1989年秋グランドキャニオン
カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)との共同研究で同僚がサンディエゴ在住のとき、米国出張がありました。シアトルのワシントン大学での論文発表とサンディエゴUCSDとの打ち合わせでした。仕事がほとんど終わった金曜日から2泊でグランドキャニオンとモニュメントバレーをドライブしに出かけたときの写真をScanしてみました。この小旅行からサンディエゴに戻ったときサンフランシスコ方面で大地震が有り、日本からの調査団にも同行する事になった記録です。
| エリア: |
北米
>>アメリカ
>>グランドキャニオン周辺
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| テーマ: |
特になし・その他(出張)
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| 時期: |
1989年10月15日〜11月07日 |
| 投稿日: |
2008年03月31日 |
| 写真: |
全50枚 |
| 満足度: |
評価なし |
| 観光: |
評価なし |
| ホテル: |
評価なし |
| グルメ・レストラン: |
評価なし |
| ショッピング: |
評価なし |
| 交通: |
評価なし |
| 交通手段 |
航空会社 >
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現地移動 >
レンタカー |
| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
社員・団体旅行 |
| 手配内容 |
個別手配(個人) |
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初めての地に行ったとき必ず最初にするのがタワー見物。東京なら東京タワーといったところ。シアトル・スペースニードル
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授業が終わると学生が一気に次の教室に移動。良い席を取るため皆必死に歩く。
論文発表を終えて翌日サンディエゴへ移動
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UCSDの日本人教授に招かれて、教授宅でBBQをご馳走になった
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早朝、UCSDの学生は2ドルでゴルフが出来るというので、仕事前に早速汗を流した。
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メキシコの入口Tijuana(ティファナ)にもドライブしました
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1940年の大地震があったEl Centro, Imperial Valleyを訪ねました
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金曜日、サンディエゴからフェニックスまでプロペラ機で移動、レンタカーでグランドキャニオンに向けて突っ走りました。グランドキャニオン到着は22時頃でした。
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ホピ・ポイント、ヤバパイ・ポイントを見てロッジに戻って朝食
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ヤキ・ポイント、グランドビュー・ポイントなどを見てイーストリムへ
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メサといわれるテーブル形の台地やさらに侵食が進んだビュートといわれる岩山が点在し、あたかも記念碑(モニュメント)が並んでいるような景観を示していることからこの名がついたそうです。
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ロッキー山脈からの鉄分を大量に含んだ川の流れは、下流地域一帯に沈泥となって堆積し、当時の酸素濃度は現在よりも高かったため鉄分の酸化が急速に進み茶褐色の地表となったそうです。
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往きは真っ暗な道路を必死に走りましたが、観光スポットが沢山ありました
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このオアシスは凄い色をしていました。寄り道ばかりで遅くなったのでフラグシュタッフのモーテルにとまり、翌日にサンディエゴに戻りました
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サンフランシスコ・ロマ・プリエータ地震の調査はカリフォルニア工科大学(CALTECH)とカリフォルニア大学バークレイ校と共同でやる事になり、ロサンジェルスで会社の調査団と落ち合い、CALTECHで打ち合わせしました
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サンフランシスコの海辺近くの新しい住宅も大変な被害でした。
現地に10日間滞在して被害調査報告書を作成して帰国しました。
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