京都散歩:初夏のもみじ狩り(前半):morino296さんの旅行ブログ
寛永年間(1624−44)に住持の湘雪守げんに帰依した熊本藩主細川忠利・光尚父子から、遺愛石と銘づけた須弥台と石船を贈られたもの。
枯山水の庭は、戦後、重森三玲の手で復元され、遺愛石を置いた九山八海の庭。
天得院
正平年間(1346〜70)東福寺第30世、無夢一清禅師が開創。
慶長19年(1614)に文英清韓長老が住持となった。清韓は、豊臣秀頼の請に応じ方広寺の鐘名を撰文したが、銘文中の「国家安康、君臣豊楽」の文字が徳川家を呪詛するものとして家康の怒りを招き、寺は取りこわされたといわれる。
現在の堂宇は天明9年(1789)に再建されたもの。
「桔梗の寺」として有名です。
東福寺 三門
三門は空門・無相門・無作門の三解脱門の略。南都六宗寺院の中門にあたります。
東福寺は新大仏と呼ばれるような巨大な本尊を安置するなど南都二大寺に影響を受け、この三門は大仏様(天竺様)、禅宗様(唐様)、和様をたくみに組み合わせた建造方式となっています。
五間三戸、重層入母屋造、両脇に階上へのぼる山廊を設けた、日本最大最古の遺構です。
応永年間(1394-1428)、足利義持の再建で、昭和52年に大修理が完成しました。
東福寺 六波羅門から
南正面に立つ惣門。
もと北条氏の六波羅政庁にあったものを移したと伝えられており、この名があります。
光明院の玄関
門前の注意書きのせいか(?)訪ねる人も少なく、ゆっくり楽しめます。
時々、観光タクシーの運転手さんが得意げに説明をされていました。
光明院
玄関を入ると桔梗がお迎えです。
受付はなく、拝観料(300円)は、竹筒の中に入れます。
光明院 方丈前の庭園「波心の庭」
明徳2年(1391)に金山禅師が東福寺境内に創建したお寺で、明治以降に廃仏毀釈で荒廃しますが、その後徐々に復興し、当時、東福寺の方丈庭園を手がけていた重森三玲の作。
この庭は、昭和十四年から24年の年月を経て昭和三十八年に完成したそうです。
「虹の苔寺」と呼ばれるだけあって、苔が豊かで美しいです。
雨後の苔は、ひときわ美しさが増すそうです。
泉涌寺へ向かう道
地図にも乗っていないような細い山道を下ります。
京都一周トレイルの標識があったので助かりました。
14時頃、暑さも最高潮です。
後半へ続きます。

morino296さん、こんにちは。
久しぶりに、穏かな石の庭、枯山水を見せていただきました。
コメントまだのときですが、
写真から、訴えるモノを感じ取らせていただきました。
今日は、雨は降っていませんが、
梅雨時独特の湿った風が窓から入ってきます。
あんみつの住むところは、
車道から奥になっているので比較的、静かなのです。
今日は、なんかさらに静か…
この庭の写真を見せていただくのに、
とてもいいときでした。
あんみつ

あんみつ姫さん
こんばんは!
いつも有難うございます。
写真をUPしただけで、コメントを書けおらず済みません。
京都は、観光客が減っているようです。
梅雨のまっただ中、雨を覚悟に出掛けたのですが、
真夏の太陽が照りつける散歩となりました。
お陰さまで、東福寺の界隈も、ゆっくり楽しませてもらえました。
今週は、梅雨空が続きそうですが、体調に気をつけて下さい。
morino296
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