◆2001年 秋◆スイスを拠点に近隣を周遊 40日間の旅 ◆part16 ミラノ(イタリア)◆:mariさんの旅行ブログ
2001年、マルタでの語学留学を終え、約40日間の旅行をすることになりました。
マルタの語学学校で仲良くなった友人を訪れて歩くのがメインの旅ですが
個人であちこち歩き回るのは初めての体験で、不安と期待がいっぱいでした。
スイスの友人宅の一室を「好きに使っていいよ」と与えてもらえたので
そこを拠点にあっちこっち足を延ばしてみました。
**2001年10月17〜19日**
ジュネーヴの友人のおうちにお世話になったあとは
マルタのアパートで一緒に暮らしたイタリア人4人組の友人を
訪ねるためミラノに移動。
なんていうか、当時は「陸続きってすごい!どこまでも行けちゃうんだ!」
みたいな気持ちでいっぱいで、治安とか言葉とかそういう不安要素が
あまり頭になかったように思います。
そして、今となっては笑っちゃいますが真剣に
「もうこんな風にヨーロッパをあちこち旅行する機会なんかないんだから
今のうちに行きたいところに行っておかなくちゃ」という思いを
真剣に(ぷぷっ)抱いていたんですよね〜。
う〜ん、当時の私に教えてあげたい。
あんた、何年経ってもずっとそのまま放浪癖治ってないよ、って。
ジュネーブからミラノへは列車で簡単に行けてしまいます。
でも、当時は海外経験も少なかったし、1人だったし
初めてのイタリア本土ということもあって
ちょっと緊張していました。
ミラノへはマルタで同じアパートに住んでいた友人と
再会するために足を延ばしました。
友人と会うのが目的。
とは言え、この素晴らしい建造物!
これまで訪れた国とはちょっとレベルが違う!!
というのが正直な感想です。
マルタのアパートで一緒だった4人組みの
イタリア人のうち、日本語を勉強していた2人が
時間を作ってくれました。
そのうちの1人のおうちに泊めてもらったんですが
なぜでしょう?そのときの記憶がほとんどないんです。
前後の記憶ははっきりしているのに、不思議なくらい
スポッと記憶が欠落してるんですよね〜。
滞在中、お天気はいまひとつでしたが
それほど寒くはありませんでした。
友人の彼の車でコモ湖のほうまでドライブに
連れて行ってもらったり、地元の人が
おすすめのピザを食べに行ったり、
そんなおもてなしに心が温かくなったことを
今でもはっきり覚えています。
ガッレリア。
ミラノでは同じアパートに住んでいた友人と
別れたあと、クラスメイトだった別の友人とも
再会しています。
そのとき、このガッレリアのレストランで
食事をしていたのですが、同じレストランにいた
日本人のおばさまが、メニュー片手に私の席に
やって来て、イタリア人の友人に
「赤ワインはどれ?」と尋ねてきました。
友人が「これだよ」と指差すと、なんと
赤いボールペンでメニューに「赤ワイン」と
書き込みました!
おどろいて「ちょっとそれはやめた方が」と言うと
「いいのよ、いいのよ!じゃあ白ワインは?」と
お仲間と大はしゃぎしながら通路をふさいでいます。
すぐにお店の方がやってきて、英語で
「日本語のメニューありますから」と席に戻るよう
促しても英語がわかないようで全然動じません。
周りの人々もあきらかに不快な顔をしてこちらを
ジロジロ見ているし、私も不愉快だったので
「日本語のメニューあるみたいなんで、
お席に戻っていただけませんか?」と強く言うと
「ああ!メニューあるんだ?どーもどーも!」
みたいな感じで引き上げていきました。
結構立派なメニューだったのに、あの「赤ワイン」
の書き込みひとつで台無しです。
ああいう日本人観光客にはなりたくないなー、
と思った初めての体験でした。
イタリアにはこれまで5度訪れています。
今まで一番多く訪れているのはギリシャの4度、
と思っていたのですが、シチリア2度、本土3度で
イタリアの方が多かった。。
でも、本土とシチリアはベツモノですからね〜。
シチリアはマルタからちょちょいと行けちゃう
距離だったし〜。
食べ物も気候も人々も、イタリアは北と南、
そしてシチリアと全然違います。
それぞれに魅力があるので甲乙つけられませんが
芸術・美術を堪能するなら、北がいいと思いました。
個人的には、アバウトで雑然とした国が好きなので
南イタリアが好みなんですが。
ミラノの印象はなんといっても
このドォーモですね。
今までに見たマルタやスイス、
その他の場所で見たどの聖堂や教会も、
足元にも及ばないくらいの建造物、というのが
正直な感想。
「ゴシック建築の傑作」と言われているのが
よくわかります。
建物の大きさとか規模とかの問題だけではなく
細部にまで手を抜かないみごとな装飾に、
ただただポカーンと開いた口が塞がりませんでした。
天気が良くなかったため、当時欠かさずおこなっていた「塔登り」は断念。
マルタ留学中にはまだあまり建築物や美術館、
歴史なんかには興味がなかったのですが
ここに来て
「ああもっと歴史を勉強しておけばよかった」
と強く思い、美術館や芸術品を観て歩くのも
大好きになりました。
ミラノはあまり治安がいいとは言えない町だと
聞いていましたが、地元の友人と一緒だったので
言葉も通貨の計算も非常にラクでした。
電車やバスに乗るときに、必ず友人が
「バッグは体の前に持って、私たちから離れないで」
と、スリやひったくりからガード。
「ホントにそんなに気を付けなきゃ
いけないのかなー」と思ったりもしましたが、
のちに「気を付けすぎ」ってことはないんだな、
と思わされる経験をしました。
その話はまた別な機会に・・。
この友人たちと別れたあと、
ガルーダに住む友人がミラノまで迎えに来てくれました。
待ち合わせ場所は当初ミラノ駅だったのですが
友人たちが「それはいいアイディアとは言えないと
別な駅を指定してくれました。
ミラノ駅はスリやひったくりが多いから
そんなところで人町顔でいるべきではない、と
心配してくれたようです。
一から十までお世話になりました!
ガルーダの友人は美術館や建築物を見に行くのが
とても好きな人で、マルタでも一緒に教会や
公園、博物館に行っていました。
イタリアでも見せたい美術館がたくさんある、
と言ってダメモトで「最後の晩餐」を見に
行ったのですが、やはり予約なしでは無理でした。
それでは、と連れて来てくれたのが
サンタンブロージョ聖堂。
赤茶色のレンガ造りの歴史ある建物で
ちょうどお天気も曇り空だったこともあり
中世のイメージそのままで
「やっぱりイタリアってすごいなー」と
感心してしまいました。
イタリアはこれまで最多で訪れた国なんですが
なぜか人に「今まで行った国で好きなところは?」と
聞かれると「好きな国はギリシャ、でも人に
勧めるならチェコとかスペインかな?
ポルトガルやルーマニアも忘れられないな〜」と
あまり私の口から「イタリア」という国名が
出てくることはありませんでした。
でも、決して嫌いなわけでも苦手なわけでも
ないんですよ!
ジプシーに襲われようが、ロストバゲッジしようが
嫌いになることもありませんでした。
むしろこうして振り返ってみるまでもなく
美術・芸術の素晴らしさ、食べ物はおいしいし
旅行のしやすさもかなりのもので
魅力的ランキングで言うと、かなり上位にいる
国なのは間違いなし!
敢えて言うなら、わざわざ言うまでもなく
「死ぬ前に一度は行っておくべき国だよ」
と思ってるってことでしょうね。
はじめてイタリアに行った時、まだユーロが
導入されておらず、イタリアの通過は
リラでした。
もちろんこのときもそうでした。
0がいっぱいくっついたお札や値札に
なかなか慣れることができず、
滞在中ずっと友人が一緒だったのでよかったのですが
1人だったらオタオタしっぱなしだったに
違いありません。
ただ、ユーロ導入前は物価も今より安かった!
ギリシャもスペインも、今より全然安かった!
うーん、懐かしきよき時代?
マルタもユーロが導入されて物価が上がった
と聞きました。
もともと物価が安くはない国だったのに。。
夕方までミラノを散策して、その後
車でガルーダに向かいました。
途中、高速道路でトイレに寄って欲しいと
車を停めてもらったのですが、そこは
ドライブインに併設されたトイレではなく
公衆トイレのみの建物でした。
当然、女子トイレに入ったのですが
個室から男性が出てきました!
「あれ!?」と驚いていると、別の個室からも
男性が!
何かを必死で探しているようで、私には
「トイレ?使っていいよ」と伝えてきました。
が、そんな状況で使えるかよ!と車に逃げ戻り
友人にそのことを伝えると
「何かの受け渡し場所だったんだ。こんなのところに
つれてきてゴメン!」と、ドライブインにある
トイレに寄ってくれました。
さすがイタリア!
公衆トイレは受け渡し場所になっている!!
エキサイティングな思い出のひとつです。
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