北朝鮮(平壌ー板門店ー妙香山)を旅行しました:maywayさんの旅行ブログ
中国滞在中に、北朝鮮に行けるとの情報入る。
前年に中朝国境の遼寧省丹東市から、鴨緑江越えで眺めて、行けたらないいな〜なんて思っていた。
扱い旅行社と度々打ち合わせをし、その社が十分信頼に足ることが判り、日本人の仲間4人と一緒する。
どうせ行くのなら陸路を、列車の利用で行きたいとの希望を出すも、避けたほうが良いとかのアドバイス有り。
ビザは別紙形式(旅行者ビザ)で、パスポートには全く痕跡は残らなかった。
私たちには、いわゆる「報道機関」を通してしか知ることのできない、彼の国(かのくに)です。
しかし、今回 自らの足で行って立ってみて、「やはり そうなのか〜」も有ったが、思いを新たにする場面の方が多々でした。
相互理解の進むことを願っています。
ターミナルを挟んで左右に、数機づつ駐機。ロシア製かな??
実はタラップの上・下で、皆さん競うようにして、あちこち写している。 私も同じ と言うのも、こんなに自由に写していいの〜との想いが、この時は働いてました。
空港で北朝鮮のガイド(男女2名)に出迎えられて、ワゴン車で市内に向かう。 薄暮時の車窓からの写真。 緑が多い、ごみごみしてない、清潔、つましいなど等、ある意味ではホッとするものを感じます。
平壌市は3百万人、うち半数が市街地在住、世界レベルでは朝鮮族7千万人、うち北に2千万人とか。
この凱旋門の巨大なのに驚いた。
以後、この国においては、なんでも巨大、偉大、古い(=歴史有る)など等を、ことのほか大事にしていることが判ってきました。
この日は月曜日で、今は退勤時間帯の18時頃ですが、車には稀にしか出会わなかった。
第一日目のホテルの夕食。 鶏肉、魚、豆腐など等であっさり味でした。キムチもあります。
ビール(銘:大同江、5元)、焼酎(銘:松鶴、45元)、ジュ−スなどの飲み物は、別途注文でした。
料理の味の程は、まあまあですか・・
私たちの宿泊した「高麗ホテル」の夜景です。
この後、屋上の回転ラウンジで、市内夜景を眺めながら、軽くイッパイ、21時半過ぎになってました。
平壌駅や郵便局(中央?)は、すぐ近く。
2日目のメインは、「板門店」。
その道すがらです。 稲穂の黄金色です。
時々農民と思しき人、集団で、あるいは 数人で、田んぼ道を歩くのが見えました。
刈り入れも間もなくかな?
耕地整理が良くなされているようです。
こんな豊かなた素晴しい景色が、ズーと続いていました。
トイレ休憩で停まったパーキングエリアにて。
お土産や、特産?野菜、雑貨など販売中で、私は、この販売嬢から、今剥いている この梨を買い、数分割してもらう。
粒は、やや大きいが、とても美味でした!
地形の模型を使っての説明を受ける。むろん説明は兵士。 「南朝鮮」と対峙する、厳しい現実が語られる。
彼等は、「韓国」とは言わない。 あくまでも「南と北が統一する」に拘っている。
この建物には、お土産店もある。
「板門店」です。
停戦会議所と、道を隔てて韓国の自由の家。
ここの道路を、韓国の観光バスが、満員と思しき 数を乗せて走っているのを見た。 境界線は、必ずしも一直線ではなく、複雑に入りくんでいるようです。
会議所の中、位置とすれば韓国側、に立つ北朝鮮兵。 左上の額には、アメリカと共に、国連軍の名の下で戦った国の旗を示している。 日本は入っていない。 (特需??だけを享受した?)
昼食は開城市のレストラン、中国人観光客で、満席状態でした。(=つまり、他人の迷惑顧みず、大声で・・) 食事は、宮廷料理を模しているとかで、ご覧の通り多種少量でした。
夕刻の暗くなっていく中、少し離れた所から歩いて入る。 出演者らしき沢山の人々が、大きな広場に整列したり、移動したり、また巨大な建物は、ライトアップされて、とても美しい。 数ボックスの売店があり、キーホルダーのようなお土産や、おやつなど、私はパンフを買う。
アリラン祭のチケットとパンフ
通常8〜9月開催、今年に限り、10月10日までとのことで、観る事ができた(ラッキー!!)。 私の席は、中央部から、わずか離れた位置で、チケットには「2」の数字がある。 1万円強(日円)の入場料でした。
圧倒されました!! 入ったとたん
バックスタンドは、平壌市内の学生で、5月頃から学校単位の、パート毎の練習を行うそうです。 そして本番では、一糸乱れぬコントロール下にあり、これが素晴しい場面につながっている。 バックスタンドは、2万人と聞いたような気がするが・・、(ごめん 不確かです)
バックスタンドは、一瞬の変化をして静止、あるいは動き:それは川の流れや飛沫、山道を揺れて走る車、などであったり、大胆な色使いを含め、凄〜い、素晴しい〜としか言いようが無いくらいでした。
マスゲームも素晴しい。 出演者は、縁部に相当する位置に、旗をもった人がびっしりと並んでおり、ここの隙間から、アッと言う間に出入りする。
演舞を含め、鍛えられているのが判った。
3日目の朝、ホテルにてガイドと写す。
この日は、妙香山の国際親善展覧館を参観する日。
展覧館に入るには正装、あるいは それに順ずる服装でなければならないようでした。
彼女は来年(’09)秋に結婚予定。
日本については、良く勉強していて、今も新しい知識・情報を入れる努力は怠らない様子でした。
中国でも感じたことですが、あるレベル以上の人は、兎に角 良く勉強する、努力する、私のように浮かれていないですネ。
平壌市から北に向かって走ると、一昨日 目にしたと同様の、豊かに実った幸せな景色。
春・秋の農繁期には、平壌市内の人も、援農に出るとか。 二人のガイドも同様とのことでした。
山の中に、とても立派なホテル。 ここで昼食をとる。 西欧人グループがいました。
北朝鮮は外貨が欲しいのだ、と良く耳にします。
真贋の程は不明ですが、たまたま私が払った日円1万円のお釣は、ユーロ、ドル、元、日円の、4種混合でした。 それぞれのレートを覚えておき、すぐ その場で暗算する必要があります。
金日成首領親子それぞれに、世界各国から贈られた文物を展示。
心優しい首領は、贈られた物を私することなく、我々に開示してくださる。 これらを見て我々は、首領が、いかに世界各国の人民に敬愛されているかを、知ることが出来る。 これが、現地ガイドの前置き。
それぞれの場、施設などに現地専門のガイドが居る。 全部は見切れないので日本館を見たが、力道山からの乗用車、その他に日本あちこちから、過去、現在と政治家、知事、社長、普通の個人?など等、たくさん沢山ありました。
唯一撮影の許されたのは、ここ2階の張り出し部とお土産店。
もっと紅葉が進むと、きれいな景色が見えそうです。 靴カバー着用です。
この後 普賢寺を参拝見学して帰路につく。
平壌雑技。
これは、世界的にも未だ完成していない技術を、披露するとして、何回かチャレンジしていたものの一つ。
アリラン祭のなかでは、こことは異なる、あの広大な空間を活用した、アクロバチックな演技があった。
大深度の地下鉄。 公称は100mですが、もっとあるようです。 核シェルターの役割があるとのウワサを耳にしています。 確かに地下に着くと、格納扉みたいになった幅広の物が、二重にありました。
料金は、何駅乗っても一定。 一駅だけ「おためし」しました。
さー 降りますよ〜とガイド。 着替えています。
その襟には「あのバッジ」(初めから付けてましたが)。 電車正面上には、金親子の肖像がある。
明日でお別れ、「肉」を食べましょう、ってことになって、出てきたのがこれ・アヒル肉の焼肉でした。ちょっと違うな〜の思いが働いたのですが、まーネ、所変われば、概念も変わるわさ。
座る席は異なりましたが、2人のガイドと??の人が1テーブルで、その他の席にも、結構な人数を認めました。
4日目、平壌市滞在も午前中まで。 朝の市内を見たいと思い、一人ホテルを出る。 只今6時50分頃で、通勤通学の人を見る。 これは、向こうに平壌駅、それと、歩いている傍に、路面電車のレール新設工事。
頂部に光を受けた高麗ホテル。 25分の外出でした。 私より 少し後に外出した人は、誰だかわからない人に、ホテルに帰るようにとの指示を受ける。
カメラ構えて歩いていたとか・・です。
「怖いもの見たさ」と言う言葉が有る。 そう、はじめ私、そうだった。 確かに、体制に大いなる違いがあり、かつ報道で伝えられるのも、断片的でかつ恐ろしそう。
しかし、この体験で、「理解した」なんては、とても言えっこないけど、聞いてたのとは かなり違うナーとか、彼等の論理を聞き、そんな見方、考え方があるんだ〜 なんて思うこともありました。 皆必死に生きてました。
再度 来れるものなら来て見たい。
行きたい、見たい所を、前広に希望を出すと、可不可の判断をしてくれるようで、「あてがいぶち」でない旅も出来そうです。
15時40分、瀋陽に向け離陸。
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