「冬のヨーロッパ・3都市」〜たとえば、猫が下見して。:のうりかさんの旅行ブログ
NE’Xが40分も東京駅で遅れたため、チェックインは35分前。
出発ロビーでYのチケット片手に走るのうりかをANAの係員が「何便ですか?」とCクラスへ。
ANAのおネエさんは「JRが遅れてるようですね」とのんきである。
車内は暴動寸前だし電話は繋がらないし、おいらは本当にあせったじぇ!
息を切らせて、両替して、まだ25分あるじゃん。
ロイヤルで中ジョッキをあおり最後の一服。
いざ搭乗!って、もうみんな座ってるし。
定刻通りドアクローズ。迷惑はかけなかったらしい。
NH209フランクフルト便はYだけ満席。
今回JLを使わなかった理由、FRAに到着してからの移動がスムーズであること。
LHと同じターミナルに着き、すぐバスに乗れるから。
が、最大の理由はドアサイドの47Cシートを予約できたから。
どんくらい広いというとですな、ちょっとウソこくと「ファーストより広い」但し、縦の空間だけ。
リカーサービスの担当は「ハイジ」。HEIDIとネームにあって「ハイディ」と一緒に表記されているドイツ人のおねえさんが登場。
おいらの「モスコーミュール」で焦りまくる。
「ウォッカとレモンとジンジャーエールある?」と聞けば、揃わないらしい。やむなく「ジントニック」。
つくってもらう間、ネームを指して「とてもいい名前だね、ハイジは日本で最も有名なアルペンガールだよ。」と言うと、「ありがとうございます」の赤いほっぺがまたハイジ。
おしりは当然でかい。ヨナンハ・スピリ著
Frankfurt到着。現地、曇り。気温3℃
定刻より早く着いた。パスポートにスタンプを押されて入国し、荷物を取ってコートとマフラーを出す。やっぱ寒いわ。到着ホールに興味深い売店を発見。Beat Uhse.話には聞いていたが帰り寄ってみよっと。当初の予定通りDB(ドイツ国鉄)には乗らない。バスに乗るんだ。
LHと同じカラーリング。ルフトハンザ・バスに乗ってえ。
出口にはルフトアンザのバスが止まっていた。Heiderbergのボードがフロントに見える。運転手はどっか行ってるらしい。近くのSmoking Aereaで一服して待つ。ほどなくして運転手が戻って荷物を入れてくれた。「Round Trip」でチケットを購入する。One Wayよりオトク。
夕闇せまるアウト・バーンを南ヘ、ハイデルベルクまで走る。
17時発のバスには乗客が10人ほど。日本人はのうりかだけ。いいねえ。この感じ。車窓はどんどん暗くなっていくけど、緯度があるせいかいつまでも紫色の西の空。冬でも運転できそうだな。FOMAカードを差替えして、携帯で大善寺に無事到着のメールを送った。家ネコは眠らない。
バスの終点が今夜の宿。クラウン・プラザ・ホテル
アウト・バーンを降りてすぐにハイデルベルクの街に入り、DB(ドイツ国鉄)中央駅の前を通って、トラムがすれ違う。ローカルの暮らす匂いが見えてきた。今日は13日の金曜日!終点はホテルの前。思ったほど大きくはないホテル。でも、インターコンチ系列なんだじぇい。
ベスト・トラベラーは94ユーロでクラブ・ルームに泊まる。
チェックインはスムーズ。インターネットで予約してたから、記入するものもなし。ただ、「明日の朝、朝食は利用されますか?」と聞かれた。もちろんYes!案内された部屋はキングサイズのベッドのクラブルーム。スリッパとバスローブ。鉢物と一輪挿しに黄色のバラもあった。
ネッカー河畔。街灯も凍る十三夜。
今回の目標、食事は現地の料理を食べること。コンシェルジェで地図をもらって、ビスマルク広場でTAXIに乗込み、「Guten Abend!」地図を出して「カール・テオドール橋へお願い!」もちろん英語。おいらはドイツ語しゃべれないんだ。コミュニケーションは勢いかもしんないよ!
カール・テオドール橋(アルテ橋)へ。
実はKarl Theodor Bridgeなんて言ってもDriverには通じない。「Alte Brueckeアルテ・ブリュッケ」、カール・テオドアと発音するらしい。6ユーロちょっと。10ユーロで2ユーロバックして橋門のまん前で降りる。この時間、観光客らしき姿はない。なんじゃ、この川風の冷たさは!
ハイデルベルク城がライト・アップしていた。
「アルト・ハイデルベルク」のオペラをまだみていない。悲恋もので有名。作品中で出てくるのは大学。14世紀に創立したヨーロッパ最古の学校。橋から見える城は、1600年代の三十年戦争で廃墟となったまま現在に至っている。古城の上に月齢13の月が出ていた。
聖霊教会からハウプト大通りへ。
いっこうに観光客の気配も感じないので聖霊教会まで歩くと、ハウプト通りには通行人がいた。途中、ガラス越しに満席のレストランがあったが、ローカル御用達か?ツム・リッターの窓越しには客が誰もいない。やはり観光客の店なんだろうね。
ケーテ・ヴォールファールトがいつの間に進出していた?
夜なのに英語を話す観光客が多数徘徊する通りを歩く。みなエリス風。ハイデルベルク大学の旧館広場の角に「ケーテ・ヴォールファルト」を発見。18時まで開いていたらしい。365日がクリスマスの店。のうりかに断りもなくローテンブルクから進出していたとは恐れ入ったぜ・・。
「白い白鳥(?)のビール博物館」という名のレストラン。
お腹はすいているような気がしたので、スワンの看板の店に入る。Weisser Schwan Biermuseumという名のレストラン。先客は地元のオヤジ達がカウンターでビールを飲み、6人ほどの観光客のファミリーが1組。「Guten Abend!」店の主人が笑顔で窓際の席へ案内してくれた。
寒いんだけどね!ビールとシュニッェルでしょ。
とにかくスープだよね。んで、ビールとシュニッェルは食べないとね!で出てきたのがレバーのすりみの入ったハーブ入りスープ。うまい。具は食べれないけど。あったまった。ビールは中ジョッキ500mlなんだけど、日本じゃ大だね。シュニッェルは最高。きた甲斐があった。
携帯をDoCoMoにした理由。
大学広場からTAXIでホテルに帰る。今回はPCを持たない代わりに海外用のFOMAをレンタルした。FOMAカードを差替えするだけで通話もメールもiモードもOK。宅配で3日前に届いて送料はタダ。昨日の空港での慌しさを考えれば、DoCoMoを利用したのは正しい選択だった。
1月14日(土)。朝食の食堂はなぜか「ウェスト・コースト」
朝は当然早く目が覚めたが、よく眠ったと思う。パッキングして食堂へ。予定では朝、古城に行こうと思っていたんだけど、昨日の電車遅れのショックで1時間バスの出発を早めることにした。ただでさえミラノ乗換えでフライト時間が2倍かかるのだから。乗遅れは避けたい。
やっぱりというか、当然朝食からソーセージ。
料理はまずまず。この際だからソーセージを食す。旨かったよ。ヨーロッパの朝食は野菜がないのでフルーツを摂る。フランクフルター・アルゲマイネーを眺めても独語はさっぱりで、Billにサインしようとしたら「あなたはincludedです」と言われた。クラブフロア恐るべし。
フランクフルト空港第1ターミナルBホール。
すぐアリタリア航空のカウンターを見つけてチェックイン。
バゲージはスルーを確認して、ミラノのターミナル図はあるか?聞くと「図はない」。「でも大丈夫、心配ないから。降りて上の階に案内があるからすぐわかりますよ」とニコニコしておばちゃんが言うんだわ。
シェンゲン協定加盟国へは国内線扱いだということですが・・。
EU連合で加盟国間は国内線扱いなのはわかるけど、EU外の旅行者のうりかはどういうことなのかいまひとつわからん。FRAで入国審査して、最後のパリで出国審査するらしい。AZ405のDept.は12:05なのにゲートには長い列。セキュリティ・チェックが厳しくて進まないのね。
快晴のスイス・アルプス越え。
アサインされたシートは2L(窓側)。でもLってなに?覚悟してたのに揺れないスイス・アルプス越え。写真中央奥に「マッター・ホルン」。白の静謐な世界が眼下に続く。ミール・サービスはサンドィッチのBOXが出た。特に感動なし。一緒のドルチェはマル。酒はのまない。
ミラン・マルペンサ空港でトランジット。
13:25定刻に到着。バスで移動すると、確かに入国審査もなく、おばやんの言うとおりエスカレータを上るとトランジット・エリアに出た。ムービング・サイドォークが動かない。サテライトへ移動しながら大善寺へTEL。イエネコは元気である。しかし、全館禁煙なんだ、ここ。
ゲート19は地上から、またバスで移動ですな。
目指したGATE19は国内線専用のサテライト。一言で言うと「この空港は古い&田舎だ」考えてみるとアリタリアのカラーリングもずいぶんと昔から変わらない。それでもイタリアのイメージを感じるんんだから、この国のデザインはそれだけ強烈なんだろう。ほんとにここはミラノ?
アリタリアの機材には「名前」がついているらしい。
AZ1455は14:30の出発。この空港ではボーディング・ブリッジを使わない規則なのか?駐機の状態は混んでいる様子もないのだが。機首に表記されたBENEVENTOはナポリの近くの県の名前と紋章。30年前に日本でも機材には名前があったか、「よど号」とかさ。
モンテ・ローザを下に北アルプスを東へ飛ぶ。
実はMonte-Rosaは写ってません。
北イタリアには湖沼が多い。古城というとドイツやフランスが有名だけどイタリアにも点在している。コモ湖とか風光明媚なリゾート地なんだってさ。
アリタリアのお姉さんたちは、バレーボールの選手のような感じ。元気がよくて馬力ありそうだ。
ヴェネツィア・マルコ・ポーロ空港到着。現地、晴れ。気温5℃。
Marco Poloへは北からアプローチのため、おいらの席からは海に浮かぶVenezia(独語Venedig)を上空からみることはできなかった。定刻より早く到着。ここもバスでターミナルへ向かう。
西陽(北緯45.26)があたっていたので、のうりかはレイバンをかけた。ヴェネツィアだあ!
ローマ広場までのATVOバスは要注意。3ユーロなり。
バゲージは無事カルーゼルから出てきた。しかも早く。アリタリアはまともな会社だったらしい。到着ロビーでATVOのチケットを買ってバスに乗込むが、荷物は自分で貨物棚に入れる。つまり運転手(愛想はマル)は中でそのまま何もしない。女性に対しても同様。んなのありかい?
Piazzale Romaから82番のヴァポレットに乗る。
両側が海の長い道路を走り20分ほどでローマ広場へ到着。ACTVの24時間チケットを購入。10.5ユーロなり(一区間3.5ユーロ)。乗り場の刻印機に入れると。日付と時刻が印刷された。Vaporettoは何路線もあるが、82番がカナル・グランデ(大運河)の快速。
で、気をつけるのは終点を確認することざんす。
Canal Grandeが夕陽に染まる。これだよ!見たかった風景は。後部デッキで写真を撮っていたら、ガラスドアがゴンゴン!「終点だ」らしい。この船はリアルト橋が終点だった。すまんこってす、と船を降りるとけっこうな人ごみ。ちょうど隣の乗場にきた82番の船に乗込んだ。
ゴンドラに乗るのは夕暮れじゃなくちゃね!
なんかヘンだな。Water Busはローマ広場へ戻ってる。82番の逆周りに乗ったんだ。荷物もあるしもうこのままでいいや。時間的には逆のほうが停船数が少ないので大差ない。最後部のデッキに座り冬の運河を渡る風にあたりながら、ATCVで路線図を手に入れるんだったと反省。
Ponte de Rialto.みんな夕日を見にやってくる。
16世紀建造、夕陽に映えるアーチと大理石の装飾が美しい橋。世界中からの観光客が橋上にいる。Veniceは好き。どこを切取っても素晴らしい。人前でキスを交わす恋人たち、熟年の旅行者でさえも若い頃のように寄添って歩く姿がとても自然だ。Tokioではこうはいかんでしょ。
黄昏のジューデッカ運河を舟がゆく。
空は紫のグラデーションがいよいよ深まりラグーナに夜の帳が下りてくる。Water Busに揺られながら「ずっとこういしていたい・・。」と思う。ときどき旅行に出るとそんな風景に出会うんだ。それはけっして有名な場所ではなくてね。しかしだ!やっぱり寒くなってきたあ!
そして、アドリア海に月が昇る。
中に入ろうとしたら、月が昇ってきた。月齢14、見かけの大きさはお盆大。どうだい?旅の醍醐味はこれだよ!でも、さすがにこの月を日本で見ている人がいる(時差8時間)なんてことは考えない。今回は夜の写真が多い。手ブレばっかしだが、それもまたいい味で満足してんだっけ。
サン・ザッカリア到着。ヴェネツィア再上陸。17:28
あたりはすっかり夜になった。
「誰そ、彼?」の海岸通り。
石畳がハッシュ・パピーのソールに心地よいのは、今回の旅はあまり歩いていないから。
海の風が寒い。考えてみれば緯度は宗谷岬と五分ってるんだ、寒いのはあたりまえだよね。
今夜の宿は目の前。「サヴォイア・エ・ヨランダ」
今夜の宿に到着。このテラスに座っている人たちは我慢比べでもしてんのか?玄関は小さく、これまた小さいレセプション。「ボナ・セーラ!」と笑顔で迎えるオヤジに「予約したヤギヌマです」と応えると、「オマチシテマシタ!」このオヤジはニホンゴ少しできます。
エレベータが異様に狭いが・・。
部屋は2階だらしい。ベルが部屋まで案内するというのでエレベータに乗る。2人が限界の空間。説明が難しいが、このエレベータの扉は2箇所開く。突き当たりの角部屋に通され、電動の異様な音をたてて閉まる鎧戸の説明を受け、にこやかに1ユーロを渡して退場願う。いい部屋だ。
ジュニア・スイートじゃないと運河が見えないっていうから。
このJr.Suiteは狭いが、ベニスの4ツ星ホテルとしては期待通り。天井が高くシャンデリアつき。床は重厚な木張りでビクトリア朝のテーブル。チップンデールの椅子とソファが気に入った。隣には有名な5ツ星のダニエリが鎮座ましましているが料金は3倍くらい違うんじゃないかな。
ネコのカンを頼りに夕食へ。路地を行くと。
18年前、ベニスに訪れたとき、仮面をお土産に買って帰りたかったのだが、Honeymoonだったからね、機会を逸してしまった。MaskはMascheraというらしい。小樽で仮面の壁掛を買ったときにことらが「ベニスに行ったと思えば安いわよ」と名言を残したが、やっぱり全然違うよな。
「トラットリア・アンティコ・サクレスティア」がよさそうだらしい。
目指す方向はS.Zaccaria教会から北西の路地。ホテルのガイドブックに載ってた店。狭い路地には観光客がそぞろ歩きで、食堂のメニューを覗きながら今夜の食事を思案している姿があちこち。狭い路地を左に右に数分で店に着いた。窓から1組の客が見える。
赤いオレンジ・ジュース飲んだことある?
まずはCampari Orange!、で、出てきたのは赤色。黄色じゃない。実は今朝のOrange Juiceが赤で、寝ぼけてたからGrapeと間違ったと思っていたがこのOrangeは存在する。Arancia Rossa、Tarocco種、ビタミンC、アントシアニン豊富。地中海産。シチリア風ミモザも当然赤くなる。
不覚にも、イカ墨のパスタに感動するの図。
昨晩もそうだったが、僕が店に入ってから4組も客が増えた。ウェイターに相談し、定食でチョイスした鰯のマリネが最高に美味い。Vino Biancoと合うアンティ・パスト。パスタの中で絶対に食べることはないと思っていたイカ墨を食す。美味。かなりのカルチャーショック。
サン・マルコ広場。月の光のアクア・アルタ。
La Piazza di San Marco.冬、この広場から高潮で洪水になる。排水蓋から溢れ出すらしい。ホテルのオヤジが言うには1シーズンに10回程度。Acqua Alta(High Water)になると歩道の上に高さ50cmの板が渡され歩行者はその上を歩く。が、完全に水没してもカフェは営業するらしい。
カフェ・フローリアンは1月15日まで休業します。
ここは世界で最も豪華な空間だと信じている。Honeymoonの時に弦楽つきでCafe Florianに入ったが、あのときもまた、「ずっとこうしていたい」と感じた時間だった。さすがに冬はテラスでお茶する人はいない。どこからここにきたのか?と思うくらい、うすらかすらする観光客。
1月15日(日)朝。部屋から見るアドリア海。
昨晩もよく眠った。TVも見たが「Pretty Woman」のジュリア・ロバーツが伊語というのはいかがなものか?「椿姫」が伊語だから問題ないのか。
鎧戸を開けると夜明けのラグーナ。「幸せになるためのイタリア語講座」でみんながベニスに行った理由がわかる。この街は憧れなんだ。
食堂へ一番乗りで降りていった。
日曜日の7:20、ダイニングは客がいない。案内のオヤジは「タマゴがまだなんです」とカプチーノ入れてくれた。「フィガロ」の朝刊を開くが、さっぱりわからん。「Superstizione」とか発音は簡単なんだけどねえ。イタリアでは数字の13は縁起がいいんだってさ。
ヨーロッパでサラダを食べるのは困難を極める。
タマゴが運ばれてきた、Buffet開始。久々のトマトとレタスにご対面。ハムの付け合せとしてごく少量しかない。その少量を迷わずいただく。ここでもオレンジ・ジュースは地中海産。スーパーで1本買って帰ろうかな。でも重いよな。
ヴェネツィアに朝がきた。
風が冷たい。S.Maria d.Saluteは見かけの望遠だとこんな感じに見える。1番のVaporettoに乗った。まだ船着場を理解できない。バスの乗口にルートと停船する駅名が表示されているが、駅の黄色部分の何番の表示を見て乗込むと、行きたいDirectionではなかったりするんだよね
さて、この船はなんの働く船でしょーか?
S.Marocの停船場。ベニスは車乗入れ禁止なので、救急、警察、消防も船で出動する。地図にCapitanerie di Port。船体の横にGUARDIA COSTIERAとあるので港湾事務所?の沿岸警備艇です。名誉と由緒ある歴史がありそうな旗が船尾に掲げてあるのが確認できる。
アカデミア橋でおりなくちゃ!
バスに次の停船場の案内はない。大運河の街並に見とれてると1番(各駅)のバスでさえも乗越してしまいかねない。現在外装が改装中のGallerie dell\\\'Accademia.は一度ゆっくり鑑賞したい。ここからS.Marcoまで約1Kmちょっとを戻るつもり。
アカデミア橋からのカナル・グランデ。
Ponte dell\\\' Acccademiaからの眺めは今回夢にまで出てきた風景。手前のバルバロ宮や奥のダリオ宮ごしに、サルーテと税関が続き、まるで船上のデッキで水夫(Pilot)からアドリア海へ水先案内されているかのような感覚になる。Tokyo Disney Seaはベニスではない!と断言する。
迷っちゃいけないサン・マルコ広場への路地。
風が強くて寒すぎ。「PER S.MAROCO→」の看板通りに路地を歩けばいいんだけど、直線じゃないから2kmは歩くことになる。Gondolaに会った。そういや猫に会ってないなあ。路地で迷うのもベニスの楽しみの一つだけど、今日は迷ってたらパリに行けなくなるんだよな。
でも、妙にこんな店に心惹かれるのだよね。
S.Stefano教会から「3月22日通り」の途中で手袋屋を発見。にことらに買っていきたいな。が、拙者は I have no time.さらにS.MoiseからHoneymoonで泊まったバウアー前に朝から集合する日本人ご一行さまと、集結するゴンドラにたまげた。
サン・マルコ寺院に出た。
Basilica San Marco.ロマネスク・ビザンチン様式の傑作?広場名物の鳩たちに迎えられた。右端がVENEZIAの旗。象徴である有翼の獅子像が旗にも3本の柱の上にもある。金色のモザイク画が輝くのは朝陽ではなく夕陽のようだ。とにかく旗が今朝の強風を表しているでしょ?
2本の柱の間を通るのは不吉だらしい。
左の柱の上には有翼の獅子、右は守護聖人テオドロス(って誰?)イタリア人は迷信深い。この柱の間で死刑執行が行われていたので決して通らないという。また黒い猫はもちろん「17日の金曜」が不吉なんだってさ。13が縁起のいい数字なのはLOTOの一等が13だから。
ため息橋。「リトル・ロマンス」を思い出した。
Ponte dei Sospiri「伝説は普通の人が起こす奇跡」79年の映画「リトル・ロマンス」でダイアン・レインが言った台詞を思い出す。伊集院静著「旅行鞄に花びら」によれば「Love Letter」のジイちゃんことクマさんの芸術が聖フランチェスコ教会の庭にあるそうだ。一度見てみたい。
「ヴェネツィア、会えてよかった」ヴァポレットに乗って空港へ。
ホテルのオヤジに「また来てね!」と見送られ、帰りは41番(82番より快速)のバスに乗る。1日券のモトはとった。写真中央のBig Ben(とってもヘンですぞ!)は修復中の時計塔。綺麗な12宮の絵が文字盤にあって、屋上のムーア人のブロンズ像が長い金づちで鐘を鳴らす(はずだ)。
小洒落た空港になった?マルコ・ポーロ空港
ローマ広場からATVOに乗って空港へ。Air FranceのESPACEでチェックイン。しかし、席はTEMPO。日航の特典航空券ではこの程度の扱いか?Palige出発まで1時間20分あるのでお土産を物色。ゴンドリエーレの帽子、ガラスの置物、当然小さいものを購入。Maskも街で買ったし満足。
1988年の悲願をいま!ピザに?
ここで会ったが百年目、Honeymoonの空港で時間がなくて諦めたピザ。ズッキーニとナス。でかい。Si!Si!Bouno!Bouno!Grazie!!感激。しかしクローネンブルクを飲んでるあたりが思いはすでにPaligeだらしい。Aquaは「やまや」で同じのが売ってる。これで7ユーロなり。
上空からフランス国内に緑の畑が多いのは麦が育ってきたから。インフライト・ミールが不覚にも旨かった。きれいなおネエさんにワインをすすめられたけど、眠くなるから酒は飲まない。昨日、今日と日本人はのうりか一人だらしい
CDGアエロガール2Fに到着。天気、晴れ。気温5℃。
美しいターミナル。関空と同じ建築家の設計。荷物を取って、AFのバス乗場へ。窓口が閉まってる。と思ったらバスがきた。荷物を入れてもらい、「エトワール行?」と運転手のオバさんに確認しチケット購入。18ユーロ。ホールを回ると日本人も乗ってきた。日本語聞くの久しぶり。
エール・フランス・バスに乗ってえ。
凱旋門の北西Avenue Cornotnが発着所。Roissy BusはOperaに着くが、ホテルへはメトロの乗換えが必要で、RERも同様の理由で移動手段から却下。このバス速いし安くて快適だ。日航もNRTから往復2,500JPYでバスを運行したら乗るんだが。でも次回はサムソナイト2個なのでTAXIかな。
凱旋門の西側に降り立つ。いまここに。
Arc de Triomphe「心が震える。」とはニコトラの名言。確かに寒くて震える。4度目のパリは冬の陽が弱々しくArcのレリーフに映える。門の下に第1次世界大戦で戦死した無名戦士の墓がある。永遠の炎とともに献花が絶えない。ウェストミンスターにも同様の碑。え、靖国にもある?
「パリ・ヴィジット」1day。8.35ユーロなり。
メトロ駅に降りて「PARIS VISITE」を購入。1日で8.35ユーロ。ゾーン1〜3までRERもバスも自由に乗れるスグレモノ。その日だけならMOBILISのほうがお得だらしい。Jardin des Tuileriesがホテルの最寄り駅。1号線で5つ目。車体が小綺麗になってた。
今夜の宿はここ。「ロイヤル・サントノーレ」
宿選びは迷った。希望のConcordは高いので以前泊まったホテルの系列で地図に載ってなく団体が使わなそうで、便利がよく安かったので直接Webで予約。レセプションへ「Bon jour!」お姉さんがお出迎え。「煙草吸いますか?」と聞かれ、正直に喫煙室をChoiceしてしまったが
ロビー。この狭さが、部屋への期待を裏切らなくて良いかも。
ベルに部屋へ案内される。エレベータはコンラッド以来のカードを認識する方法で動く。ロビー階はRCと表示さてれいるが、「なんて言ってるの?」と聞くとベルは「Ground floor」んなもん、わかってるって!「フランス語では?」にベルが「Rez de chaussee」んー、わかんない。
でひょ?209号室は3階です。
209号。いかにもパリ、いかにも喫煙室(非常用のフロア見取図で反対側の禁煙室は広いんだ)の狭さ。そして「うすら寒い」が期待通り。ミニバーのエビアン(350ml)が5ユーロも予想通り。絶対飲まない。カーテンのドレープとボックスのベッド・スプレッドが気に入った。
今夜の目標。バスに乗ってエッフェルを見に行くこと。
完全防寒して、リヴォリ通りに出て、バス停を探すも見つからない。でちとルーヴル方向へ歩く。この通りは一方通行で、バス停が柱の影になってよく見えない。72番のバスに乗り、コンコルド広場からセーヌ沿いにシャイヨー宮まで。観光バスと同じ景色。
冬でもカルーゼルは回っているんだねえ。
La Tour Eiffeleはママン。「いつもみんなを見守っている。」と映画「パリ空港の人々」でジャン・ロシュフォール演じるアルチェロが黒人少年にそう教える。空港から出ることができないはずの彼らは、明日強制送還される少年にパリを一目見せようと、大晦日の夜パリヘ向かう。
アレクサンドル三世橋と点滅発光のエッフェル塔。
狙ってたわけではないけど、冬のパリの夜景はあまりにも美しくて、悲しい。映画でもシャンソンの歌にバスからの街並が流れ、停まっているバトー・ムッシュからエッフェル塔を見て、ささやかに新年を祝う。原題「Tombes du Ciel」は昨年「Terminal」米映画でリメイクされた。
コンコルド広場はもしかしてヨーロッパの中心なのか。
琥珀色の十五夜が広場に昇る。Concordeはパリの中心だ。オベリスクから360度見渡すとこの街の全てがあるから。バスを降りてメトロ駅へ歩く。ずっと頭の中で映画のシャンソンがエンドレスに流れていた。今日は日曜。仏国では日曜営業を禁止する法律がある。
オペラ・ド・ガルニエへ、メトロに乗って。
メトロは好き。景色は見えないが待つ間寒くない。他の街と同様に乗換えが容易。ロンドンではバスを乗りこなせたが、パリはちと難しいかも。で、日曜の夜に夕食難民になるのは避けたい。オペラ座界隈ならなんとかなるだろうと。歩いてすっかり身体が冷えきってしまったのね。
やっぱり、サッポロ・ラーメンは最高だよな。
シノワとも思ったが「ひぐま」へ足が向く。しかし外にまで並んでて満席なんだ。信じられん。戻ってSAPPORO。ここも満席だけど「いらっしませ!」とカウンターに通された。隣のフランス人はカツ丼を食べている。ミソと半餃子、半炒飯を食す。12ユーロなり。日本語の世界。
リヴォリ通りとジャンヌ・ダルク像。
体も回復し、歩いてホテルへ帰る。
Pyramidesのジャンヌ・ダルク像は金色の装飾。。
神が天使に言う
「天国の庭園でこの小さな鳥は永遠に歌い、黄金の都でこの幸福の王子は私を賛美するだろう」
オスカー・ワイルド作より。
ツバメが王子に別れを告げたのもこんな寒い夜だったか。
プランタンへは行ってみたいんですか・・。
部屋で必ずテーブルを撮る。この携帯には世話になった。プランタンはソルドの季節に日曜営業しているらしい。営業する店には罰則ではなく、その分税金が加算されるだけらしい。レストランは休みでもワインバーは開いている。でも早く閉店しすぎだよな。欧州の街はどこも同じ。
1月16日(月)朝。朝食の食堂。既に日本人ご一行様がいた。
朝目覚めて「ここは・・。」と思う時間がティンカーベルの言う「ネバーランド」。今朝も朝メシ一番乗り!と食堂へ入ると博多弁を話す家族が食べ終わっていた。このホテルは日本人多いのか?当たり前か、サントノーレに面しているんだから。
そもそもパリではAmerican Breakfastを理解していないのでないか?
Dejeunerは昼食。Deは破るでJeunerは断食の意味。昔はお昼前が朝食のデジュネで夕方が昼食ディネ。プチ・デジュネが朝食になってからは当然コンチネンタル・スタイルが主流なわけ。以上の理由でも納得いかないの今朝のプレート。マダムを呼んでケチャプを所望する。
チェック・アウトは午後2時でお願いね!
ロビーで煙草を一服。夜勤あけの副支配人がおいらに「サヨナラ」と帰って行った。レセプションのお姉さんにチェックアウトの延長をお願いし、OK。部屋でパッキングして、今日の行動範囲を再度確認する。シテ島・芸術橋・ルーヴル・昼食。
メトロに乗ってシテ島へ行くんだ。
月曜の朝、パリも普段の顔。1号線のメトロでHotel de Villeへ、と言ってもホテルではありません。市役所のこと。シラク大統領が市長時代に勤務していたところ?メトロの電光掲示も進化した。東京と同じように次の電車までの待ち時間が表示される。
パリ市の紋章。「たゆたえども、沈まず。」ラテン語
FLUCTUAT NEC MERGITUR. 「フルクトゥアト・ネク・メルギトゥル」FLUCTUAT は「波に翻弄される」NEC は否定、MERGITURは「水に沈める」という動詞の受動態。「パリ市は波に翻弄されるが、沈むことはない。」という意味だらしい。メトロのホームにあったモザイク壁画。
ノートルダム橋からコンシェルジェリー。
右岸のブキニストは開店前。ノートルダム橋からコンシェルジュリを右にセーヌをシテ島へ。この先には警視庁があって自動小銃の警官が立っている。花市と鳥市は香港のそれとは違うだろうけど、鳥フルーの危険を感じるので近づかないよ。
ノートルダム大聖堂。本日は晴れなんでしょうか?
逆光のNotre Dame西側。荘厳なゴシック建築。西のバラ窓の上に中央左右6個ある丸を「あっ、ミッキー・マウス!」と叫んだのは理恵蔵(当時2歳)であった。あんときはみんな驚いたよね。公園で悪さもしたが、くるくる踊って観光客から手拍子までもらってた。
トゥールネル橋の下。セーヌ左岸から。
大聖堂へは入らない。セーヌ河畔の歩道を歩いてみたかったから。例えば、「レ・ミゼラブル」で冷血無比のジャベール警部が、ジャン・バルジャンを見逃した場所。そして巴里のアメリカ人が踊る。でも一番はD・ウィンガーとB・クリスタルの「Forget Paris」。
24番のバスに乗ってPont des Artsへ。
イヌに会ってもネコに会わないのがパリ。糞には注意だよ。バスに乗って芸術橋で降りる。この橋は左岸から歩行者専用でポン・ヌフを右手にルーヴルへ続いている。フランスで最初に建てられた鉄骨の美しい橋。この橋の上では誰もが詩人になる。
ポン・デザールからシテ島とポン・ヌフ。空が曇ってきた。
パリで最も古い橋(Pont Neufの意味は新しい橋)は17世紀初頭に建造された。あの突き出た中洲を次回は散歩してみたい。20年前ほどの広告でカトリーヌ・ドヌーヴがこの橋の欄干にもたれている写真を見た。しかもジーンズで。かっこ良すぎ。役者は大根でも好きなフランス人女優。
ルーヴル宮へ。ピラミデの向こうにプチ凱旋門。
Musee du Louvreはグラン・プロジェを完了。今では「ダ・ヴィンチ・コード」ファンがカルト目的で徘徊しているらしい。ガラスのピラミッドはフランス革命200年を記念し89年に完成したもの。開館は9時から18時まで。火曜が休館。ラッキー!
「サモトラケのニケ」ドノン翼。
ピラミッドを降りて、チケット売場は混雑してるが、自動販売機があるんだよん。同じ8.5ユーロだけど並ばず買える。18才以下は無料。この彫像はルーヴルで一番好きな作品、ニコトラに名前が似ている。モナリザと戴冠式は写真撮影禁止なんだ。
「ミロのヴィーナス」シュリー翼。
館内を歩くとすぐ汗ばんでくる。エジプトのミイラは大英博物館といい勝負だよね。鼻ピアス猫もいい味出してる。しかし何と言っても、2番目のお気に入りはヴィーナスの後ろ姿。偉大なお尻が3D Coming up!
逆さピラミッドの前。みんなカメラのお約束。
いまや「ダ・ヴィンチ・コード」のおかげで有名になったという、「逆さピラミッド」95年に子らが立っていた場所に、どこぞのヨーロッパガキが立っている。携帯で写真を大善寺に送信すると、下の娘から素早い返信がきた。覚えているらしい。
アンドレ・マルロー広場からオテル・ド・ルーヴルへ。
ここのブラッセリーでデジュネを予定。12時開店なのでスタンドでタバコを買う。向かいのカフェ・リュックも懐かしいけど、改装されて雰囲気が変わってた。リュックからいつも見ていたホテル。次回はここに泊まりたいんだなあ。
「ブラッセリー・ド・ルーヴル」でデジュネをとる。
ドアを開けるとムッシュに「煙草すいますか?」「仏語と英語どちらのメニューにしますか?」と席へ案内された。どうも怪しい香港人になっている。24ユーロの定食に決定。キール・ロワイヤルを注文したら「シャンパンは何にします?」クレーム・ド・カシス以外に?君に任すよ。
キール・ロワイヤルがきたらあとはなんでも許す。
Menu:Appetizer and main course and dessert. Black pudding and eggplant on a glass jar. Tagine of chicken, green asparagus & crystallized lemon. Ice cream and sorbet from the Alpes.で最後にコーヒーでマルボロ・ライツなんですわ。旨かったよ。
はじめてきました。パレ・ロワイヤルの庭園。
部屋に戻って一息いれて、チェックアウト。荷物を預けて最後の目的地Palais Royalへ。この先にギャルリー・ヴィヴィエンヌがある。秋だったら素晴らしい景色の公園だよね。回廊の下に色々な店が並んでいる。みなそれぞれ雰囲気があってよい感じ。
パッサージュと申します。「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」
何度となく訪れるチャンスを逸していたPassageを歩く。お腹がいっぱいでなかったらカフェでキッシュとか食べたいけどね。ここの他にもパッサージュはパリの街にたくさんあって、通な店が多いんだそう。ロンドンのパッサージュとは全然違う感じがする。
パレ・ロワイヤルの中庭でOver Sea Call.
最近は美術の教科書にも載ってる円柱形のオブジェ。ダニエル・ビュラン作。宰相リシュリューが住んだこの館は彼の遺言で王宮になったため、パレスの名がついた。パリの街中なのに静かだ。オブジェに腰掛けて携帯を出す。大善寺へ「これから帰るよ!」
旅の最後にカフェで一服。
リヴォリ通りのカフェで一服。パリに来ると必ず使う言葉「un cafe\\\', s\\\'il vous plait」(自画自賛の発音)も使い納め。やっとお腹がこなれてきた。仏料理は最高か?アラン・デュカス曰く「いい料理はいい食材による。そして実に土こそが料理を決める黄金率なのです」同感だ。
チュイルリー駅からメトロで帰ります。
オヤジに荷物を出してもらって、玄関まで運んでくれたので1ユーロ。「空港までタクシーは?メトロですか?」とかいがいしいオヤジに「いいホテルだったよ」と礼をして1号線をエトワールへ。なんだかメトロの広告って好きなんだっけ。
帰りのフライトはCDGエアロガール1から。
荷物はターミナル別に格納される。冬の曇り空を空港へ。ターミナル1へは自分一人かと思ったら、日本人親子が2人いた。出発2時間前、優秀じゃん。混んでたのでFirstでチェックインさせられたけど、Yの47Cは変わるわけがない。なにせ税金別で78千円の運賃ですから。十分です。
チューブから見下ろす、なつかしのパタパタ時刻表。
18:30,TOKYO,NH206が掲示板に出ている。何十年も変わらぬ装置。このフォトアルバムは元画像の30%でアップロードした。ロンドンはIXY320で47枚だったが、IXY700を購入したため。それほどきれいに写っていないのは全てストロボなしの手ぶれによるものが原因。不本意ではある。
レトロ・フューチャーとでも申しましょうか。
免税店でヴーヴ・クリコを1本、チョコとクッキーをお土産に。レジのお姉さんに「Merci!」と言ったら指で(覚えたわね?)とゼスチャされた。「Au revoir,mademoiselle!」要やんにプランタンでマフラー購入、30%引き。「父にいいと思って」の言葉にリボンしてくれた。
「オ・ヴォワール・パリ!」NH206東京行き。
サテライト3へ向かう動く通路もまた懐かしい。洞窟を進む感じ。バスで着いた写真を見るとわかるけど通路部分が上に続いているのがわかるはず。天井からの球体の広告表示は無くなっていた。アナウンスのチャイム?は変わっていない。手荷物検査のため定刻より10分遅れで出発。
シベリア上空。よく眠れたかも。
食事は和食を選んだ。日本酒も頼みたかったかな。白と赤を頼んでコップは1つでいいよ。と言うとお姉さんは「ロゼになさるんですか?」と妙なことを言う。違います。映画「大停電の夜に」で、豊悦はキモかったがBill Evansの話に感動した。あとは成田まで眠る。ぶっちぎり。
1月17日(火)帰って参りましたの成田空港。晴れてる。
定刻より10分遅れで成田到着。
クラクラきてないのは地球の自転に逆らっていないからか?携帯を返却し、ニコトラにメールしてリムジン・バスで帰る。ニュー・トーキョーで牡蠣くんを食べたいと思ってね。ゆっくり家に帰ります。無事に。日本は寒い!やっぱりちと眠いや。-FIN-

のうりかさん殿
はじめまして、私 (●・o・)ノ と申します。
ニックネームは、(・o・●)ノ です。
そうですか、現在モナリザは写真撮影禁止ですか。
あたしゃ、10年ほど前までは、死ぬほどフランスに行っておりましたが、
その時は、撮影禁止では無かったですな〜。ひょっとして、私が知らなかっただけですかな?
のうりかサンもやはり、ミロのビーナスの後ろが気になりましたね。
私も初めて半ケツ見た時、感動致しました〜。
では、お邪魔致しました。

(●・o・)ノ さん、こんばんわ!
さて、実は自分でいちばんのお気に入り旅行記にご訪問いただいて、
コメントまでちょうだいし、感激しております。
(●・o・)ノ さんは絵画をみてさらに写真を撮りますか?
僕は撮ります。
でも、なんのために撮るのか?と自問すれば全然その価値すら説明できません。
ゆえに、ルーヴルの絵画コーナーのカメラに×マークを見てからは写真を
とらなくなりました。
自分のこころの栄養が不足していたからだと気づいたから。
モナリザの前にはガラスが立てられています。
それでも、世界中からこの看板オババを一目見ようと階段を駆け足で昇った
ビジターは携帯やらカメラのフラッシュまで焚いて写真におさめようとして
います。
合衆国の美術館はほとんど撮影可なのは、美術館設立の趣旨が違うからなの
でしょうけど、ルーブルとてかつて市民に開放された趣旨は同じだったのでは?
と思うのですよ。
ミロのヴィーナスは大好きです。
http://4travel.jp/traveler/nikotora/pict/11796007/
女性のおしりを褒めると変態扱いされますが、あのヴィーナスだけは特別です。
そして、あのたたずまい。
会いに行く価値を否定できません。
では、また。
(できれば、(●・o・)ノ さん。ファーストネームの頭文字だけでも教えてください。文章書いていて、なにやら調子悪いので)
のうりか。

なるほど〜。
素晴らしい考えでございますな〜。
実際、初めてルーヴル美術館に行ったときは、来た証として写真を取りましたな〜。しかし、感激・感動はそのとき瞬間ですから、写真を撮って後で見ても感動は伝わりませんな〜。
見て、浸ることが、感動でございますな。
しかし、ミロのヴィーナスは、感動ですな。展示場所も素晴らしいし、照明がまた最高。
しかし、写真と現物は本当に違いますよね。
言葉は悪いですが、けっこう傷がありましたよね。その歴史がまた良いと思います。
ほとんど、駐在のような状態でベルサイユに居ましたので、10回以上は行きましたが、常にミロのヴィーナス見てましたな。
また見に行きたいと思います。
P.S.
いや〜、まぎらわしい名前ですみません。
私のことは、顔面とお呼び下さい!顔面と!
では、またお邪魔致します。

gunmenさん、こんばんわ!(←どうしても漢字では妙なので)
> ほとんど、駐在のような状態でベルサイユに居ましたので、
常駐でベルサイユにお住まいだったとは、うらやましいかぎりです。
> 言葉は悪いですが、けっこう傷がありましたよね。その歴史がまた良いと思います。
そうですね。上の娘が初めてルーヴルを訪れたとき、彫像の前で言った言葉
は、
「こわれてるんだ」
でした。4歳ながらの感想だったと思います。
ミロのヴィーナス。
やっぱり最高です。
そのうちebayで落札していまうかもしれません。
きっと、gunmenさんは在仏中、彼女に恋していたのでしょうね。
深い思慕を感じました。
のうりか。

のうりかさん、こんにちは。
ハイデルベルグ&ベニス&パリの3都市旅行にお邪魔しています〜。
Yクラスのチケットを持って・・のくだりから始まって、
車内は暴動寸前というところで・・引き込まれて、
「ハイジ」のCAさんに・・と、最後まで、
のうりかさんの軽快な文章に乗って、一気に読みきりました!
楽しかった〜〜。
Maiも、プライベートで、イタリアのどこかの町とパリに
旅行に行きたいと思っていますが、とっても参考になります。
のうりかさん本当に慣れてらっしゃいますね、
Maiもいつかそんな旅行がしたいですが、まだまだ修行が必要なようです。
またお邪魔させてください。
Mai

Maiさん、こんにちわ。
いま、地下に潜行しています。
理由は下の娘の大学受験が終わらないことがすべてなのですが。
それと、1月にシカゴとアラバマ、札幌のソウルと旅行したにも
かかわらず、突如書けない作家先生復活で、なぜか昨年11月の
御茶ノ水徘徊編を書き出したら、とんでもない内容になってしまい、
アップするにも、どうしたものかと思いあぐねています。
Maiさんに、ミモザの話をした記憶がありますが、件の娘の入学先が
決まったときにはヴーヴ・クリコをあけるつもりです。
イタリア、いいですね。
僕にいちばん合った旅先だと思い込んでいます。
訪れる機会はあまりに希少ですが。
では、またご訪問ください。お待ちしております。
nourika

ふと気がついたのですが
一月がのうりかさんの海外旅行の時期なんですねえ。
高い時に、すごいですねえ。
という前置きはさておき
タスカルーサにそろそろ到着しましたか?
シカゴに比べれば少しは暖かいですか?
内陸だからあまり変わらないかもしれませんね。
オヘアからの飛行機が順調に飛び立っていることをお祈りしております。
今日はそろそろおせちも飽きたので、
Paulのパンでも買いに行ってこようと思っています。
娘は五反田で、フリーマーケットに参加とか。
お天気でよかった。
少しは売れるといいね、せめて出展代位…
と言いながら出かけていきました。
自分の生徒に見つかっても、いいのかなあ…
さてのうりかさんは今夜何を召し上がったのでしょう?
元気に旅を続けてくださいね。
M

Mさん、おはようございます。
(そちらは、おやすみなさいの時間ですね)
昨日は、2時53分のユナイテッドが「期待にこたえたて!」
4時45分にシカゴをたちました。
タスカルーサには8時に到着。
Mさんに教えていただいた、フリーウェイの82番へスムーズに
降りることができました。
ありがとうございました。
もうひとつご提案をもらった、食事。
なんとホテル隣、数十歩がWINGSでした。
うれしかったあ!(ビール?)
夕べは、無事着きました。とMさんに送ろうとしのですが、
部屋だとワイヤレス感度が弱くて、アクセスコードをフロントで
聞いたら夜なのでコードのありかを知ってるスタッフがつかまら
なくて断念しました。
今は、朝食を食べながら書込みしています。
Mさんの書込みの答えになってませんが、
とりあえずで消息を。
のうりか。
現在、トラックバックはありません。