聖人に捧げられた天主堂です。
天主堂は殉教地である西坂に向けられて建っていました。
内部が撮影禁止だったのでお見せできないのが残念ですが、期待に違わず素晴らしい教会でした。
大浦天主堂は、教会として日本で唯一国宝建築物に指定され、現存する日本最古の木造ゴシック様式の教会です。
「日本26聖人殉教者天主堂」と命名されたこの教会はもともとは、左右に2つの塔を乗せた三塔のゴシック風でありながら、正面中央の壁面はバロック風で、外壁はナマコ壁という和洋折衷の様式だったそうです。
この建物も1945(昭和20年)年8月9日の長崎に投下された原爆によって屋根やステンドグラスなどに大きな被害を受けたそうです。
こちらは大浦天主堂の東側にある旧羅典神学校。
禁教令の解除後に日本人聖職者の養成機関として1875年(明治8年)に建てられたもの。
ド・ロ神父とこの建物の建築に携わった鉄川与助は、大司教館の施工を通してド・ロ神父から技術面のみならず精神的な面でも多大な教えを受け、後に九州各地に数多くの教会を建築することになります。
天主堂から現在は教会堂という呼び方に変わっているそうですが、当時の宣教師が中国で使われていた天主という言葉を使って、自分たちが新しい教え、神さまのことを布教したいという思いをこめて呼んでいたとか。
長崎の原爆投下の西院に正面から爆風を受けて入口や祭壇脇は大破してしまったようですが、側廊や脇祭壇の高窓の部分は壊れずに残り修理されたそうです。

ぬいぬいさん お邪魔します<(_ _)>
ここの教会は本当に美しくて、私も大好きです。
いちおう洗礼名を持つクリスチャンなので(^^ゞ
ここでのミサにも参加したことがあるのですが、
荘厳な雰囲気の教会でのミサもこれまたいいものです。
教会内はだいたいみんな撮影禁止なのですが、
あのステキなつくりを、みなさんにも見ていただきたい。
あの像は、ヨハネパウロ2世です。
1981年に長崎を訪問された記念じゃなかったかな?
私も彼は大好きでした。いまの法王様は・・・(以下自粛)
最近は教会に行っていない ぷぷよし

ぷぷよしさん こんばんは
古い建物好きの私ですが、中でも一番好きなのが教会なんです。
もちろんクリスチャンではないし、宗教も全く興味がないのですが、教会だけはどこに行っても必ず訪れて、礼拝堂の中で椅子に座ってぼんやりしているのが大好きです。
厳粛な雰囲気のなかですごす静かな時間いいですね。
何か柄にもないことを言ってしまいましたが、この大浦天主堂ホント良かったです。
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