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<br />これは、僕の2回目の世界一周旅行の一部「東欧縦断旅行」がイスタンブールで一応終わった、そのあとの話です。<br />東欧縦断旅行の次に僕が考えたのは、「ヨーロッパの小国潰し旅行」だ。<br /><br />つまり、ヨーロッパでまだ旅をし残していた、小さな国を旅して回ろうという計画。<br />それには、まずとにかく、イタリア内の小国「サンマリノ」へは絶対行かなければならない。<br /><br />それから旧ユーゴスラビア諸国は、旅行国数を増やすには、絶好の状況だったが、危ないところもある。<br />2009年は旧ユーゴは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、コソボの7つに分かれている。<br /><br />あとは、フランスとスペインの国境にあるアンドラ、スイスとオーストラリアにはさまれたリヒテンシュタイン、くらいかな。<br />他のヨーロッパの小国、バチカン市国、モナコ、ルクセンブルグは、とっくの昔に旅をしていた。<br /><br />またバルト三国の、エストニア、ラトビア、リトアニアは、東欧縦断旅行の最初に旅を済ませている。<br />1996年10月28日に、テッサロニキから鉄道で、マケドニアの首都スコピエへ日帰り旅行をした。<br /><br />マケドニアから、もう馴染みになっている「ホテルアクロポール(HOTEL ACROPOL)」に戻って一息つく。<br />もちろんスコピエから戻ってきた時、テッサロニキ鉄道駅で、アテネへの列車の時刻をチェックしていた。<br /><br />テッサロニキからアテネへは、一日に9本の列車がある。<br />時刻は、「7:00,8:02,11:01,11:35,13:26,15:07,17:04,22:25,23:35」となっている(1996)。<br /><br />朝7時は早すぎるし、8時もどうかな。<br />一番いいのは、11時01分の列車だ。<br /><br />テッサロニキからアテネまで、おそらく6時間程度で着くだろう。<br />だとすれば、午前11時に出れば、アテネ到着が午後5時。<br /><br />午後5時程度ならば、問題なく宿は捜せると考えた。<br />ま、これが失敗だったわけだ。<br /><br />ここで繰り返しておくが、旅の基本は「朝早くから動くこと」だからね。<br />そうして、11月29日になる。<br /><br />僕はアテネには1988年に、行ったことがある。<br />この話が1996年だが、全くの初めてと8年前でも、その土地を自分で歩いているのとは大きく違う。<br /><br />行けば、少々状況が変わっていても、大丈夫だ。<br />町の構造は変わっているはずがないし、得に僕は、前回も、アテネ市内を歩き倒していたからね。<br /><br />出発の朝は、ゆっくり起きて、熱いシャワーをたっぷり浴びて、わざわざ時間をつぶした。<br />バックパックを背負って、テッサロニキ駅へ歩く。<br /><br />ゆっくりしたいので、午前9時には、テッサロニキ駅へ到着した。<br />ところが、駅で聞くと、当日午前11時01分のICが満席だと。<br /><br />その次の、13時26分も席がない。<br />これでは、鉄道は使えないね(汗)。<br /><br />駅で調べると、午前11時のICは直行列車で、アテネに午後4時ごろに着くとか。<br />とても便利な列車なので、誰でも使いたいと思うだろうね…。<br /><br />つまり、列車には乗れない。<br />だったら、単純明快、バスに乗ればいいだけだよ。<br /><br />駅正面向かいに、バス会社を見つけて、そこで聞いてみる。<br />すると、9時半発のバスがあるという。<br /><br />アテネまで6時間。<br />料金は7700ドラクマ、約3800円。<br /><br />切符を買うと、もう席はほとんど埋まっていたらしく、44番という大きな数字。<br />これは、一番最後のリクライニングしない、左端のシートだ。<br /><br />9時半に出て6時間という意味は、到着が午後3時半。<br />遅くとも、午後4時には着く予定。<br />それならば、プラカ地区へ行けば、ホテルは見つかるだろう。<br />アテネのシーズンは夏だけで、11月に宿が見つからないことは絶対にない。<br /><br />今日のホテル代や食費が心配なので、念のために駅へ行って、ATMから3万ドラクマ(1万5千円)をビザカードでキャッシングした。<br />9時半のバスの出発は当然のように遅れて、9時45分に動き出す。<br /><br />お昼の12時50分に、マケドニア(MAKEDONHA)というサービスエリアのレストランで、昼食の休息。<br />サンドイッチが500ドラクマ(250円)と、ビールを飲んで、昼食にする。<br /><br />このサービスエリアを13時15分に出発。<br />そのまま順調に走り、15時30分ごろにアテネに入った。<br />ところがアテネ市内で交通渋滞に巻き込まれて、バスはほとんど動かない。<br />バスの窓から見ていると、日本の自動車販売店らしい大きな看板が見える。<br /><br />その看板には、ギリシア人が考える日本人像がはっきりと描いてあったよ(笑)。<br />面白いので、バスの窓から写真を撮りました。<br /><br />写真が全くボケてない理由は、バスが全く動いてないからです。<br />アテネに入ってから、バスはのろのろと進み、1時間以上渋滞に巻き込まれていた。<br /><br />バスはのろのろと進んでいたが、突然、バスがぐるりと横道へ入った。<br />とおもったら、それがバスターミナルでした。<br /><br />バスターミナルへの到着が、16時50分。<br />結局、テッサロニキからアテネまで、渋滞のせいで7時間かかりました。<br /><br />さて、到着したバスターミナルはなかなか大きいが、案内所も案内板もなく、わけがわからない。<br />僕はただ、バスを降りた人が歩いていくのに着いていく。<br /><br />すると、「051 ATHINA, OMONIA」とポールが立っているのを発見。<br />ただこれは、ギリシア文字で書いてあって、大体の推測でわかります。<br /><br />切符は75ドラクマ(40円)。<br />切符を買うとすぐにバスが来て、乗り込む。<br /><br />16時59分にバスは出発して、15分ほどで、終点に到着。<br />多分それが、オモニア広場だが、方向がわからなかった。<br /><br />警察官に、「Lonely Planet」の地図を見せて、シンタグマ広場への方向を聞く。<br />アテネは、オモニア広場とシンタグマ広場がわかれば、あとは簡単。<br /><br />僕は1988年に、アテネ中をホテルの異動やなんかで歩き倒しているからね。<br />自分の位置がわかったので、STADIOU通りをずんずん歩いて、シンタグマ広場へ到着。<br /><br />ここまでくれば、8年前の土地勘が働く。<br />NIKIS通りに入って、目をつけていた「HOTEL KOUROS」へ行った。<br /><br />このホテルは、イスタンブールの安宿に置いてあった「地球の歩き方・ギリシア」に載っていた。<br />11月で、もうギリシアの観光シーズンは終わっている。<br /><br />ホテルが3500ドラクマというのを、シングル一部屋3千ドラクマに値切る。<br />だいたい、ホテルには客がほとんどいなくて、ガラガラなんだから。<br /><br />部屋を見せてもらうが、最初の部屋は洗面台がなかったので、別の部屋を見せてもらう。<br />このホテルがいやならば、別のところへ行けば、いくらでも部屋は見つかるに決まっている。<br /><br />ただ、「地球の歩き方」に載っているホテルだから、日本人がいるかもしれない。<br />そう思っていたら、確かに、Hくんという日本人がいた。<br /><br />夜は2人で、市場のほうへ行って、一緒に食事をしてビールを飲みました。<br />一つの旅が終わったら、その話を、出来るだけ大げさにして、誰か語りたいものだからね(笑)。<br /><br />http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/europe/bus_to_athens.htm

『テッサロニキからアテネへのバスに乗ると、6時間の予定が7時間かかって到着(1996)』@ギリシア

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1996/11/29 - 1996/11/29

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん


これは、僕の2回目の世界一周旅行の一部「東欧縦断旅行」がイスタンブールで一応終わった、そのあとの話です。
東欧縦断旅行の次に僕が考えたのは、「ヨーロッパの小国潰し旅行」だ。

つまり、ヨーロッパでまだ旅をし残していた、小さな国を旅して回ろうという計画。
それには、まずとにかく、イタリア内の小国「サンマリノ」へは絶対行かなければならない。

それから旧ユーゴスラビア諸国は、旅行国数を増やすには、絶好の状況だったが、危ないところもある。
2009年は旧ユーゴは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、コソボの7つに分かれている。

あとは、フランスとスペインの国境にあるアンドラ、スイスとオーストラリアにはさまれたリヒテンシュタイン、くらいかな。
他のヨーロッパの小国、バチカン市国、モナコ、ルクセンブルグは、とっくの昔に旅をしていた。

またバルト三国の、エストニア、ラトビア、リトアニアは、東欧縦断旅行の最初に旅を済ませている。
1996年10月28日に、テッサロニキから鉄道で、マケドニアの首都スコピエへ日帰り旅行をした。

マケドニアから、もう馴染みになっている「ホテルアクロポール(HOTEL ACROPOL)」に戻って一息つく。
もちろんスコピエから戻ってきた時、テッサロニキ鉄道駅で、アテネへの列車の時刻をチェックしていた。

テッサロニキからアテネへは、一日に9本の列車がある。
時刻は、「7:00,8:02,11:01,11:35,13:26,15:07,17:04,22:25,23:35」となっている(1996)。

朝7時は早すぎるし、8時もどうかな。
一番いいのは、11時01分の列車だ。

テッサロニキからアテネまで、おそらく6時間程度で着くだろう。
だとすれば、午前11時に出れば、アテネ到着が午後5時。

午後5時程度ならば、問題なく宿は捜せると考えた。
ま、これが失敗だったわけだ。

ここで繰り返しておくが、旅の基本は「朝早くから動くこと」だからね。
そうして、11月29日になる。

僕はアテネには1988年に、行ったことがある。
この話が1996年だが、全くの初めてと8年前でも、その土地を自分で歩いているのとは大きく違う。

行けば、少々状況が変わっていても、大丈夫だ。
町の構造は変わっているはずがないし、得に僕は、前回も、アテネ市内を歩き倒していたからね。

出発の朝は、ゆっくり起きて、熱いシャワーをたっぷり浴びて、わざわざ時間をつぶした。
バックパックを背負って、テッサロニキ駅へ歩く。

ゆっくりしたいので、午前9時には、テッサロニキ駅へ到着した。
ところが、駅で聞くと、当日午前11時01分のICが満席だと。

その次の、13時26分も席がない。
これでは、鉄道は使えないね(汗)。

駅で調べると、午前11時のICは直行列車で、アテネに午後4時ごろに着くとか。
とても便利な列車なので、誰でも使いたいと思うだろうね…。

つまり、列車には乗れない。
だったら、単純明快、バスに乗ればいいだけだよ。

駅正面向かいに、バス会社を見つけて、そこで聞いてみる。
すると、9時半発のバスがあるという。

アテネまで6時間。
料金は7700ドラクマ、約3800円。

切符を買うと、もう席はほとんど埋まっていたらしく、44番という大きな数字。
これは、一番最後のリクライニングしない、左端のシートだ。

9時半に出て6時間という意味は、到着が午後3時半。
遅くとも、午後4時には着く予定。
それならば、プラカ地区へ行けば、ホテルは見つかるだろう。
アテネのシーズンは夏だけで、11月に宿が見つからないことは絶対にない。

今日のホテル代や食費が心配なので、念のために駅へ行って、ATMから3万ドラクマ(1万5千円)をビザカードでキャッシングした。
9時半のバスの出発は当然のように遅れて、9時45分に動き出す。

お昼の12時50分に、マケドニア(MAKEDONHA)というサービスエリアのレストランで、昼食の休息。
サンドイッチが500ドラクマ(250円)と、ビールを飲んで、昼食にする。

このサービスエリアを13時15分に出発。
そのまま順調に走り、15時30分ごろにアテネに入った。
ところがアテネ市内で交通渋滞に巻き込まれて、バスはほとんど動かない。
バスの窓から見ていると、日本の自動車販売店らしい大きな看板が見える。

その看板には、ギリシア人が考える日本人像がはっきりと描いてあったよ(笑)。
面白いので、バスの窓から写真を撮りました。

写真が全くボケてない理由は、バスが全く動いてないからです。
アテネに入ってから、バスはのろのろと進み、1時間以上渋滞に巻き込まれていた。

バスはのろのろと進んでいたが、突然、バスがぐるりと横道へ入った。
とおもったら、それがバスターミナルでした。

バスターミナルへの到着が、16時50分。
結局、テッサロニキからアテネまで、渋滞のせいで7時間かかりました。

さて、到着したバスターミナルはなかなか大きいが、案内所も案内板もなく、わけがわからない。
僕はただ、バスを降りた人が歩いていくのに着いていく。

すると、「051 ATHINA, OMONIA」とポールが立っているのを発見。
ただこれは、ギリシア文字で書いてあって、大体の推測でわかります。

切符は75ドラクマ(40円)。
切符を買うとすぐにバスが来て、乗り込む。

16時59分にバスは出発して、15分ほどで、終点に到着。
多分それが、オモニア広場だが、方向がわからなかった。

警察官に、「Lonely Planet」の地図を見せて、シンタグマ広場への方向を聞く。
アテネは、オモニア広場とシンタグマ広場がわかれば、あとは簡単。

僕は1988年に、アテネ中をホテルの異動やなんかで歩き倒しているからね。
自分の位置がわかったので、STADIOU通りをずんずん歩いて、シンタグマ広場へ到着。

ここまでくれば、8年前の土地勘が働く。
NIKIS通りに入って、目をつけていた「HOTEL KOUROS」へ行った。

このホテルは、イスタンブールの安宿に置いてあった「地球の歩き方・ギリシア」に載っていた。
11月で、もうギリシアの観光シーズンは終わっている。

ホテルが3500ドラクマというのを、シングル一部屋3千ドラクマに値切る。
だいたい、ホテルには客がほとんどいなくて、ガラガラなんだから。

部屋を見せてもらうが、最初の部屋は洗面台がなかったので、別の部屋を見せてもらう。
このホテルがいやならば、別のところへ行けば、いくらでも部屋は見つかるに決まっている。

ただ、「地球の歩き方」に載っているホテルだから、日本人がいるかもしれない。
そう思っていたら、確かに、Hくんという日本人がいた。

夜は2人で、市場のほうへ行って、一緒に食事をしてビールを飲みました。
一つの旅が終わったら、その話を、出来るだけ大げさにして、誰か語りたいものだからね(笑)。

http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/europe/bus_to_athens.htm

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  • テッサロニキ駅です。

    テッサロニキ駅です。

  • テッサロニキ駅の、自動両替機。

    テッサロニキ駅の、自動両替機。

  • 途中でミールストップ。

    途中でミールストップ。

  • アテネのバスターミナルに到着。

    アテネのバスターミナルに到着。

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