広島平和記念公園・原爆ドーム :ndasbeさんの旅行ブログ
広島平和記念公園・原爆ドーム、そして周辺には、戦争に関する数多くの慰霊碑やモニュメントなどがあります。
原爆は、熱線(爆発点は摂氏数百万度の温度)や爆風(爆心地から半径約2km以内の木造建物の倒壊)などの被害をもたらしました。また、被爆後障害で何年か経ってから亡くなる人もいるそうです(原爆の子の像の佐々木貞子さんもそのうちの一人です)。
「夕凪の街 桜の国」という漫画(2007年夏に映画化され、その小説も出版されているそう)で、被爆者である母親の子供が、交際相手の両親から交際を反対されるという内容があるのですが、被爆者だけでなく、その次の世代の子供にまで影響を与えているのだということを知り、悲しい気持ちになりました。
戦争で犠牲になった人の話を聞くと胸が痛みます。
平和であることに感謝し、戦争のない平和な日々を願いたいです。
原爆ドーム
1915年8月 元安川沿いに広島県物産陳列館(1933年広島県産業奨励館に改称)として建てられる。
広島県物産品の展示・販売などを行う。
1944年3月 産業奨励館としての業務廃止。
行政機関などの事務所(内務省中国四国土木出張所など)として使用。
原爆死没者慰霊碑
丹下健三氏設計
1952年8月6日建立
原子爆弾により壊滅した広島市を、平和都市として再建することを願って建てられたそうです。
中の石室には、亡くなった原爆被爆者の名前を記した原爆死没者名簿が納められています。
平和の灯
丹下健三氏設計
1964年8月1日建立・点火
点火時以来燃え続けており、反核悲願の象徴となっています。
平和の灯
台座は、手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現。
犠牲者を慰め、核兵器廃絶と世界恒久平和への願いをこめているそうです。
原爆の子の像
この像を建てるきっかけとなった佐々木貞子さんは、2歳の時に被爆、10年後の12歳の時に原爆による白血病で亡くなりました。
入院中に病気が治ることを願い千羽鶴を折っていたということで、周りにはたくさんの千羽鶴がありました。
多くの人々が世界平和を願っているのを感じました。
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