家の近所のヴォーリズ建築めぐり vol.2
明治学院大学、東芝高輪倶楽部、キリスト友会日本年会フレンズセンター、麻布南部坂教会とまわった後は、今日のメインの東洋英和女学院です。ここは、先日見た神戸女学院や関西学院大学と同時期に建築されたスパニッシュ・ミッション・スタイルの建物でした。そして最後は少しだけ足を伸ばして、御茶ノ水のヒルトップホテルとカザルスホールを見てきました。
| 交通手段 |
自家用車 / 徒歩 |
| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
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| 手配内容 |
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麻布十番
麻布十番から鳥居坂を登っていくとお嬢様学校で名高い東洋英和女学院があります。
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今朝のヴォーリズ建築めぐりで、一番楽しみにしていた建物です。
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昨年の暮れに、ヴォーリズの代表的な作品の一つである、神戸女学院大学と、関西学院大学のキャンパスのスパニッシュ・ミッション・スタイルのキャンパスを見て感動しましたが、この東洋英和女学院も、これらの2つの大学と同じ時期に建築されたものです。
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六本木
六本木の鳥居坂に面して本部・大学院と中学部・高等部の建物が隣合わせて建っています。
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南側にあるこの建物が本部・大学院で、1933年(昭和8年)にヴォーリズの設計により建築されたものです。
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スパニッシュ・ミッション・スタイルのこの校舎は、2003年(平成15年)にヴォーリズの設計を踏襲し、一粒社ヴォーリズ建築事務所により改築されています。
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道路側から見る3階建てに見えますが、裏側のグランド側は下がっていて4階建になっています。
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一見シンプルな外観ですが、よく見ると結構装飾されています。
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本部・大学院の北側には中学部・高等部の校舎があります。
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更に北のはずれには門衛舎があり、この小さな建物もいかにもヴォーリズといった感じですね。
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こちらも、本部・大学院と同じ時期に建てられたものですが、外観の意匠はこちらのほうが凝っています。
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麻布
ここで、東洋英和女学院について少しだけ紹介しましょう。カナダ・メソジスト教会婦人伝道会から派遣された宣教師ミス・カートメルにより1884年(明治17年)、麻布鳥居坂に設立されたわずか2名の生徒でスタートした東洋英和女学校にはじまります。
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半円アーチの玄関の向こうに建てに一列線が入っていますが、こちらがジョイント部分でつながっています。
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隣の本部・大学院同様に昭和8年校舎が建築されていますが、こちらは本部よりも早い昭和59年に、同じく一粒社ヴォーリズ設計事務所により改修されています。
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六本木
昭和61年に短大が、平成元年に大学が横浜の緑区に移転して、現在は幼稚園から高校までと大学院が六本木の鳥居坂に残っています。
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こちらも隣と一緒で建物の割には玄関の開口はすごく狭い感じがします。
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半円アーチ型の玄関。道路に面して間口の広い建物の割には小さな狭い玄関になっています。
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ガラスの向こうに階段の手摺が見えていますが、中がどうなっているのかすごく興味があります。
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向こうに見えるのはヴォーリズの煙突。ここにもありました。
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意匠のこだわりがあるのは道路側だけで、グランド側はいたってシンプルになっています。
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窓の上の手摺の奥は一見窓で雨戸が閉まっているように見えますが窓風の模様だけのようです。
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道路の向かい側には、年季の入った赤煉瓦の塀が続いていますが、こちらには付属の幼稚園と小学校があります。
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六本木
六本木から最後に向ったのはお茶の水。ここにはヴォーリズの設計した建物が2つあります。
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明治大学のリバティタワーの目に前にあるこの建物、主婦の友社ビルとして1925年(大正14年)にヴォーリズの設計により建てられました。
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その後、1987年(昭和62年)年に奥にある高層のビルの建築の際、ヴォーリズ設計の主婦の友社ビルを磯崎新氏の設計により当時の外観デザインを活かして再生したもの。
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その後御茶の水カザルスホールとしてシンフォニーホールとして使われていましたが、現在は日本大学が買い取り、日本大学カザルスホールと名称も変わっています。
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大理石のオーナメントとやドリス式オーダーはヴォーリズ時代のデザインです。
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カザルスホールの中央の奥に、日本大学法科大学院の看板が見えています。
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そして最後に明治大学リバティタワーの北側の坂道を昇った突き当たりに見えているのが、お茶の水山の上ホテル。
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駿河台の高台にあるこのホテルは昭和の文豪たちの隠れ宿や定宿として愛されたホテルでした。
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1935年(昭和10年)ヴォーリズの設計により建築されたこのホテルは、当時流行していたアールデコのモダンな外観になっています。
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上海のバンドにあった上海総工会(旧交通銀行)に良く似た外観です。もっともこちらのほうが5年古いので、向こうが意識したのかもしれませんが。
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建物は、昭和12年財団法人日本生活協会によって建てられたもので、太平洋戦争が始まるとまず海軍に、戦後は米軍に接収され、陸軍婦人部隊の宿舎として使われました。
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山の上ホテル
アール・デコの優雅な姿と眺望のよさから、彼女たちには「ヒルトップ」の愛称で呼ばれていました。昭和28年米軍から返還後ホテルとして開業した時に、「山の上ホテル」と名付けられました。
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内部の写真がありませんがちょっとのぞいた感じでは、なかもアールデコの意匠が取り入れていました。今日は時間がないため後でまたお茶でも飲みながらじっくりと眺めてみたいホテルです。
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