2004冬 初めてのロシア 【その2】後篇:MILE JUNKIEさんの旅行ブログ
何かと旅行のしにくい国だということは知っていました。ビザの取得に始まり、滞在中の手続きや色々な問題、リスク…。
興味はありつつも、それまで行ったことのなかったロシア。
ただ、この旅行を”突破口”に、私のロシアとの距離は明らかに縮まりました。その後、何度かロシアへ足を運ぶことになるとは、その時は思っていませんでしたが。
初めてのロシアは、わずか20時間という非常に短い滞在時間ではありましたが、私にとっては大きな一歩であり、その後の「きっかけ」ともなった、意味のある旅行でした。
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はじまり・・・
ある時、ロシアビザの申請条件を見ていました。よく見ると、トランジット・ビザならば、航空券があれば取れるようなので、まずはトランジット・ビザの取得を検討することにしました。
とは言っても、日本からロシア経由でどこかへとなると、欧州などへの遠い旅行となるので、期間も長くなり、航空券も高くなります。ロシアビザを取るために、そんなことをすれば主客転倒です。そこでいろいろ考えた末に、ソウル発→ウラジオストク経由→日本行きという航空券を用意することにしました。
航空券は、韓国に行った時に発券・購入をしました。そして、後日大阪領事館で申請をしました。すると、何と2週間後に無事取得することができたのです。
【ルート】
◇その1(前篇)
大阪〜〜〜〜(船中泊)
〜〜〜〜釜山++++++++大邱(泊)(泊)
東大邱===(車中泊)
=======仁川→→(KE)→→ウラジオストク(泊)
◆その2(後篇)
ウラジオストク→→(XF)→→富山→→(JL)→→羽田(泊)
羽田→→(NH)→→米子
ウラジオストク空港
翌2/25です。
「トランジット」は24時間以内の乗り継ぎなので、
もう、ウラジオストクを発たねばなりません。
これは、空港の出発案内。
上から順に、富山・牡丹江・ソウルとありました。
日本・満州・朝鮮各方面へ、ということで、かつて日本人街が形成された都市というのも、うなずけます。
9:30発のウラジオストク航空、
富山行きに搭乗します。
ウラジオストク空港
まずはチェックインです。
搭乗するのは、XF839便、富山行きです。お客は少ないようで(機材が小さいですからね)、カウンターの混雑はありません。
チェックイン時に座席をリクエストすると、大きな大きなおばちゃんがカウンターの中のモニターをのぞくように言って、選ばせてくれました。言ったことは伝わったようですが、説明できなかったようです。意外な対応にちょっと驚き。
でも、折角シートリクエストしたのに、
機内は・・・”自由席”でした。
ウラジオストク空港
ターミナルから見た空港の様子です。
Ту-154(ツポレフ154)が見えます。
ちなみに、私がこれから乗る富山便は、Як-40(ヤーク40)なので、これではありません。
ウラジオストク→→→→富山
XF839便。
確か、飛行機まではバスでの移動だったと思います。写真を撮れる雰囲気?では無かったので、自粛しています。写真はありません。
9:30発。
無事日本行きの飛行機に搭乗し、やがて離陸。旋回しながら上昇し、しばらくして、海岸が見えました。日本海です。
短い20時間滞在のロシアを後にします。
ウラジオストク→→→→富山
XF839便。
機内の様子です。
機材はЯк-40(ヤーク40)。
雰囲気的には、まさに”バス”といった感じでしょうか。
本来、国際線の運用に入るような機材ではないでしょうね。
ウラジオストク→→→→富山
国際線ですから、機内食が出ます。
まずは、ドリンクです。
ビールは、ロシアンビールでしたが、
何と!?
瓶じゃないですか!
少々の重量は、気にならない!?
ウラジオストク→→→→富山
そして、機内食が配られました。
量は少ないですが、
味はそんな悪くないです。
ライ麦パンがあるのと、
ゆで卵(白身)にイクラというのが、
ちょっとロシアっぽいところでしょうか。
ウラジオストク→→→→富山
XF839便。
所要時間は2時間40分。
時差は1時間(※)。まだ11時です。
日本の陸地が見えると、うれしいですね。
間もなく着陸です。
※ロシアは、2011年より従来のサマータイムを標準時としたので、現在は冬も2時間の時差があります。
富山空港
XF839便。
富山空港です。
11:10着。
後部の搭乗口(お尻の穴みたいなところ)から降りて来ました。
よど号のB727と同じ形状です。
入国時、数えてみたのですが、お客は全部で11名でした。ということは、乗員・乗客13名のフライトだったことになります。お客の内訳は、ロシア人9名、在日朝鮮人1名、日本人1名です。
私の乗った日本発着の国際線で、日本人が自分1人だけというのは、このフライト以外、未だありません。
富山城址
富山城は、北陸の要衝に設けられた古いお城です。蛇行した神通川の流れを防御に用いており、別名「浮城」とも呼ばれています。
天守閣のような建物は、戦後、博覧会の際に建てられた建物で、富山市郷土博物館。
岩瀬浜
その後はというと、まだ時間があるので、
富山港線で岩瀬浜へ・・・。
何があるという訳でもないのですが、散策です。
中古車を満載したロシア船が停泊していました。
あの車がウラジオストクの街を走り回るのですね。
「ますのすし」
空港でチェックイン。
国際航空券だけに、一瞬「?」という顔をされましたが、無事搭乗手続きは完了です。
セキュリティチェックを受けて、搭乗口へ。
売店を覗いていましたら、
目に入ったのがこれ。
富山と言えば、やはり「ますのすし」。
この日は友人宅に泊めてもらうので、
手土産にますのすしを購入しました。
この日の夜食に、食べました。
富山→→→→x羽田→→→→米子
JL658便(2/25)。
NH817便(2/26)。
この日(2/25)は、JL658便で羽田へ向かって、
埼玉の友人宅に1泊させて貰いました。
その翌日(2/26)には、
さらに乗り継いで、米子へと向かいました。
行程が忙しいですが、
航空券が乗り継ぎの行程なので止むを得ません。
中浜++++++++++米子
米子空港から米子市街へは、
畑の中の空港最寄り駅から、
境線に乗車しました。
乗車券は、富山駅で乗変したもの。
運賃、230円。
米子ユニバーサルホテル
米子では、あるビジネスホテルに泊まりました。
「リード薬品」という岡山の会社が、中国地方で展開しているローカルなビジネスホテルチェーンです。しかし、値段がびっくりで、朝食付きで2,980円というのは破格です!
部屋は、変な仕切りの部屋で、狭かったですが、この値段なら許容範囲というものでした。2,980円なら、米子から家まで帰る交通費より安いです。
・・・という訳で、家には帰らず、
そのまま、次の旅行記へ。
【冬の塩狩峠を訪ねる旅。】 につづく。
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