ドイツ2010【3】「フランケンの王冠」コーブルグ:kumustaさんの旅行ブログ
バイエルン州北部のフランケン地方の都市コーブルグ(Coburg)は、かつてドイツのザクセン・コーダー公国の中心都市でした。
公国は、18〜19世紀、イギリス、スウェーデンなどヨーロッパ各国の王室と結婚関係を結び、繁栄を謳歌しました。
イギリスの有名な女王、ビクトリア女王のご主人であるアルバート公は、ここコーブルグの出身でした。
コーブルグの丘の上には「フランケンの王冠」とも呼ばれる、ドイツ最古、そして最大の中世の要塞(Veste、フェステ)があります。宗教改革の時代には、ここにマルティン・ルターがかくまわれていたこともありました。
コーブルグはまた東西ドイツ時代には、旧西ドイツの東端の町でもありました。
そのため訪れる人も少なかったのですが、統一後は、様変わりしたそうです。
ミュンヘンから友人の車で北上すること2時間半、コーブルグに到着。
旧市街と丘の上の要塞を、ドイツ人の友人たち9人+1匹で散策しました。
え、1匹は何かって? それは以下をお読みください。
(参考:『旅名人ブックス ドイツの田舎町』, "Wo und Was Coburg")
さっそく「1匹」の答えです。シュトゥットガルトに住むマックス君、オン年14歳。
高齢すぎてペットシッターが見つからなかったそうで、
飼い主さんに連れてこられました。
これから一緒にコーブルグの旧市街を散策します。
…ザクセン・コーダー公国の次男、アルバート王子です。
イギリスの、あのビクトリア女王の夫君になりました。
夫の故郷であるコーブルグを、ビクトリア女王はたびたび訪れたそうです。
ツーリスト・インフォメーション・センターの入り口には、ビクトリア女王を中心としたヨーロッパの王族の方々の集合写真が大きなパネルになって置いてありました。
今になって写真撮ってくればよかった…と後悔。
広場をはさんで、市庁舎の反対側に立つのが、Stadthaus。
(Rathausが市庁舎だと、Stadthausはその上、州庁舎といえばいいのでしょうか…。)
もともとは侯爵の居城だったとのこと。
建築様式は、後期ドイツ・ルネッサンス様式だそうです。
広場にある、古そ〜な薬屋さん、「ホフ・アポテケ(Hofapotheke)」
Hofとは、ドイツ語で「宮廷」の意味。
その名の通り、かつてはザクセン=コーダー家の薬局だったそう。
コーブルグ市の紋章が入ったマンホール。
コーブルグの紋章はなぜ黒人?と思い、調べてみました。
ウィキペディアによると、描かれているのは、3世紀、エジプトのテーベ出身の聖人、聖モーリッツ。
15世紀にコーブルグの紋章として付与されたそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Coburg
コーブルグ市の観光HPには、
なんと日本語のページもありました!
http://coburg-tourist.de/index.php?option=com_content&view=article&id=536&Itemid=116&lang=de
「コーブルグで一番おいしい」といわれるアイスクリーム屋さん、Cortina Eis。
住所は、Spitalgasse 29。
行かれた方は、どうぞ〜。
私は日本にあまりなさそうな、チェリー味というのをチョイス。
ブラックチェリーの果肉が入っていて、おいしかったです。
聞けば、Trost Kissen(英語に訳すと comfort cushion)というものだそう。
書かれた数字の年齢になったお誕生日に、
慰めるためにあげるらしい。
ただ、18歳のだけは、
「ついに18歳!これから楽しもう!」と書いてあります。
ドイツでは、18歳で大人の仲間入り。
私も来年の自分用に買ってくればよかった。
30歳のを! なんちゃって。
笑えません…。
エーリング城前の広場、シュロス・プラッツ(城広場)。
左手の緑の向こうには、ホフ庭園(Hofgarten)が広がっています。
マックス君も飼い主さんに連れられて…。
コーブルグから5キロほど離れたところにある、ニーダーフルバッハという小さな村の宿屋で、夕食&宴会。
家畜の臭いがする村でした。
地元名物だという一品をいただきました。
玉ねぎなどを牛肉でまいてあります。名前忘れました。
ところで、この店、めちゃくちゃ愛想悪かった!
店員のあまりのぶっきらぼうさに、ドイツ人たちもしかめつら。
その上、アジア人嫌いらしいし。
市庁舎の上の青い空に、一筋の飛行機雲。
東西ドイツ分断時代、旧西ドイツの東端だったコーブルグでは、
上空を飛行機が飛ぶことは全くなかったそうです。
東西統一後、飛行機が飛ぶようになり、訪れる人も増えた…
コーブルグで育った60代の男性が、語ってくれました。
要塞の全容です。
「フランケンの王冠」とも呼ばれたこの要塞の一番古い部分は11世紀に建てられ、
16世紀にほぼ現在の姿になったそう。
宗教改革の時代、神聖ローマ皇帝カール5世から「追放の刑」を受けたマルティン・ルターが、
この要塞にかくまわれていたこともあるそうです。
また要塞内には領主の館があり、
今では絵画、ガラス、武器などの美術館や博物館になっています。
ドイツでも一番豊富なコレクションだそうです。
http://www.kunstsammlungen-coburg.de/
博物館や美術館は見学しませんでした。
この景色です。
そして、手前の山並みと奥の山並みの間の谷は、分断時代、東西ドイツの国境でした。
つまり、奥の山々は旧東ドイツ。
東西分断時代、コーブルグからは西のバンベルグ方向にしか行かれず
旧西ドイツの東の端、いわば終着点だったコーブルグを、
訪れる人は少なかったそうです。
統一後は、東西どちらの方向にも行かれるようになり、訪れる人も急増したそうです。
フラムクーヘン(Flammkuchen)を注文してみました。
「クーヘン」とつくものの、ケーキではなく、
ピザのような生地の上に、オリーブ、ベーコンなどがのっています。
ピザのチーズなし、さっぱり系という感じです。
飲み物は、レモネードとビールを割った「ラドラー」。

kumustaさん こんばんは。
コーブルク、私も前から行きたいと思っていた町なのです。
kumustaさんの旅行記を拝見して、よし、次は!って思いました。
お城もさることながら、古い薬屋さん、こじんまりとした旧市街…。
ここも、東西ドイツ分断に大いに影響された町なのですね。
そういう歴史を考えながら歩くのも楽しそう!
でも、アジア人嫌いのレストランには行きたくないですね(笑)。
また、お邪魔します。

frau himmelさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
コーブルグの町は小さいですが、どことなく気品のある町で、
歴史のある、ちょっと穴場的な町が好きな人には、お勧めだと思います。
コーブルグのホテルは料金が高めなので、もし予算がおありなら、近くの別の町に宿泊されたほうがいいかもしれません。
> でも、アジア人嫌いのレストランには行きたくないですね(笑)。
お店の人の愛想の悪さには、ドイツ人たちもしかめっつらをしていました。(笑)
このお店はコーブルグではなくて、近郊のNiederfullbachという村にあります。少し家畜の臭いがする村でした。
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