Igreja de São Roque:ma2okaさんの旅行ブログ
17世紀から18世紀、礼拝堂本堂にバロック様式の装飾が加わった。最も重要な部分は、ノッサ・セニョーラ・ダ・ピエダーデ礼拝堂(慈悲の聖母礼拝堂)とサンティシモ礼拝堂で、どちらもポルトガル・バロックの中で華麗なものである。
天正遣欧少年使節は1582年(天正10年)に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の使節団。この絵は、ザビエルと天正遣欧少年使節がこの教会に訪れた時の様子が描かれている。
サン・ジョアン・バプティスタ礼拝堂は、1740年にローマでイタリア人職人が100人程携わった作品である。この礼拝堂は新古典ロココ様式で、絵画、青銅の浮き彫り、像、モザイク、多彩な大理石で飾られている。
イエズス会の教会として、また創立者達との深い関わりがある。1534年8月15日、イグナチオ・デ・ロヨラとフランシスコ・ザビエル、アルフォンソ・サルメロン、ディエゴ・ライネス、ニコラス・ボバディリャ、シモン・ロドリゲス、ピエール・ファーヴルがパリ郊外のサン・ドニ聖堂(現在のサクレ・クール聖堂の場所にあったベネディクト女子修道院の一部)で、生涯を神に捧げる誓いを立てた。
1534年8月15日。この日がイエズス会の創立日とされている。彼らの誓いは清貧・貞潔、「エルサレムへの巡礼と同地での奉仕、それが不可能なら教皇の望むところへどこでもゆく」というものだった。
イエズス会の著名な4人の聖人像が並ぶ。イグナチオ・デ・ロヨラ、フランシスコ・ザビエル、フランシスコ・ボルハ、アロイジオ・ゴンザガ。この木造の本祭壇は1625年から1628年にかけ建てられた。
17世紀から18世紀、礼拝堂本堂にバロック様式の装飾が加わった。最も重要な部分は、ノッサ・セニョーラ・ダ・ピエダーデ礼拝堂(慈悲の聖母礼拝堂)とサンティシモ礼拝堂で、どちらもポルトガル・バロックの中で華麗なものである。
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