南欧1ヶ月&トランジットでドバイ**51**《ピンチ!食中毒の夜。感動!親切な運転手さんの朝》:mariさんの旅行ブログ
4年ぶりにヨーロッパへ行ってきました。
1ヶ月間で、ギリシャ・マドリッド・ポルトガル・パリをまわり、
往路はトランジットでドバイもチラ見してみました。
ドバイとギリシャは1人旅。
後半は友人との2人旅です。
ちょっとずつ、紹介していきます。
**ポルトガル/リスボン**2008/6/13-14
バイロ・アルトで食事をし、早めにホテルへ戻りました。
明日はチェックアウトと、早朝のバスでモンサラーシュへ行く予定です。
早々に荷造りを終わらせ、ホテルのバーでコーヒーを飲むことにし、
ロビーまで来た時点で、友人が「ちょっとごめん」とトイレへ。
戻ってきて「ちょっと貧血っぽかった」と言い、コーヒーにも手をつけません。
「お腹が張って調子が悪い」というので、部屋へ戻りベッドに入って
電気を消しましたが、私もなんだかお腹が張る。
そのうちなんとなく胃のあたりが痛くなってきて、なかなか寝付けません。
トイレに入って少しすると、友人が「入れて!」とノックし
私と入れ違いにバスルームに駆け込むなり、嘔吐。
だいぶ待っても、友人は一向にトイレから出てこない。
私の胃痛もだんだんひどくなってきて、冷や汗も出てきた。
2人揃ってこんな症状は普通じゃない。
私も貧血っぽくなってきて、友人は相変わらず吐いている。
これで私も吐き出したら、身動きが取れなくなってしまう。
はじめて「怖い」と感じ、意を決してトイレの友人に「病院行こう」と
声を掛け、フロントへ行きました。
食中毒かもしれないから病院へ行きたい、と伝え、タクシーを呼んでもらい
友人を部屋まで呼びに行き、とりあえず貴重品だけ持ってフロントへ戻ると
支配人も出てきていて心配顔。
その時点で、もう私たちは立っていられないほどで、支配人が
ホテルカードの裏に、タクシーの運転手に見せるための病院の住所を
書いてくれた。
すぐにタクシーが来て、支配人が運転手にあれこれ指示している。
タクシーは5分ほどで、どこか大きな病院に到着。
建物に入ると、受付みたいなところに3人くらい待機しており、
システムがわからない私たちが突っ立っていると「先生に診てもらいたいの?」と。
「外国人は最初に9.2ユーロ払って」と言われ、パスポートも提示。
紙に名前と日本の住所・電話番号を書かされて、受付の女性がそれをPCに
打ち込むのを待つ。
打ち込みが終わると、小部屋に通されそこには女医さんと
看護師がおり、問診が行われました。
友人は私よりもっとつらいようで、説明はすべて私がし、食中毒っぽい、
と話すと看護師さんが簡易洗面器のようなものをくれました。
私が説明している間も友人は吐いています。
ひとしきり説明が済むと、看護師さんが私たちの手首に名前や住所が
印刷された紙のリングを巻き、さらに奥へ進むよう言われました。
そこは病院の待合室のような造りで、診察室のドアがいくつかあります。
「4番の部屋から呼ばれるから」と言われ、それまで待機。
私と友人は離れて座っていましたが、ここにきて私も突然の嘔吐。
全然「気持ち悪い」とか「吐きそう」とかの前触れがなく、いきなりです。
あとで聞いたところによると、友人もまったく同じだったようです。
少し待たされ、やっと診察室へ入ると、ちゃらちゃらした感じの若い
男性医師が「症状を説明して」と。
食べたものを話すと「多分、サングリアの中に入っているフルーツだね。
適当な店だとフルーツを替えないで、ずっと使いまわすから
暑さでフルーツが菌を持つんだ。たまに観光客が運ばれてくるよ」と。
やっと処置室に通されると、そこはだだっ広い部屋になっていて、
壁際にズラっとベッドが並んでいる。
たくさんのベッドはほぼ埋まっていて、奥の方に安楽椅子のようなものが
いくつか並んでいる。
私たちはそこに座るよういわれ、男性の看護師が「まず痛み止めを打つね」と。
友人が先に処置されたのですが、それまで死んだように無言だった友人が
「ねぇ、すっごい深く針刺すよ」と言い、それを聞いてゾゾっと怖くなってしまった!
私の番になり、念のため観察していると、それ、もう針の付け根の部分じゃない?
ってくらい最後の最後まで針を差し込んでくる。
これってポルトガル式!?
採血され、ここにいるように、と言い残し、看護師はいなくなってしまった。
しかし、既に座っていることもままならない私と友人は、じっとしていられない。
友人が空いているベッドに寝せてもらえないか?と、そばにいた
留守番っぽいお姉さんに訊いて断られている。
だったらいっそ、さっきの待合室に行かせて欲しい(そこになら長椅子がある)と
頼むも「ここから出せない」と。
どんな姿勢をとっても、つらくてくらくて、もう椅子には座っていられない。
胃の痛みはどんどん強くなり、痛み止めの注射を打ったなんて信じられない。
いよいよ座っていられなくなり、持ってきたバスタオルを敷いて床に寝ようかと
思ったその時、さっきの男性看護師が戻ってきて「あれっ?なにやってんの?」
という感じで、私たちの座っている椅子を操作すると、椅子は180度
フラットになり、簡易ベッドになった!
えぇっ!?最初にやっといてよ!
ってゆうか、あの留守番の女、あれだけ何とかして欲しいって
頼んでるんだから、椅子がベッドになるって教えてよ!
点滴がはじまり、ウトウトしながらも、痛みで眠れない。
朝方になりトイレへ行くと、ちょっと下痢気味。
看護師に伝えるとお薬をくれた。
それを飲み、また横になるも胃の痛みは一向におさまらない。
点滴が終わる頃にはよくなっているだろう、と望みを持ちひたすら時間が
過ぎるのを待った。
朝になり、点滴が終わっても胃の痛みは相変わらず。
友人も一緒だという。
点滴が終わっても全然よくならない事実に、すっかり絶望的な気持ちに。
「帰ってもいいし、もう少しここにいてもいいよ」と言われ、不安だし、
もう少し病院にいることに。
すでにモンサラーシュ行きのバス時間は過ぎていたが、私も友人ももう
そんなことを口にする気力もない。
8時過ぎ、友人が看護師に「痛みがおさまらない」と訴えると
「でも、もうここでできることはなにもない。出された処方箋を持って
薬局で薬を買って飲んでもらうしかない」と。
お薬を買って帰ろう、ということになり、受付に戻り「精算して欲しい」と言うと
「支払はないよ」と。
タクシー乗り場を見ると、タクシーが2台待機しており
「英語の出来る運ちゃんがいい」と思いつつ、先頭のタクシーの運ちゃんに
「英語出来ますか」と尋ねると「NO!」と。
でも、薬局に寄ってからホテルに戻りたい、ということを伝えられたので
とりあえず乗り込む。
私たちが乗り込んでいるあいだ、そばにいた病院のスタッフにポルトガル語で
「英語話せるかって聞かれちゃったよ!ポルトガル語オンリーだっつうの!」
みたいなことを言っていて、うしろのタクシーにすればよかったかな、と
少し後悔。
しかし、私と友人が後部座席で死んだようにグッタリしているのを見て、
最初に見つけた薬局の前で「処方箋を貸せ。俺が見てきてやる」と勢いよく
タクシーを飛び降り、すぐに「閉まっていた」と戻ってきた。
街中いたるところに薬局はあるのに、土曜の朝にに空いている薬局なんか
どこにもない。
カタコトの英語で「土曜日にリスボンで薬局を探すのは難しい!」
みたいなことを言われ、私が「無理?」と呟くと「俺が探してやる!」と。
薬局のドアに貼ってある、当番薬局のお知らせを頼りに
何軒も何軒も必死で空いている薬局を探してくれる。
やっと開いている薬局を見つけても、求めている薬が置いてない。
運ちゃんは「大丈夫!」と笑顔を見せ、最後には私と友人を乗せた
タクシーを路肩に停め、走って薬局を探し始めた!
午前中とは言え、坂道ばかりの土地で気温はすでに30℃を越えている。
そんな中、見ず知らずの外国人のために必死で薬を探してくれるなんて
一瞬でも「うしろのタクシーにすればよかったかも」なんて思った自分が
恥ずかしい。
ふと目を開けると遠くに運ちゃんの姿が見えた。
坂道を登ってきているようで、胸の上あたりしか見えない。
私が見ていることに気付くと、運ちゃんはかぶっていた帽子を振って
反対の手を高く掲げた。
その手にはしっかりと薬の入った袋が握られている!
汗を拭きながら「やっと見つけたよ!」と満面の笑顔。
袋の中身を確認すると、薬の値段はたった2ユーロ。
思わず「こんな安い薬のために」と声に出し、そのあとは涙がこみ上げてしまった。
たった2ユーロの薬のために、一生懸命走り回ってくれた運ちゃん。
しかも「安かったからお金はいいよ」と言う。
ホテルに戻る途中、運ちゃんが
「俺はホントはポルトガル人じゃない。ブラジル人なんだ」と笑顔で言った。
そして「土曜日に薬を買うのがこんなに大変なんて、
ポルトガルってヘンな国だよな!」と豪快に笑った。
ホテルのそばにつき、運賃の他に薬代もまかなえるだけのチップを渡し
思わず運ちゃんの手をしっかりと握って自分のおでこにあてて
「本当にありがとう」とお礼を言った。
私たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた運ちゃん。
この運ちゃんのおかげで、この悲惨な食中毒事件が、
イヤな思い出じゃなくなりました。
人の親切って、すごく大切ですね。
ホテルの部屋でチェックアウトぎりぎりまで横になり、お昼前に荷物を
まとめて次のホテルへ移動。
前の日にほとんど荷造りを済ませておいて本当によかった!
タクシーで次のホテルに向かい、チェックインを済ませ、部屋に辿り着くと
そのままベッドへ倒れ込み、夕方まで動けないまま。
私はベッドの端から膝から下が出たままだったのですが、その姿勢を
直す元気もないくらいでした。
夕方になり、目を覚ますと胃の痛みはおさまっている。
友人に声を掛けると、友人はまだ少し痛いとのこと。
とりあえず、近くにスーパーがあったので、水を買いに行こうと思い
「買い物に行くけど1人で大丈夫?」と尋ねると「・・」。
でも、水は必要なので「すぐ帰ってくるからね」と友人を残し買出し。
スーパーで医者に言われた「パンやお肉、魚はしばらくダメ。フルーツとか
水分をたくさんとって」という指示に従い、まずはフルーツ売り場へ。
いくつか選んで料金を量ってもらおうとすると、売り場のおばちゃんは
すごい剣幕で「ダメ!」と言う。
なぜだかわからなくて、しょんぼりしていると、親切な紳士が
「あの番号札を取って、番号が呼ばれたら渡すんだよ。
結構待つからその間に他の買い物をしてきたらいいよ」と教えてくれた。
うう。ほんとに親切な人が多い国だ。
飲み物のほかに、ゼリーなどを選び、無事にフルーツも手に入れレジに向かった。
レジの近くに小さな冷蔵庫があり、いくつかスポーツドリンクがあった。
ドアを開けると、意外にもアクエリアスも置いてある。
迷わず購入し、レジを過ぎてすぐに半分ほど一気飲み。
友人にもアクエリアスを与えると、少し飲んでまた寝てしまった。
それまでウトウト程度にしか寝ていなかった友人が、寝息を立てはじめたので、
なんとなくもう大丈夫、という気がした。
夜になり、友人も起き出し「もうほとんど大丈夫」と。
実は、私はお酒が弱く、小さなポットに入って出されたサングリアのうち
私はグラス1杯、友人は残りをたくさん飲んでいたので症状の重さに
差があったようです。
日本でもなったことがない病気に、異国の地でかかってしまうなんて!
海外ではハプニングに見舞われる私が、今回はほとんどトラブルなしで
来ていたので、珍しいな、と思っていましたが、ここへきて
まさか食中毒にかかるとは・・。
海外保険、入っててよかった!
(病院代も薬代もすごく安かったけど)

mariさん
本当に大変でしたね。病状まで良く分かります。このレポートを医者に見せれば処方箋が書けるほどだと思います。
長いすがベッドに変わる下りで看護婦さんへの怒りの言葉は無形文化財もので、笑ってはいけない箇所ですが一人で大笑い(失礼)でした。
旅行中の病気程不安なものはありませんよね。
アメリカでも病院に駆けつけて診察を受ける前に支払いの確認に時間を掛けます。生きる可能性のある重病人にもこの手続きで息絶えそうで心配をした事があります。(天国(地獄)の沙汰も金次第ですかね、、)
保険に加入しておいて良かったですね。保険に加入していれば、海外で病気になった場合、心配が和らぐだけで病気が軽く済むかもしれません。
いずれにしましても、この旅行記は凄い迫力があり、花丸しるしです。
hama

hamaさん
いつも丁寧なコメントありがとうございます。
リスボンでの食中毒事件は、本当にいまでも「あれはキツかった!」と
力を込めてお話できる出来事です。
海外で体調を崩したことはこれまでにもありましたし、一緒にいた友人は
お腹を壊したことも初めてではなかったのですが、あんなにツライ思いは初めてでした(^^;
でも、本当に親切なタクシードライバーにあたり、なんだかあれはあれで
よい体験だったなぁ、なんて思えるのも、結果として大事に至らなかったからなのでしょうけれど。
旅行期中では割愛しましたが、受付の女性陣のPCへの打ち込みの手際の悪さ、
緊迫感のなさ(アハハウフフ笑いながらでした)には、危なく
「私が打ち込もうか!?」と言い出しそうなほど苛々させられました。
以前、海外で友人が病院にドクターを呼ぶハメになったことや
私の荷物がロズトバゲッジした経験から、どんな短期の旅行でも
必ず海外保険に入るのですが、今回も入っててよかった、と思いました。
実際に掛かった費用はたいした額ではなかったのですが、保険未加入だと
「病院に行こう」と思えなかったかも知れませんよね。
ポルトガルの人は親切な人が多いので、本当に助かりました!
mari
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