思い出の中国ハードツアー 〜2週間11都市周遊〜:nao6971さんの旅行ブログ
昨年の冬のこと、初めて中国に行ったときのことです。
上司にどきどき、初めて2週間という大型休暇をもらい、中国歴史ツアーに行ってきました。
欲張りすぎた、11都市周遊。
コースはこんな感じ。
1日目 東京−上海(ノースウエスト)
2日目 北京ブラブラ(盧溝橋と故宮、王府井)
3日目 万里の長城(水関長城)、明十三稜(昭稜)
夜、北京から夜行列車にて曲阜(山東省)へ
4日目 曲阜(孔林、孔廟、孔府)⇒淄博へ
5日目 臨淄・斉国遺跡巡り(殉馬坑、車馬坑など)
夜、淄博⇒鄭州へ
6日目 新鄭(鄭韓故城、鄭風苑、貴族墓博物館)
7日目 鄭州(商代城壁見学)、鄭州⇒安陽
安陽(殷墟博物苑)
夜、安陽⇒西安
8日目 西安観光(兵馬俑、始皇帝稜)
9日目 眉県(釣魚台、五丈原諸葛亮廟)
10日目 西安観光(秦阿房宮、漢長安城遺跡)
夜、西安⇒南京
11日目 南京見学(南京大虐殺博物館、夫子廟)
12日目 南京市内ブラブラ
南京⇒無錫(バス)
13日目 無錫、り園見学
無錫⇒上海、上海市内観光
14日目 お茶市場でお土産買い、上海市内見学(外灘)
15日目 上海⇒東京(ノースウエスト)
今考えてみれば、あまりにハードな15日間でした。
でも、南京のクラウンプラザホテルでは通常のツインを予約していたところ、実際にはスイートが割り当てられたときは超ラッキーでした^^
3日目 北京にある頂上のひとつ水関長城にて
傾斜が急な頂上として知られ、そのためか観光客も少ない長城らしいです。それでも結構いました。
すごいでしょ?この急傾斜!!
45度ははるかにしのぐと思います。
上りハードで、くだりは足がすくむ思いでした。
3日目 早朝の昇旗儀式。
毎早朝行われます。時間は時期によって違うので、事前に要チェック。
2度の国歌にあわせて、解放軍の兵士が旗を揚げるのですが、ちょうど2曲目が終わると同時に、旗も天辺に到達します。
5日目 淄博・臨淄斉都見学
臨淄の殉馬坑です。
斉の景公の陵墓の一部らしく、斉の国民からは嫌われた国王でした。馬好きで知られ、実に600頭の馬が並んでいるらしいです。
春秋の名宰相として知られる晏嬰は、景公を補佐して名を上げました。暴君たる景公が殺されずに生涯を全うできたのは、社稷に身を捧げる晏嬰いてこそのことでした。晏嬰は景公に困らされながらも、思いやりをもって接し、景公の過ちを質しながら国政を運営しました。典型的なわがまま国王です。
6日目 新鄭・鄭韓故城遺阯
新鄭は春秋時代の鄭、戦国時代の韓の首都として栄えた町です。中原のど真ん中、交通の要衝に位置する地のため、幾度となく大きな戦がこの地で行われました。
そのためでしょうか、城壁も高く最高地点で18メートルに達する城壁が、現在もきれいに残っています。
7日目 安陽・殷墟博物苑にて
写真は、殷の高宗武丁王の夫人、婦好の墓です。
きれいに残っています。
ちなみに高宗武丁王は、最古の漢字甲骨文字の開発を命じた国王とされ、低迷していた商王朝を復興させた国王として商代の名君の一人です。奥さんの婦好も、商の国民からとても愛された人物だそうです。
10日目 西安市内観光
写真は、漢建章宮前殿の基台跡です。
「何この土の塊」って言わないでくださいね。400年の繁栄を極めた統一王朝漢の繁栄の面影なんですから。ここを見つけたときは、まじ感動しました^^
11日目 南京市内観光
写真は南京大虐殺博物館。
南京大虐殺とは、南京市内で行われた虐殺のみをさすのではありません。上海から南京に日本軍が侵攻するに当たり、日本軍は軍民問わずに大殺戮を行いながら侵攻しました。中には東京日日新聞の記事があり、「千人切競争」を競った人物の写真もありました。
ゲーム感覚です。
過ちを繰り返さない決意と、犠牲者への弔意、そして日中関係の未来永劫の友情を築く努力と決意を強く考えさせられました。
上官の指示で殺戮に当たった日本兵も、戦後、たくさんの罪なき中国人を虐殺したことが頭にこびりつき、多くの善良なる兵隊たちが戦後大きな罪の呵責に今もなお悩まされています。
13日目 無錫 リ園にて
とてもきれいなレイ湖の公園でした。
一番興味を持ったのは、リ園内の春秋閣内に展示されていた項羽の剣というやつでした。
本物かはわかりませんが、感動しました。
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