朝の散歩道 5 洗足池編:ぬいぬいさんの旅行ブログ
朝の散歩道 シリーズ第5弾は洗足池です。
中原街道をひたすら南に下り、旗の台を抜けて、環七を横切り2キロほど歩くと洗足池に到着します。
ここは、都内でも有数の桜の名所で、春になると花見客で賑わいます。また、池にはボートとおしゃれなカフェテラスもあり、休みになると湖面にボートが浮かび、近所でも数少ないデートスポットとなります。
今回は、洗足池の中を一周して、新たな発見もあり、自宅周辺も結構いいところがあるなーと改めて再認識した次第です。
荏原警察署の隣に、昨年できたヨーロッパ調のマンション。ここは9月までTBSで放映されていた「花嫁は厄年」というドラマで主人公の竹富明子(篠原涼子)が住んでいたマンションです。
歩道の脇に、なにやら説明の看板が出ています。
中原街道高札場跡 高札場とは江戸時代に法度(法令・禁令)などを板に墨書きして多くの人目に触れさせるために掲げた場所だそうです。
道路の右側には旗の台昭和医大病院が見えてきました。この高層棟の最上階(17階)には展望レストランが入っていて、周辺の風景を見ながら食事ができます。
洗足池は広さが30万平方メートル余りの湧水池です。
昔から風光明媚な池として知られ、江戸の頃には安藤広重の浮世絵「名所江戸百景」に描かれるなど、江戸近郊における景勝地として知られていました。
昭和3年(1928)に池上線が開通すると、公園として整備され、同5年には風致地区として指定されました。
池には、この後紹介します名所旧跡がいろいろあります。
池の西岸に千束八幡神社があります。ここには、1184年(元暦元年)の宇治川の合戦で名馬磨墨に乗る梶原景季と先陣争いをした佐々木高綱の愛馬「池月」の伝説が残り、祀られています。
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相州石橋山の戦いに敗れて安房へ逃げた源頼朝が、再び挙兵して鎌倉に向かう途中、この洗足池で宿営し、そのとき一頭の駿馬が捕らえられて頼朝に献上されたそうです。それが「池月」だったとか
西南戦争で西郷隆盛が戦死したとき、その死を悼んだ勝海舟が自費を投じて当時の東京府南葛飾郡の浄光院という寺に建てた石碑を、大正2年の荒川の改修工事河川敷になってしまうため、ここに移されたもので碑には、隆盛の漢詩が刻まれています。
万延元年に咸臨丸で渡米し、その後江戸幕府の軍艦奉行と陸軍総裁を兼任し、西郷隆盛との話し合いで江戸城の無血開城を果たしたことなどで知られる 勝海舟(夫妻)の墓所が洗足池東岸にあり、大田区の文化財となっています。
海舟は洗足池の風光がたいそうお気に入りで、晩年になってこの地に別荘を建てて千束軒と呼び、西郷隆盛と国の将来などについて語り合ったといいます。
池の東岸にある妙福寺。 ここには、弘安5年(1282) 9月日蓮上人が、身延山から常陸国(茨城県)に湯治に向かう途中、ここ千束池で休息し 傍らの松に袈裟を掛け、池の水で足を洗ったという伝えから「袈裟掛けの松」と称される松が境内にあります。
フジテレビ月曜9時の連続ドラマ「トップキャスター」で、主演の天海天海祐演じる椿木春香が住んでいたマンション。
この辺りはよくドラマのロケで使われています。
今日の散歩はこれで終了です。

ぬいぬいさん、こんにちは!
度々のご訪問ありがとうございます。
中原街道、洗足池、旗の台商店街、戸越銀座なつかしいです。
35年も前ですが、雪ヶ谷に住み池上線で通勤していました。
街もずいぶん変わったことでしょうね。
久々の大田区界隈を楽しませていただきました。
1票を! また、お邪魔します。
シベック

シベックさん
おはようございます。書き込みありがとうございます。
そうですか 雪谷にお住まいでしたか。雪谷はどちらかといえば閑静な住宅街ですが、私の住む戸越銀座は、下町の人情がまだ残っているいいところですよ。池上線の沿線は情緒があっていいですよね。私も30年住んでいますがこんな住みやすい場所はなかなか無いですよ。
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