佐倉市散策(10)・・佐倉藩十一万石の城下町を訪ねて:YAMAJIさんの旅行ブログ
佐倉市佐倉地区は、佐倉藩十一万石の城下町です。本佐倉城に移封されていた老中・土井利勝が徳川家康の命により、1611年から7年間をかけて築城半ばで廃城となっていた戦国期の鹿島城跡に佐倉城を築城し、その周辺に城下町が形成されました。以来、この城は西の小田原や北の川越などと共に江戸防護の要衝として、徳川譜代の有力大名たちが封ぜられ、幕府の老中職に就いた大名が徳川各藩中最多を数えたことから、俗に「老中の城」とも呼ばれ、それとともに城下町も栄えました。
築城から明治廃藩まで258年間に9家20大名が封ぜられ、そのうち通算141年を堀田氏が治め、幕末の筆頭家老としてハリスと日米修好通商条約交渉に身命を賭け、開国へと導いた19代・堀田正睦(ほったまさよし)等を輩出しました。城下町が形成されてから約400年が経った現在でも基本的な町割は変わっておらず、町のあちこちに往時をしのばせる古い建物や史跡が沢山残っています。
今回は、佐倉市観光協会発行の「ぶらり佐倉へ」を参考に、佐倉史跡めぐりスタンプラリーの散策ルートに従い、佐倉市役所、海隣寺、佐倉城址公園、大聖院、武家屋敷、麻賀多神社、佐倉市立美術館、新町おはやし館、歴史生活資料館、宗円寺、甚大寺、嶺南寺、妙隆寺、教安寺、松林寺、旧堀田邸、佐倉順天堂記念館、佐倉高校を巡りました。
第1版 2007/10/13
第2版 2010/04/16
第3版 2011/10/09
第4版 2012/01/05
ヤマニ味噌本店。明治20年創業の老舗の味噌醸造業者で、昔ながらの製法を守り続けています。
海隣寺本堂。1662年創建の時宗のお寺で、本尊は阿弥陀如来です。千葉氏累代の供養塔があり、佐倉市指定文化財です。
海鱗寺の墓地にある千葉氏累代の供養塔。忠霊塔の右横を入ると海鱗寺の墓地があります。佐倉市役所の建屋と駐車場は、元は海鱗寺の境内だったところです。
佐倉城址公園見取図。今でも空堀、土塁など城の面影を残し、春には希少品種を含む約740本の桜、秋には紅葉が楽しめます。「日本100名城」に県内唯一選定されています。
国立歴史民俗博物館。原始・古代から現代に至るまで、日本の歴史と日本人の民俗世界を、実物資料と精密な複製品や復元模型などを取り入れ、だれもが容易に理解できるよう展示されています。
佐倉城址公園の夫婦モッコク。佐倉城の築城の際に本丸等に植えられた庭樹の一つと考えられています。この、モッコクは、二株であるが根元が融合しており、樹高11M以上ありモッコクとしては巨木です。千葉県指定天然記念物です。
佐倉城址公園の堀田正睦(ほったまさよし)公の銅像。1825年佐倉藩主になり、文武の奨励、藩民の生活の向上、藩校の拡充、諸侯に先駆けた蘭学の導入など、藩政の改革に努力されました。また1841年老中首座となり、「攘夷」が叫ばれるなか、欧米列強に対抗する為には、貿易により国を富ませる必要があると「開国」を唱え、「日米修好通商条約」の締結に全力を傾けたことで知られています。平成18年10月21日に建立されました。
佐倉城址公園のタウンゼントハリスの銅像。1855年初代駐日総領事として着任し、堀田正睦公とともに「日米修好通商条約」の平和的締結に尽力した人物で、条約締結150年を記念して、平成20年6月14日に正睦公の銅像と並び建立されました。
佐倉城址公園のくらしの植物苑。治す、染める、織る・漉く、道具をつくる、塗る・燃やす、食べる、の6コーナーに分け植栽展示されています。
大聖院本堂。鎌倉時代初期創建の真言宗のお寺で、本尊は大日如来です。佐倉藩刀工細川忠義の墓があり、本尊は佐倉市指定文化財です。
佐倉七福神・・大黒天(蓄財増進、五穀豊穣)、布袋尊(笑福円満、幸福招来)が祀られています。
武家屋敷、旧河原家の門塀。江戸時代の武家屋敷のうち、現在は旧河原家、旧但馬家、旧武居家の3棟の屋敷が公開されており、華美を戒めた質素倹約な造りの中に、それぞれの石高に応じた違いが見られます。庭の様相や屋敷の裏に作られた畑からも、当時の武士の生活が隙間見られます。
麻賀多神社拝殿。約1000年以上の歴史がある佐倉の総鎮守で、稚産霊命(わかむすびのみこと)を祭っています。本殿脇には樹齢800年の大銀杏を見ることができます。
佐倉七福神・・恵比寿天(商売繁盛、豊漁繁栄)、福禄寿(子孫繁栄、家運隆盛)が祀られています。
小川園本店。明治45年創業のお茶の製造・販売の老舗です。明治4年廃藩置県で刀を捨てた佐倉藩士達が、生活のため「同協社」を設立し、荒野を開墾しお茶の栽培・製造を始めました。最盛期には、茶園180ヘクタール、総製茶量1200トンにのぼり、海外にまで輸出されました。「同協社」は大正9年に解散しましたが、小川園により佐倉茶の伝統が守り続けられています。
佐倉新町おはやし館に常設展示されている、肴町の山車人形「竹生島龍神」。新町六町と弥勒町の豪商達が明治12〜13年に江戸日本橋近辺から7体の人形山車を買い、現在に伝えています。山車人形は、江戸時代から明治初期に作られた物です。
歴史生活資料館。佐倉の歴史資料や生活道具などが展示されています。
七福神めぐりの御朱印紙や開運グッズ、お土産の販売もしています。
佐倉城の天守閣の模型。家康が土井利勝を封じる際に、「関東の要とせよ」と命じて築城しただけあって、その地形(三方を川と湿地に囲まれた鹿島山の西端部に位置)を利用し空堀と土塁による強固な城であったことがうかがえる。しかし、天守閣は三階櫓であり、装飾もほとんどなく、質素なものでした。
嶺南寺本堂。1642年創建の曹洞宗のお寺で、本尊は釈迦牟尼佛です。作家吉川英治のお母さんの生家(山川家)のお墓があります。
佐倉七福神・・弁財天(金運上昇、芸道上達)が祀られています。
教安寺本堂。1625年創建の浄土宗のお寺で、本尊は阿弥陀如来です。「簾製阿弥陀如来図」は、佐倉市指定文化財です。
松林寺本堂。1627年佐倉藩主土井利勝が創建した浄土宗のお寺で、本尊は聖観音です。土井利勝ゆかりの供養塔があり、本堂は千葉県指定文化財です。
佐倉七福神・・毘沙門天(出世開運、勝運上昇、取引発展)が祀られています。
三谷家住宅。主屋と袖蔵は明治17年に、座敷屋は昭和10年に建てられています。佐倉の伝統的な商家として貴重な建物です。
佐倉順天堂記念館正門。「順天堂」は、1843年蘭医・佐藤泰然が、医学塾兼外科の診療所として創建したものです。順天堂からは多くの優秀な人材が育ち、彼らはその後日本の近代医学の発展に大きな役割を果たしています。
佐倉順天堂全景の復元模型。記念館には、往時を偲ぶ医療機器や書籍などの関係資料が展示されています。
千葉県立佐倉高校正門。1792年佐倉藩の藩校「佐倉学問所」として創設された、千葉県下で最も伝統ある高等学校です。洋画家・浅井忠や元巨人軍監督・長嶋茂雄、俳優・藤木直人など、多くの著名な卒業生を世に送り出しています。
佐倉高校記念館。1910年佐倉藩最後の藩主、堀田正倫伯爵の寄贈によるもので、千葉県下高等学校唯一の明治時代の建築校舎です。内部は一部改造されていますが、外観は建築当時の姿を残しており、国の登録有形文化財です。
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09年01月20日(火)、佐倉のだんごシリーズ○39:「だんごのさくらや」レポ。
by てり〜(terikara テリカラ てりから、terikara_3テリカラさん)さん・写真20枚
同行者: 一人旅
旅行テーマ: 歴史・文化・芸術
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