2007 Oahu:サボ10さんの旅行ブログ
2007年1月27日から2月4日、オアフ島を旅しました。
先ず、ワイキキに二泊、ウィンドワード(windward)地域に三泊、そして再びワイキキで三泊、8泊9日の旅。 ウィンドワードでのんびりと過ごす予定が強風、最大風速50マイル(80キロ)、のため”のんびり”出来ず、更にコーテジが31日は(強風のため)停電。 停電で行く予定だったレストランが閉店。 但し、強風で倒れた木を撮影していないので写真で見る限りでは良い気候に見えます。
日本からラニカイ・ビーチを訪ねていた若い女性たちも気候にはがっかりした様子。 旅行者にとって気候(マザーネーチュア)だけはプランできませんからね〜。
オアフ島で255枚の写真を撮影、整理して掲載しました。
ハレコア・ホテルはフォート・デルシー、過っての陸軍の砦、の中に建てられています。 フォート・デルシーには陸軍博物館(写真左上)、チャペル(写真右上)とパーキング場(写真左下)もあります。
1月27日の夜、大きな爆発音、テロかと外を見ると花火が打ち上げられていました。
ヒルトン・ハワイアン・ビレッジでは毎週金曜日に花火大会があり、行く予定でいましたが予期していない花火が我々のホテルから見ることが出来たのです。
この夜、NCR社がプールサイドで プライベート・パーティをしていて我々一般の客は入れなかったのですが、パーティで特別に花火をあげたようです。
この魚は フムフムヌクヌクアプアア と云う長〜い名前の魚。 ハワイの州魚です。
「I wanna go back to my little shack in Kealakaku, Hawaii, where Humuhumunukunukuapuaa swimming by」と歌に出てくる魚。
1月29日はレンタルカーでオアフのウィンドワードに向かいました。 ハナウマ湾を過ぎカラニアナオレ・ハイウェー(72)を北に行くとハロナ・ポイント。 そこには噴気孔があります。
更に北に進み、マカプウ・ポイントで灯台までハイクする予定でいましたが、吹き飛ばされそうな強風。 ハイキングは又の機会まで延期としました。
海の色が綺麗でした。 島は大きな方がマナナ、マナとはハワイ語の超自然、即ち神業で造られた島と云うことなのでしょう。 英語では兎の島と呼ばれています。 小さい方はカオヒカイプ。
マカプウを過ぎるとワイマナロの町。 此処に曙関のお母さんが営業する店があり(ました)関取の像が店の前にあります。
そのお母さんが昨年亡くなられ店は閉まっていて、なんとなく寂しい感じです。
ベローズに三泊したと云うことはここで朝を三回むかえたことになります。
太陽が昇る、日の出(サンライズ)と太陽が沈む、日没(サンセット)は綺麗な写真を作り出します。 ウィンワードはオアフの東側ですからサンセットは見られませんがサンライズを見ることができます。
オアフ島旅行6日目、2月1日に我々はカラニアナオレ・ハイウェーでウィンドワードを後にしてワイキキに戻りました。
右側にココヘッド、この過っての噴火口は住宅街になっています。 その谷間に植物園があります。 ココヘッド植物園です。
この植物園にはサボテン・ガーデンもあります。 その他はなんと云うこともないガーデン、時間の余り無い人はプルメリア・グローブだけで引返した方が良いかも。
写真の左上はハワイカイからのココヘッド。
2月2日にダウンタウン ホノルルにバスで行きました。 このアロハ タワーは古くからホノルルのシンボルとして存在しています。 過ってはここからアメリカン プレジデント ライン(客船)で横浜まで航海したものです。
カメハメハ王三世の命を受けて1836年に設立された ロイアル ハワイアン バンド。 マイケル 中曽根氏の指揮で毎週イオラニ パレスで無料コンサートを演奏しています。 フラ ダンスを踊っているのは ピイイラニ嬢。
イオラニ宮殿前のキング通りをわたるとアリイオラニ・ハレ(Aliiolani Hale)、Aliiは酋長、酋長の家があった場所。 そこにあるのはカメハメハ王一世の像です。
毎週金曜の夜6時半から8時までヒルトン ハワイアン ビレッジのプールサイドで開催されるフラショー、名付けて王の祝典(King's Jubilee)。
12ドル払うとプールサイドに入り、トロピカル ドリンクが貰えます。 5時半に申し込むと指定席になるそうです。
ワイキキ クヒオビーチにあるデューク・パアオア・カハナモクの像。 オリンピックの銀メダリストですが古代ハワイのスポーツ、サーフィンを世界に紹介した功労者として知られている人物です。
彼の像は南カリフォルニア、ハンティングトン・ビーチにもあります。
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