山北町 世附の百万遍念仏と獅子舞:morino296さんの旅行ブログ
神奈川県山北町に約600年前から伝承されている世附の百万遍念仏を見に行きました。
この念仏は、神奈川県の無形民俗文化財に指定されており、長さ約9mの数珠を巨大な滑車に取りつけ、回転させるもので、全国的にも珍しい行法です。
また、念仏の後には、獅子舞・遊び神楽を楽しめました。
昔から毎年2月15日〜17日に三保世附の能安寺道場で行われていましたが、三保ダム建設に伴い、現在の地
(東山北駅徒歩5分)に移転された能安寺で毎年2月中句の土・日曜日に行われています。
この百万遍念仏は、先祖の霊を慰め、地域の安全と悪疫退散を祈願するものですが、雨乞いにも行われたとも言われています。
道場の天井には、山から刈り取つてきたスゲ草で縄をつくり赤・白・青・黄・黒の5色の小さい幣をつり下げ、シメ飾りを天井いっぱいに張ります。
このシメ縄を家に持ち帰り、戸口に掛けると疫病除けになると言われています。
さらに、高いところに「不動明王」、四隅に「白締白竜王」「黒締黒竜王」「青締青竜王」「赤締赤竜王」と書いた紙を下げ、これを梵天と呼び、修験道、陰陽道の儀軌によるものだそうです。
大数珠の数は現在302個で、古くはもっと多かったと言われ、丹沢の水桃木で作られています。滑車は梯子のような枠にかけ、その側に大火鼓、締太鼓を並べます。また小机を据えて算木を置き、数取りとする古老が数珠の回転数を数えます。それを取り囲むように念仏衆が念仏を唱えます。
午後1時、念仏が始まり、修験者に扮装した司祭者が道場の正面に座り、数珠車に向かい神寄せを行います。
約40分、数珠回しが続けられ、10分ほどの休憩をはさみ、1時間にわたり念仏が行われます。
休憩時間には、観客も飛び入りで数珠回しに挑戦しますが、投げ飛ばすように回すのは、なかなか難しいようです。
念仏が終ると獅子舞が始まります。
これは19世紀初めごろに甲州又は伊豆方面から伝わったものと考えられており、百万遍念仏に付属したものではなく、いつからか同時に行われるようになったものだそうです。
(1)「剣の舞」
獅子1人が剣と鈴をもって、道場を浄めるために舞うと言われます。剣は本身だそうです。
(3)「おかめの舞」
「おかめ」に扮して舞います。
意味は天の岩戸開きのときの舞で世の中を和らかにする舞(二上がりの舞と同じ)です。
イケ面の青年が登場し、おかめさんとの掛け合いが、観客の笑いをかいます。
(4)「二上がりの舞」
「ヒヨットコメン」をつけて舞います。
天の岩戸開きのときの舞で世の中を和らかにする舞と言われます。
突然、観客の中に分け入り、女性をからかいます。
場内の解説では、「ちょっとHなひょっとこですから、女性の方は貞操に気をつけてください」とのこと(?)
(7)「鳥さしの舞」
曽我兄弟が鳥さしに身を変じ、親の敵を打つまでの苦心を物語る舞と言われます。この演者は本当の親子だそうです。
1時間半におよぶ獅子舞、遊び神楽は、観客と一体になってとても楽しめます。
JR御殿場線 東山北駅は、無人駅です。
平日は、山北高校の学生さんや通勤客の利用が多いそうですが、この日はほとんど念仏の観客だけでした。
15:45
この念仏と獅子舞は、2日目の日曜日にも、午前と午後の2度行われます。
約600年前の南北朝時代に始まり、今なお山里に伝承される念仏を楽しむことができました。
三保ダム建設前の世附は、西丹沢にある戸数125戸の集落で、河内川と世附川の接点にあり、昭和49年のダム建設で水没しました。このため、念仏は一時中断、3年後の昭和52年に、現在の山北町向原の能安寺道場で復活しました。今年の念仏には、三保の子ども会の子供たち10数名が参加、道場の飾りつけなどを手伝っていました。
少子化によって伝統を受け継ぐ子供たちも少なくなっていますが、これからも引き継がれていくことを願っています。また、新たな発見ができ、有難うございました。トン汁もご馳走様でした。
(参考資料:山北町観光情報HP、世附の百万遍念仏パンフレット)
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