旧信越本線跡 アプトの道 〜2008年3月〜:korotamaさんの旅行ブログ
1997年10月1日の長野新幹線開業に伴って廃止となった横川駅〜軽井沢駅間の一部が遊歩道「アプトの道」として整備されています。
横川駅隣にある「碓氷峠鉄道文化むら」のアトラクションの一つとして、「ぶんかむら駅」〜「まるやま駅」〜「とうげのゆ駅」をトロッコ電車が走っていて、それに乗って途中まで、往時を偲ぶことができます。
これはその線路。ラックレールはありませんね。
下から見上げためがね橋。
碓氷線と呼ばれた横川〜軽井沢間の11.2kmは1893年(明治26年)に開通しました。
1000分の66.7という急勾配を走るため、ドイツで実用化されていたアプト式鉄道を導入し、1963年(昭和38年)まで走り続けたそうです。
このめがね橋は、イギリス人技師と日本人技師の設計によるものとか。長さ87.7メートル、200万個のレンガで作られた、美しい橋です。
めがね橋の下を流れる霧積川沿いに小道がありました。
向こうに見えるのは、1963年に建設された新線の橋。
旧丸山変電所。
1912年(明治45年)、碓氷線を走る機関車の電化に伴い、国鉄が全国で初めて造った変電所です。
発電所から送られてきた交流電気を直流電気に変えて機関車に送電しました。
1963年(昭和38年)粘着新線の開通に伴い、その役目を終えました。
この建物、長いこと放置され荒れましたが、2000年から改修工事が始まり、この写真のような姿になりました。
レンガ造りの、どっしりとした風格ある建物です。
EF63形電気機関車。
碓氷峠専用の補助機関車として旧国鉄が設計、1962年から製造。
時間短縮と輸送力アップのため、それまでのアプト式を廃止し、EF63形を碓氷峠を走る列車に連結して新線を走りました。
除雪用ディーゼル機関車 DD53−1.
先端のロータリーヘッドでかき集めた雪を、脇からびゅんびゅん吐き出すんですね。
鉄道のことは皆目わからないkorotamaでも、十分楽しめた「アプトの道」&「鉄道文化むら」でした。

korotamaさま、はじめてメッセージを差し上げます。
横川の旅行記を興味深く拝見させて頂きました。
小生、此の区間に乗車したのは昭和37年夏に特急白鳥号で上野→軽井沢間で、横川まで快適に飛ばしていた列車が、横川駅を過ぎると牛歩の歩みの如くトロトロとした走りになったのを記憶しております。
後から考えると、ED42型を連結して無線機など無い時代ですので、機関車同士が汽笛を合図に登坂しておりました
最後のトンネルを抜けると軽井沢側が一面霧が深くて何も見えず、また駅頭に立った時に夏だと言うのに肌寒さを感じたものでした。
今では新幹線に乗って簡単に行ける軽井沢ですが、当時は万平ホテルも含めて静かで落ち着いた風情が今でも眼底に残ってます。
横浜臨海公園

横浜臨海公園さん、こんにちは。初めまして。
拙い旅行記を読んでくださり、そしてメッセージをくださり、ありがとうございます。
昭和37年というと、アプト式機関車がその役目を終える前年なのですね。
当時の機関車やレンガ造りのトンネル、めがね橋を見ながら、もう走っていないことがとても残念に思えました。
汽笛の音、当時のものとは異なると思いますが、今回聴くことができました。山に響く汽笛の音、なんと言うんでしょう、心がやんわりする感じがしました。
korotama
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