秋の三連休ソウルの旅 〜大長今も歩いた世界遺産 昌徳宮〜:Krisflyerさんの旅行ブログ
宋廟と昌慶宮の観光を終えるとそのまま、元来た道を通り西へと向かう。10分程歩いた所で、昔ながらの大きな門が見えてきた。ここがソウルにあるもう一つの世界遺産である昌徳宮の入り口となる「敦化門」である。
案内書(日本語版)によると、昌徳宮は1405年、李氏朝鮮の国王太宗(テジョン)により二番目の宮殿として建てられた。ちなみに一番目の宮殿は景福宮(キョンボッコム)であるが、こちらは残念ながら、世界遺産には認定されていない。昌徳宮はオリジナルの建物が多い事が理由で登録された。
昌徳宮の観光は自分勝手には出来ない。一日に韓国語、中国語、英語、日本語のツアーが何度か催行され、それに参加しての参観となる。さすがに日本語ツアーは大人数になるようだ。ツアー出発時間になるとドヤドヤと大勢やってきた。
【敦化門/トンファムン】
昌徳宮の入り口でもあり、ツアーの集合場所でもある。1412年に建てられたが、現存するものは1609年の再建である。韓国では最古の宮殿門であるらしい。
【錦川橋/クムチョンキョ】
韓国の宮殿は宮殿内部に入る前にこの様な堀に掛かる石橋を渡るような造りになっている。堀は風水による吉永の役目を果たすらしい。
橋の向こうには宮殿の入り口となる進善門(チンソンムン)が見える。
【仁政門/インジョンムン】
進善門より宮殿内部に入るとすぐ左手に見えてくる門。1405年に建てられたが消失した為、1803年に再建された。ここの門を入ると、仁政殿(インジョンジョン)へと通じる。
【仁政殿/インジョンジョン】
臣下の礼、外国使節との接見等公式行事に使用された建物。1405年に建てられたが、2度の消失を経て、1804年に再再建されたものである。
仁政殿にへと上る階段。階段の中央部にはこの様に彫刻が施されている。紫禁城にも見られるこの様な造りは中国の影響と思われる。ここは皇帝だけが通る道なので、今でも一般観光客は通ってはいけない。
熙政堂/ヒジョンダンへと続く通路。正面に有る建物の下をくぐると右手に熙政堂、左手に大造殿が有る。正面にあるのは熙政と堂大造殿とを繋ぐ廊下。高床式の建築なのが興味深い。
【熙政堂/ヒジョンダン】
元々の建物は1917年に焼失したので、現在の物は景福宮より移管してきたもの。熙政堂はもとは王の寝室であったが、後に執務室を兼ねる様になった。
【スラッカン】
大造殿の西側にある王室の台所。近代に造られたので洋式となっている。国王は結構クッキーとかケーキを好んで食べたらしい・・・。意外と現代的な人だったのですね。
【芙蓉亭/プヨンジョン】
芙蓉池/プヨンジの辺に立つ四角形の建物。建物のうちの2本の柱は池の中に浸かっている。池の中に迫り出した縁側からは国王が釣りを楽しんだという。王が魚を釣り上げる毎に音楽が打ち鳴らされたらしい。
【芙蓉池/プヨンジと宙宇楼/ジュハップル】
芙蓉池は人口の池で天は丸く地は四角いという伝統的な宇宙観によって造成されている。池は地を意味し、真ん中の島は天を意味する。
池の向こうに見える2階建ての建物は宙宇楼と呼ばれ1776年に建てられたもの。この建物の1階には学問を研究する機関や文書倉庫が置かれていた。更に左手の建物は王の図書館となっており、寒い冬にも本を読めるようにオンドルの装置が有る。
【英花堂/ヨンファダン】
芙蓉池エリアの北東に面している建物。王族の休息空間として使われた。
暎花堂前の広場では、王が参席する中で科挙の試験が行なわれた。現在この建物にかかっている看板は英祖が直接書いた。
愛蓮池エリアより再び急な坂道を登り南側のエリアに下りてきた。この建物は内医院/ネイウォンと呼ばれ、宮殿内部の医院であった。かの有名なチャングムはここで医者をしていた・・・らしい。
【楽善斎/ナクソンジェ】
1847年に王の息子の宮の東宮が有った場所に、王の休憩場所として建てられた。他の建築と違い木の自然の色をそのまま使い至って落ち着いた感じである。
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