2003年 ロンドンと湖水地方2 (連れと始めて行ったヨーロッパ):魚屋No1さんの旅行ブログ
いよいよ湖水地方です。
何故、湖水地方かは、先にも触れたように、中学生の頃、夢中になって読んだアーサーランサムが書いた「つばめ号とアマゾン号」シリーズの舞台だからです。
多くの人は、ピーターラビットが湖水地方行きの主目的でしょうが、私の場合は、サブテーマでした。でもこれはこれで、見学できて良かったと思っています。
でも、この本の何処が面白いかって。
私が小学生だった頃、田舎の海で使わせてもらっていたのは艪で漕ぐ伝馬船なのに、イギリスでは、一般の生活レベルの子供でも、日本では贅沢品のヨットを乗り回してキャンプをしているという、あこがれの遊びをしていたことにあります。1巻目だけですが、行く前に読み直しましたよ。還暦を過ぎても、楽しく読めました。
そのため、映画に使った両艇が置いてある蒸気船博物館と、土人の港のモデルと思われるボウネス港は、見学場所の第1でした。
当然、表紙の写真は、一番の思い出になり、且つ極めて興味深かった、つばめ号の写真です。
でも、この何に惹かれたのかは、船に興味の無い人だと全く判らないはずなので説明します。
一つ目は、外販の張り付け方が、ななめに巻き付けて竜骨に張るという、何処の国でもやっていない方法です。これは、小さくて華奢な材木でも強度が出せる応力外皮の応用ではないかと思われます。つまり、安い材料で造れるということなので、地元の人が使っている普通の船を借りたということが想像できます。
二つ目は、次の写真にある白いペンキを塗ったアマゾン号と違って、ニス塗りだったということです。50年以上の昔から、ニス塗りのプレジャーボートは高価でしたので、一瞬、高い船かと思いました。ただ、この本が書かれたのは、昭和5年です。松ヤニとテレビン油を混ぜたニスは、農家なら自分で作れますが、ペンキは購入しなければなりません。そのため、自家製のニス塗りのつばめ号、白いペンキのアマゾン号に対して、両家の子供が、出会いの始めに敵愾心を抱いた理由が理解できました。
三つめは、つばめ号の帆が渋塗りの重くて厚い帆、アマゾン号が白くて軽い帆を使っていたことの疑問も、現物を見て解決できました。
また、小説の中に、タフィとジンジャークッキーという食べ物が出ています。タフィはど甘そうでやめました(今では後悔していますが)。ジンジャークッキーは、やはり味音痴のイギリスのものでした。
では進みましょう。
手前がつばめ号。後ろの白い船がアマゾン号です。
7月13日(5日目)
今日は、湖水地方に向かいます。
此処はスペースがあるので、乗換駅のオクセンホルムにたどり着くまで起きた2つのトラブルについて書きます。
最初は荷物預け場所が判らなかったこと。
スーツケースをホテルに預けようとしたら断られてしまった。パディントン駅で、一時預けを探したが見つからず、時間も切迫していたので、ユーストン駅へ向かう。 ユーストンでは、かみさんの提案で、ラッゲージなんとかかんとか、というところに 行ってみたところ、そこは確かに一時預けだった(ラッゲージをロストと読み違えた私のミス)。1日1個当たり5£
ほっとしてコンコースに戻ると9:10。
もう乗車を開始していることが、テレビの案内で判り、直ぐにホームに向かう。指定席を見付けて着席する。客車は中心部の1/3が、大きなテーブルを挟んだ向かい合わせの席、その他は片側。私達の向かいの席は、当然、外国人だった。
二つめのトラブルは次に書きます。
乗換駅のオクセンホルムで停車中のウインダミア行きの2両連結の気動車(ヂーゼル)です。見かけは新しくて小綺麗でしたが、車内はゴミが散乱していた。
さて、もう1つのトラブルは、ユーストンを発車後30分くらいで、機関車が故障して止まってしまったこと。
この列車は、前後にジーゼル機関車を付けた旧型のインターシティ(新型は機関車が前後に着いているのは同じでも機関車の半分は客席)でしたが、車内アナウンスによると、故障の原因は、気温が高くてクーラーをマックスにしていたら機関車のエンジンがダウンしてしまったことでした。
30℃にもならない温度で故障とは、笑ってしまいました。尤も、基本的にクーラーを必要としない国なので、これは致し方ないことか。そういえば、ロンドンのホテルもクーラーが無かったな。
再発車ができたのは、ユーストンからの救援機関車が来た1時間半後でした。発車後、又アナウンスがあり、冷房を強くすると、又エンジントラブルが発生しかねないので、設定温度を上げるが、その代わりに水を配るとのこと。また売店の飲み物も全て無料になっていました。
日本なら、運休にするはずなので、これは有り難かった。しかし、窓が開かないため暑くて困ったし、予定の列車に乗り換えできるかも心配にもなった。
更に、向かいの席に座ったツイードをきたおじさんに、いきなり売店は何処かと問われ、何でイギリス人に聞かれるのだと驚くもようなこともあり、ヨーロッパの個人旅行初めて、英語力僅かという我々二人には、スリル満点の列車でした。
さて、車窓は、レンガ色の家並が、いつしか白に変わり、オクセンホルム近くになると石積みになりました。また、小麦畑、とうもころこし畑、牧場の混在が、石積の境界がある羊の牧場へと変化しました。
写真は、宿泊したB&B。板石積みのメルヘンな建物でした。
車窓は、レンガ色の家並が、いつしか白に変わり、オクセンホルム近くになると石積みになりました。また、小麦畑、とうもころこし畑、牧場の混在が、石積の境界がある羊の牧場へと変化しました。
ウインダミア着は16:30頃。
インフォメーションで、予約したB&Bの場所を聞く。
宿の、GreenrinnguDuestHauseは、村内に向かって坂を下り、村内の中心部からオークロードに入った一番奥。板岩積みの、この地方の典型的な家で、極めてメルヘンチックでした。
ただ、親父に予約のメモを見せると何か悩んでいる。どうも、こちらからの予約確認を見てない様子でメールを見に行く。
了解したらしいものの、部屋割りに困っていそうだったが、半地下の部屋に案内される。
半地下の部屋はこんな感じです。暗いのは写真が悪いせいですので悪しからず。
部屋は清潔で快適。たがメーキングが出来ていなく、我々も手伝う。
陽気な親父らしく、色々話しかけられる。殆ど判らなかったが、イギリスの飯は大丈夫かなどと聞いていることだけは雰囲気で判った。
その後、部屋と玄関とのカギを渡される。
その際、オレストヘッドへの行き方と夕食のレストランを聞く。オレストヘッドは、駅前の広い通りを突っ切った先、レストランは村内の2軒が美味しくて安いとのこと。
これは、向かいのB&B。オークロードは、こんな感じの建物ばかりです。
オレストヘッドは、この付近を360°見渡せる極めて見晴らしのよい丘と聞きました。また、イギリスで発達したフットパスという、日本で言う自然遊歩道を歩いて行きます。此処も行きたい場所だったので、既に6時近かったものの、まだ明るいため出発しました。
ただ、オレストヘッドヘのフットパスは、インフォメーションの地図も、日本で買った案内書の地図にもランドマークが書いていない。見事に迷い、駅前や、道路A5911を時間近く歩き回ってしまった。
くたびれ果てて、村の入り 口に戻ったところで、少し先のウインダミアホテルの左方が臭そうに思えた。覗いたところビンゴ。フットパスの入り口は、村から行くと、道路A591に面したウインダミアホテルの左側にあると、後続の方にはっきり伝えておきます。
なお、ウインダミアホテルはこの地方独特の石積みの見事な建物だが、道路A591の交通量は極めて多い。うるさそうに思えたため、泊まるなら、静かな村内の方が余程良いと薦める。
さて、フットパス入り口から頂上近くまでは、木陰の道を歩く。途中に羊の牧場があり、かわいい羊さんを観察。頂上には、約20分で到着する。
頂上からの景色は、絵に描いたような美しさとはこの様なことかと感じた。ウインダミア湖方面は勿論だが、反対側の牧場の広がる方は、日本ではとても見られない景色で、更にすばらしい。
そこで写真をと思ったのだが、カメラを忘れた。この広がりは写真では得られないと、連れに慰められる。
付近の景色が良いと、猫も特別可愛く見えます。
さて、オレストヘッドへ向かうフットパスは、頂上近くまで木陰の道を歩きます。途中に牧場があり、かわいい羊さんをごく近くで観察しました。
約20分で到着した頂上は、絵に描いたような美しさです。ウインダミア湖方面も勿論ですが、反対側の牧場の広がる方は、日本ではとても見られない景色で、更にすばらしかった。
そこで写真をと思ったのですが、カメラを忘れてしまった。ただ、この広がりは写真では得られないと、連れに慰められたのは収穫でした。
8時頃、村に戻ったものの、店は10数軒だけだし、どの店も閉まっていた。そこで、宿の親父が教えてくれた2軒のレストランのうち、コースで7.5£の安い方で夕食を摂ることにした。
スープは、野菜とメリケン粉玉の入ったポタージュ様のもの。連れのフィッシュアンドチップスは、魚は小振りだが、大量のフライドポテトと豆が付いた典型的なもの。私のローストラムは、薄く切ったローストラムにグレービーを掛けたもので、付け合わせ は茹でた小粒のジャガイモに豆と人参のグラッセ。
デザートはトライフル。スポンジケーキ、ジャム、果物を合わせた上に大量の生クリームを載せた物で、何れも美味しかった。
ビール各1パイントを加えても20£なのに、イギリスにきてから初めて満足できる食事をできました。
9:30頃、宿に戻る。シャワーを浴び、日本ではあり得ない半地下の部屋で明るいにもかかわらず爆睡。
7月14日(6日目)
宿の奥にあった公園。
6時頃目覚め、たばこを吸いに出かけるとこの公園を見つけた。ぼんやりしていると、犬を散歩させていたおじいさんに、This dog like catと話しかけられた。頭の中が???。でも、犬を見て判りました、顔が猫に似ているのです。互いに判り合い、手を振って分かれました。
ヒルトップ農場は、ウインダミア湖の対岸のニアソーリーにあります。そのため、船が出るボウネスまでバスに乗りました。
つばめ号とアマゾン号で、土人の港にされたボウネスの桟橋に繋がれたニアソーリー行きの船です。
木造船なのが珍しかった。船の内側はニス塗りです。
これは、ボウネスからのフェリー。
フェリー乗り場は、我々が乗った船の発着場所とは少し離れています。
バスには、日本人のご夫妻が乗っていました。その奥さんが、かなり流ちょうなしゃべりで運転手に何やら聞いています。席が隣だったので声を掛けてみると、旦那が荷物を列車に置き忘れたら駅員が素早く連絡してくれて1時間ほどで戻ってきた、旦那の年齢が70で2週間ほどの予定で周遊しているとのこと等、日本語を弾丸のように浴びせられました。我々も、日本語に餓えていたので、会話を楽しませてもらいました。
バスは、フェリーの客が降りてから発車します。
ヒルトップの道路を挟んだ向かいの牧場。
板状の岩を積んだ柵は、この地方独特のもののようです。
ポターの家のヒルトップ農場は、時間指定で入場させている。そのため、近所のパブでコーラを飲んだ。
また、入場券売り場は、少し離れた場所にあるので、要注意だった。
ヒルトップ農場での記念写真。
先のご夫妻に写してもらいました。
この旅行で連れとの写真をは、これ1枚です。
この旅行記の1の表紙に使った絵は、此処の売店で買いました。5枚組で55£です。
ウインダミア湖を往復した船です。未だに木造なのが珍しく感じました。でもおしゃれでしょ。
ヒルトップでは、バスが10分遅れたので、帰りの船に間に合うかと心配した。しかし、船は30分遅れのため、船着き場で待ちくたびれてしまった。
船の中もレトロです。でも、船材は、しっかりしたオーク(樫の木)です。イギリス人がオークを大切にする意味がわかりました。
ボウネス着は、12時半過ぎ。お腹がすいていないので、蒸気船博物館に徒歩で向かう。
道は細いのに、夏休みに入ったせいか人も車も多く、歩きにくかったです。途中、ガイドブックにあったチョコレート屋のハットンズ(後で、ばらまき用に大量に購入したが特別美味しいものではなかった)、安いツアーの代用見学所のベアトリクスポター世界館などを通り過ぎて、15分ほどで到着。
此処のメインは、ヒルトップへ行く際に乗ったような大型の木造蒸気船でしたが、うっかり写真を取り忘れてしまいました。表紙につばめ号の写真を使ったし、説明も十分したので、此処では、手こぎボートの写真を載せるだけにします。
ウインダミア駅行きのバスが出る船着き場に戻ると、着くと2時。さすがにお腹が減ったので、待合所のティーショップで、私はサンドイッチ、かみさんは野菜スープを頼む。サンドイッチは、ごく当たり前だったが、スープは、野菜たっぷりのカレー風味のポタージュだった。イギリスでの食事は、ぱさぱさしたものばかりだったので、このスープは極めて美味しく感じた。
14:30発のバスでウインダミア駅へ。往きとは違い2階建てのバスなので、当然2階へ行く。又運賃も1£と、半分だった。列車が出るまで40分もあった。退屈なので、うろつくと、駅の隣はスーパーマーケットだった。それも外見には似合わずかなり大きかったので、早速偵察し、ドレッシング、缶詰等を土産に購入し駅に戻る。
列車は10分以上遅れて到着。発車は20分遅れだったので乗り継げるかと、またまた心配になる。
オクセンホルムに着き、早速案内表示のTVを見ると、ユーストン行きは20分遅れだったので一安心。それが、結果的に30分遅れで到着する。乗り込むと満席。ドア脇に立って一駅行くと、降りる人がかなりあり、車両の中に行き空席を探す。幸い、指定席ではあったが、2席あいていたのでそこに座る。ところが、この列車も空調が止まっており、極めて暑い。行きと同様、水を無料で配ってくれ、その冷たさにほっとする。
少し元気になったので、リザーブ席の紙を見ると、オクセンホルム、ユーストン間だった。これなら、ロンドンまで座っていけると、やっと安心した。それにしても暑く、せっかくの景色を楽しむ余裕がなかった。
我慢の3時間後、やっとユーストンに着く。預けた鞄を取り、元のウエストポイントホテルにチェックイン。今度の部屋は、通りに面した角部屋で車の落ちがうるさい。又少し狭いし、窓も小さく少々圧迫感を感じた。
19:30過ぎ、食事に出る。
駅のそばにあったスパゲッティ&ピザ屋でスパゲッティを頼む。茹で置きを電子レンジでチンしたものだったが、それなりに食べられた。量はイギリス流に多いが、値段は内容に比例して3£ほどと安い。また、アルコールは置いて無く、ジンジャーエールを飲む。
何となく不足感があったので、ビールを買ってホテルに帰る。
7月15日(7日目)
本日は、実質的にイギリスで行動できる最終日なので、グリニッジへ行くことと、買い物日に当てる。
写真は、グリニッジ天文台。
8:00にホテル出発。TCを現金化するためにピカデリーサーカスのアメックスへ行く。その後、地下鉄を乗り継ぎ、CannonStreetに行き、ドッグランズ・ライト・レールウェイに乗る。
これが面白い乗り物で、ユリカモメの様に無人運転なのに車掌がいる。後で、ユリカモメは、これの真似だと気付いた。また、この列車の風景は、お台場のようで再開発も真似したのかと面白かった。
でも、車掌がいると便利ですよ、何せ、何処へ行くのかと声かけし、この電車は行かないから、次で降りてどこそこ行きの乗れと指示してくれるほどなのですから。
教えてくれたとおりに乗り換えたが、ガイドブックの地図を見ていると、カティサーク駅より、一つ先のグリニッジの方が歩く距離が短そうに思えた。
もう一駅先までいって降りたのだが、これが無人駅で聞きようがない。携帯していた磁石で位置関係を確認して歩き出したものの、I`m Losto状態になってしまった。困っていると、住人らしきおじいさんが近寄って来て、何処に行くのかと聞く。ガイドブックを示し、ここに行きたいというと、指差し指示で教えてくれた。
よくわからなかったものの、取り敢えずその方面に歩くが、らしき建物は見つからない。バス停にいたおばあちゃん、じいちゃんに聞くもこの方向で正しいという。バスで行けというも、そのまま歩いていくと、カティサーク方面の案内板を見つけた。
此処で再度迷っていると、東欧の観光客が来たので聞いてみると、向こうも英語が不 得手らしく逃げかけたが、捕まえて聞いてみるとどうも塀の向こうらしきことが判った。
そっち方面に歩き始めると、公園の地図があり、この中にあることが確認できてほっとした。しかし、駅から40分以上も炎天下を歩くという始末で、実に疲れました。
写真は、経度0度の線。皆跨って記念写真を撮っています。私らも、当然参加しました。
天文台には、昔の測定器や時計が展示されている博物館がああった。その中で、船で使っていた時計のクロノメーターが、振り子を2個を1対として、船の揺れに対応しようとしているのには、特に興味を覚えた。
次は、カティーサークのドックに行きました。
写真は、この船を象徴するフィギアヘッドです。題材は引きちぎった馬の尾を持つ妖精ナニーです。
しかしながら、この船は、残念なことに2007年に全焼してしまいました。ただ、大規模な修理が行われている最中だったこともあり、主要部は取り外されていたと聞いています。そのため、現在どこに保管されているのかは知りませんが、この部分は残っていることを期待しています。
カティーサークの風見です。妙な形をしています。それは、カティーサークが、古いスコットランド語で、女性の下着の短いシュミーズ(今とはかなり違う形ですが)を意味する言葉だからです。
下着を船の名前にしたのは、馬に乗った酔っぱらいを追いかけて馬のしっぽを引きちぎったというナニーの物語が好きだったことからきています。それにしても、こんな風見をマストの頂上にあげていたとは、きまじめな当時では、とんでもないスケベ親父が船主だと写ったことでしょう。
カティーサークの舷側の全てに張り巡らせている銅板です。
この時代の帆船は、外反が木だったため、何の処置もしないとフナクイムシによって穴をあけられてしまいます。そこで、フナクイムシの嫌いな銅板を貼り付けたということです。
なお、この船は、チャイナクリッパー、ティクリッパーなどと呼ばれていたタイプの帆船で1869年に完成しました。この当時、ロンドンでは中国のお茶が大流行しており、一番茶には高い値が付けられ、船会社の方でも速い船の建造に熱中していました。そのため、カティーサークも、最速の船を目指して建造されました。しかし、1度も1番になれないうちに、汽船の時代しまいました。流れ流れて雑貨を運ぶ船になった後、1954年に現在のグリニッジのドックに永久保存されることになりました。
また、流石に、良質のオーク材が不足していたのか、外反と甲板は木ですが、船体の竜骨と帆柱は鉄です。
帰りは、リバーボートで、ウエストミンスター橋までテームズ川を遡ります。
写真は、テームズ川の倉庫群です。
船に関しては、今度ロンドンに来たら、博物館になってテームズ川に浮かんでいた軽巡洋艦と、戦艦ビクトリアの中を見たいと思っています。
船は、ビッグベン側の橋の下流に着きます。
次はお土産の入手。フォートナム&メイソンで大量の紅茶、リージェントストリートとオックスホードストリートのデパートでバッグ類を購入してホテルへ戻る。
最終日の夕食は、行きつけになったパブで、ローストビーフ+ヨークシャープディングを食べる。
ヨークシャープディングは、お金の無いホーンブロアーが、付け合わせに頼もうか止めようかと迷ったことから気になっていたものなので追加注文したが、プリンのようなものではなく、身の無いパイ皮だった。
7月16日(8日目)
8:00 ホテル発
9:00 ヒースローへ
バージンの受付が下手で、実に時間がかかりました。
13:00 ヒースロー発
7月17日(9日目)
9:00 成田着
相変わらず狭い座席でしたが、疲れ果てて寝ていたので気になりませんでした。
以上。長々おつきあいいただいて、誠に有り難うございました。
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