2009年9月インド(5) アグラ城:mas98765さんの旅行ブログ
次はアグラ城(アーグラ城塞)に行きます。ムガル帝国第3代皇帝アクバルがヤムナー川沿いに建てた城塞で、ここも世界遺産に指定されています。アクバルはムガル帝国の領土を一気に拡大した強い皇帝です。その一方で他の宗教に理解を示し、様々な宗教を融合しました。強さを表す赤色の砂岩の重厚な城壁で囲まれています。ここは、タージマハルを建てたシャー・ジャハーンが、息子によって幽閉されてしまった場所です。また、19世紀にイギリス軍が占領し兵舎として使用しました。現在、敷地の80%はインド軍の施設として使用されており、残りの20%だけが一般に公開されています。写真はアマル・シン門です。観光客はここからアグラ城に入ります。この門は、シャー・ジャハーンが建てたもので、名前はムガール帝国と戦ったマハラジャの英雄に由来するらしいです。
ジャハンギール宮殿があります。アクバル(ムガル帝国の第3代皇帝)が息子のジャハンギール(第4代皇帝)のために建てた宮殿です。左右対称の建物の上の両端には大きなベルのような形のチャトリ (小塔)があります。
ジャハンギール宮殿の前の緑の庭に、巨大な茶碗のようなものがあります。これは浴槽で、巨大な天然石をくり貫いてできています。アクバル帝の奥さんがジャイプルから嫁ぐとき、この浴槽いっぱいの宝石を持参したという話があります。
ジャハンギール宮殿の中には、囲まれた空間があります(動画だと分かりやすいですが、ここでは公開しません)。西に寺院、北に交流の間、南に謁見の間があったらしいです。これは西の寺院(入って正面)の写真です。
カース・マハルの両側には娘たちの部屋がありました。これはその一方の部屋です。白い大理石で出来ており、ガイドさんによると、窪んだ部分の中心の穴(右側の真ん中に穴が見えています)に水を入れて冷房にしていたそうです。
シャハンギール宮殿の北側に、このような八角形の塔があります。囚われの塔と呼ばれています。タージ・マハルを建設者したシャー・ジャハーンは、三男のアウラングゼーブによって、亡くなるまでの7年間、ここに幽閉されてしまいました。前方に小さくタージ・マハルが見えます。
ディワニ・カースの正面です。手前に広場があって、この建物の左手に囚われの塔とタージ・マハルが見えます(2つ前の写真はここから撮ったものです)。広場の中央には、黒いテーブルのようなものがあります(記念写真にしか写っていないので、ここでは公開しません)。継ぎ目のない銀の板で、シャー・ジャハーンはこの上で昼寝をしたそうです。後に大砲の弾が飛んできて当たった跡があって、ヒビが入っています。その時の弾はディワニ・カースにも当たったそうで、穴の跡があります(この写真には写っていませんが、少し左側に穴があります)。
囚われの塔の手前の中庭です(先ほどの中庭とは違います)。前方右手にディワニ・カースがあり、向こう側に囚われの塔があります。前方にタージ・マハルが見え、開けているところの中央の人が集まっているところが銀の板の場所です。写真では分かりませんが、肉眼で見たときは向こう側からよりこちら側からの方がタージ・マハルが大きく見えます。視野が狭い時に大きく見えるという錯覚を利用しています。
昼食を食べます。カレーです。わたしは当時、食べ物に興味がなかったので、これが唯一の写真です。今回インドでは、カレーやナン、細長いライス、タンドリーチキン、ジャガイモなどを食べました。コーンスープのような白いスープも出ました。バナナやアイスクリームも食べました。食後は必ずといっていいほどチャイが出ました。
象嵌細工の店に寄りました。アグラ周辺には、象嵌細工の職人さんがたくさんいるそうです。石でできたタージマハルの置物も、大きなものから小さなものまで、売られていました。わたしは千円の置物を買っておきました。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。