悪夢のベルトコンベアー night in Paris 編:kioさんの旅行ブログ
2012年 最初の新作でございます。m(__)m
一か月の予定で初めての欧州一人旅に出て、一週間目くらいの事だった。
その数日前に21歳になったばかりの私は、パリ郊外のアラブ人居住地に、ほど近いユースホステルに滞在していた。やがて同室になった日本人と4人で郊外電車と地下鉄を乗り継いで黄昏時のパリの街に繰り出していった。軍資金を携えて・・
学生ばかりのお馬鹿4人組は、パリの街に向かう道すがら、何故か<ムーランルージュ>に行こうという事になった。本来、自分のメンタリティでは<ムーランルージュ>はパスというかスルーの対象である。自分にとって全然関心も無ければも興味もない対象であった。
しかし金魚のフンな如く、無自覚に皆に付いていった方向音痴な私は、皆からはぐれてしまえば、夜のパリの街から、ユースホステルに戻る術すら判らないほどにボンヤリと皆の後ろを追いかけていただけなので、皆からはぐれては困るのだ(―_―)!!
初めての海外に出て一週間、情けない事に、まだ主体性が欠如していたとしか云いようがない。とてもマイペースとは云えない一人旅をしていたと、今さらながら思い返すと感じてしまう(#^.^#)
我々は幾度も道を尋ねながらモンマルトルの丘の麓にあるムーランルージュに辿り着いた。ここでは食事を摂りながら寸劇や、有名なフレンチ・カンカンのショーを観ることが出来るという話は聞いていた。赤い風車の大きく煌びやかなライトアップされた外観とネオンサインは随分と下町の浅草っぽいなあと云うのが初めて見たムーランルージュの印象だった。というか浅草がムーランルージュ的なものを真似たと云うのが正しいのかなと今になって思う。19世紀末には既にムーランルージュは劇場として存在したというのだから驚く。
しかし、いざ ムーランルージュの前に立った我々は明らかに逡巡してしまう。何となく敷居が高く感じたのか?料金が高かったのか? 多分、両方だったかと思う。ムーランルージュの前でウロウロしていた我々4人は、ここで絶妙のタイミングで美しい金髪のパリジェンヌに声を掛けられる。 「もっと良い店があるわよ、、」 と たぶん 云ったのかなあと思う(#^.^#) 小悪魔的な魔性のような笑顔を添えて・・・・→およそ免疫の無い我々は、ほとんどイチコロであった。ゴキブリ・ホイホイに絡み取られたゴキブリ同様である。ミ・ウ・ゴ・キ、 ト・レ・ナ・イ (―_―)!!
お馬鹿カルテットは美しい金髪をなびかせたパリジェンヌの後を何の疑念も持たず、強力な磁石に吸いつけられるが如く、付いていくのは当然の成り行きであった。ホントにお馬鹿だなあと今になって思うが今更、気がついても遅いのだ。(―_―)!! °ドツボに嵌っていく王道を一歩ずつ確実に歩み始めた。
漢<おとこ>は不味いと判っていても色香に勝てず、突き進まなければ為らない事が時には有るのだとしか云いようがない。← って言い訳にもならないような訳の判らぬ事を云っているような気がする私(#^.^#)
やがて我々はムーランルージュからほとんど、同じブロックに或る近くのナイトクラブのような門構えの店に連れて行かれた。店の名前は失念した。半地下のような作りのフロアへ降りていくとクラークのようなエリアで我々を掠め取った金髪女性は、<モウ ワタシ ノ シゴト ハ コレデ オシマイ ヨ>とばかり、消えてしまった。(―_―)!!
今度は蝶ネクタイを締めた男がバトンタッチという感じで我々のコートや、ジャケットをこちらで預かりましょうという感じであっという間に剥ぎ取っていく !(^^)! 客が心変わりする前にコートを脱がしちまうってのが、きっとマニュアルになっているに違いない。
薄暗い、比較的広いフロアの前にはステージ舞台があり、フロアにはテーブルとソファが幾つも置かれていたが、客が我々を除いて一人も居ない(―_―)!! (―_―)!! これってヤバイなあ と 時に鈍い私でさえ感じた。 我々はステージに一番近い真正面の席に案内された。
やがて7ソファに座ったと思ったら、メニューも出さず、数分もしないうちに、頼みもしないのに、ギャルソンというのか,黒いジャケットに蝶ネクタイを締めた中年の白髪をオールバックにした給仕が銀色のお盆にシャンパンを恭しく載せて我々のテーブルに置く。4本も!!ギャルソンの手でシャンパンの栓がポーン〜ポポーンと次々と開けられていく。他の三人の様子を見ると、もう皆 口を半開きにしてシャンパンの前で固まっている様子が垣間見えた。勿論、私も口を半開きにした状態で固まってしまったのは云うまでもない!(^^)!
ナイトクラブでシャンパンが開けられたら、只じゃ済まないという話は昔からよく聞く話である。もはや我々は、その只じゃ済まないという渦中に居た(―_―)!!
数分もしないうちに今度は違うギャルソンが我々のテーブルに来て、手書きの紙切れのような勘定書を無造作にテーブルに置いていく。200F(当時の邦貨換算で¥14000)と書かれている。4人で200Fなら高くないじゃん と思ったら、一人200Fだった(―_―)!!
何だか、分単位で次々と事が運ばれていく!(^^)!
4人の中で卒業旅行で来ているという秋田出身の生意気な男が、「ここは俺が交渉する。お前らは黙っていろ」と勝手に宣言し、身振り手振りで4人で200Fなのか1人200Fなのか確認すると、察したギャルソンはその場で手書きで200Fと書かれた紙を4枚書いて、我々の前に一枚ずつ置いた。ひえ〜〜〜やっぱり1人200Fか!!
今度は、その秋田出身の生意気な男が「コンプリ、コンプリ?」と訳の判らぬ事をギャルソンに向かって何度も云う。 ギャルソンは意味が判らぬといった風情で首をかしげる。再び「コンプリ コンプリ?」と叫ぶ秋田男!(^^)! 何だよ コンプリって?私が秋田コンプリ君に尋ねると 全部込みこみか?って意味だ。 それってフランス語か?と秋田コンプリ君に尋ねると多分フランス語だと不確かな事を云う。英語のオール・インクルードの事かと云うと、我々の会話を察したのかギャルソンがオール・インクルードでシャンパンも飲んで ショーも愉しんで1人200Fだと云うような意味をギャルソンが英語とフランス語のチャンポンで答える。そして支払いは今、してくれとまで云われちまったお馬鹿カルテットである(#^.^#)
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今、ネットで ムーランルージュの日本語サイト見ると、ディナー付のショーが16900円だった。シャンパンとショーで1万1千円台かあ、、私の話は1975年の事だから37年前の1万4千円って やっぱり相当ボラレタなあ と 改めて感じ入る私・・・
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閑話休題
我々は仕方なく1人200Fを支払った。 シャンパンをがぶ飲みするがちっとも美味しくないし酔えない。我々はほとんど酔ってもいないのに、早くショーを見せろよとそれぞれグラスをテーブルに打ち付けながら、日本語で叫ぶ。←もう品の欠片も無い最低な振る舞いですよね・・おいら達(#^.^#)
やがて トップレスの踊り子が二人だけ出てきた。明らかに我々を前にして嘗め切っているのが、ダレきった態度,振る舞いにも見て取れた。音楽に合わせダラケタ態度で踊るのだが、小馬鹿にしたような振る舞いに気の長くない私は血管が切れそうになった。一人のトップレスの踊り子が、1フィート位の高さの舞台から降りて私のテーブルの前まで来て私の鼻先でタワワな胸をブルブルと震わせる。甘噛みしようか、鷲掴みしちゃおうかと手をだそうとしたら、いつの間にか、私の背後にいた強面ふうのギャルソンに、腕を取られ、<踊り子には触れるな!>みたいな事を云っているような態度で睨まれた(―_―)!!
勝手に腹を立てた私は、「つまんねぇよ〜 もう 出ようぜ こんな店!」思いは他の3人も同じだったらしく、我々はソファーに座ってから、20分もしないうちに立ち上がった。(#^.^#)
するとギャルソンが飛んできた。ショーはこれからだ! なんで帰る?これ以上 お金はかからないよ みたいな事を英語で叫び、大袈裟な態度で我々を引き留めようとしてきた。 ここで翻意したら日本男児じゃない! みたいなすっかり大袈裟な気持ちになっている私は200フランは授業料のようなもんだと云う気持ちで店を後にした。
軍資金をたくさん持って夜のパリに繰り出してもこのザマという気持ちが皆の中にあったような気がする。 若いころから、食いしん坊の私は、200フランあったら、結構な店でフランス料理のフルコースだって食することが出来たのになあという思いを引きずるように、軽く唇を噛みしめながら、すっかり無口になった私はトボトボとユースホステルに帰って行った。宿に帰る道すがら、澄んだパリの夜空にオリオン座がクッキリと見えたのを未だに覚えている。
嗚呼20歳の頃のお馬鹿体験記でした。
FIN
PS 何だか いつもながら、4トラにあまり相応しくないような展開になってしまいました。 こ〜ゆ〜お馬鹿な事を書く人って4トラにはあまり居ないですよね(ー_ー)!!

kioさん、
ginさんの軌跡を調べていてkioさんに行き着き、たまたまパリでのボッタクリ事件に当たりました。
当方、1971年〜1974年の間、ロンパリ居住組でした。
帰りにパリ⇒インドへのユーラシア横断をヒッピーロードをたどって帰国した「日本社会復帰困難者」でした。
*現在は日本社会リタイヤ組でシニア・バックパッカー返り咲きを楽しんでいます。
さて、kioさんはginさんの行方をご存知の様子と伺いますが、ginさんは今、どうしているのか?
ご存知でしたらご教示願えたら幸いです。
別にginさんと親しくしていたわけではないのですが、彼のブログが良いので一人のファンとしてみていました。
今後ともよろしく、、、

アリヤンさん はじめまして
> さて、kioさんはginさんの行方をご存知の様子と伺いますが、ginさんは今、どうしているのか?
> ご存知でしたらご教示願えたら幸いです。
とても残念なことですが、ginさんは去年の10月にデンマークで
急逝されました。
ginさんと親しくされていた4トラのメンバーであるjosan氏の
ブログの164回目の<ウドンだより>にginさんの亡くなるまでの
様子が書かれています。

kioさん、
ginさんのパリでのブログ(70年代)の写真を見たとき、すぐに「あの70年台の熱い青春時代」がフラッシュバックしました。
それで彼のブログを見るようになり、インドでの独特な旅の仕方に感心して当掲示板で意見交換したり、チェンマイの徒然草でもお話したことがあります。
今後、どのようなタビをされるのかが期待されたのですが、すでに亡くなられたと聞いてビックリしています。
遅ればせながらginさんのご冥福を祈ります。
「あの熱い青春時代」を同時代に似通った人生の旅を駆け抜けた貴重な友人を失ったような気分です。
当時はユーラシアを旅行していて、アメリカ人についで多かったわが日本青年の一人として彼の存在に共感するものでした。
kioさんも同じような世代だとお見受けします。
健康にはくれぐれも気をつけましょう!!
そしていつまでも元気にタビを続けたいものです。
アリヤン拝

アリヤン様 こんばんわ
> 「あの熱い青春時代」を同時代に似通った人生の旅を駆け抜けた貴重な友人を失ったような気分です。
当時はユーラシアを旅行していて、アメリカ人についで多かったわが日本青年の一人として彼の存在に共感するものでした。
70年代って 本当に様々なエポックメーキングになるような事件や
出来事がありましたね。
三島由紀夫の事件、浅間山荘事件、よど号の赤軍派によるハイジャック、
ダッカでのハイジャックから始まり、人質と交換で収監されてる仲間を奪還
するという超法規解釈、、、時の総理だった福田赳夫は、<人命は地球よりも重い>とエクスキューズして、世界中から非難されたというような記憶があります。
自分は70年代後期の旅人でしたが、その当時は、全く感じもしませんでしたが、振り返って、旅していた日々は自分の青春の中での
眩しいくらいに<黄金の日々>だったなあと今になって感じますね。
文字通りに生涯の思い出の日々として、60篇も旅文が綴れる
くらいに様々な出来事と遭遇するのですから。

kioさん
おはようございます。
新作拝読…!
にやり…ウフフ!です。
誰しも多かれ少なかれある体験。そういった冒険、リスクが青春そのものなのでしょう。海外でなく国内でボッタクリ被害件数3件もある小生にとってもそれは苦くても若さの体験でした。老いては静かな日々、藤沢周平の名作「残日録」のようにはいきません。
きょうは雨の朝です。なにか春のぬくもりを感じさせる雨ですね。
次作を期待しています。
1月22日 日曜 朝 osd 拝

OSDさん こんばんわ
寒いですねえ マジで( ^)o(^ )
明日の朝は都心も積雪もあるかもですよん
> にやり…ウフフ!です。
てへへ・・ でっす。
> 誰しも多かれ少なかれある体験。そういった冒険、リスクが青春そのものなのでしょう。海外でなく国内でボッタクリ被害件数3件もある小生にとってもそれは苦くても若さの体験でした。
それ 短編仕立てにして 4トラにアップしましょう!
ボッタクリの日々、その1から始まって、その3まで書けそうじゃないですか(*^_^*)
> 次作を期待しています
月に一冊を努力目標にします

いや〜、フツーはこんなトラップに追い込まれたら、200じゃすまないでしょう、きっと。
お情けの学割付きだったのかも知れないですね。( ̄m ̄*)
しかし、危ない危ないと思いつつも付いて行く男の心理は、わたくしめにはとーてー分かりませぬ。(;^ω^)
「ボクの知らない世界が待ってるかも?(〃'▽'〃) それにここで一人逃げたら漢(おとこ)がすたるぜ。」という心理状態になるんでしょうかね。
いやはや、ほんと、男って…。(ノω`*) 笑

sur shanghaiさん こんばんわ
書き込みありがとうございます。
> お情けの学割付きだったのかも知れないですね。( ̄m ̄*)
う〜ん、、当時のパリの一流のショーの相場どおりのプライスかとも思いますけど、場末のクラブで200Fは気分が悪かったです(爆)
> しかし、危ない危ないと思いつつも付いて行く男の心理は、わたくしめにはとーてー分かりませぬ。(;^ω^)
旅先でコントロール効かなくなるんでしょうねえ
ブレーキの壊れた車で坂道を下る感じ?たぶん?
<毒を喰わらば、皿までも> こんな気持ち?
> いやはや、ほんと、男って…
ホントにアホですねん <おバカ>と書いて<男>と読む(ー_ー)!!

kioさん超久しぶりの作品たのしく拝見しました^^
やっぱりとても臨場感があって、その場で「あ、ああ〜〜そっちには行かない方が、、、」とつい手が出てしまいそうでした(笑
また非常にこの中で新鮮なところは、kioさんがまだ旅の初心者だったという頃なので、他の作品にないおっちょこちょいさというか、男の人ならだれでも通ってしまう道なのか、、失礼ながら文中よりそのまま拝借させて頂きますが、”お馬鹿カルテット”さん達はあの巴里で大変な代償を払いましたけど、このつまづきもまた後の思い出になったのではないでしょうか!?
妖艶な巴里の一場面を見せてもらえました。またkioさんの文中での表現が相変わらず勉強になりました。
また是非お待ちしております^^ ゆみなら

ゆみナーラさん こんばんわ!
寒いですねえ 明日は雪になるかもっていう話ですね。
いつもの如く、チンチクリンな妙な馬鹿話に投票まで頂きありがとうございます。
>kioさんがまだ旅の初心者だったという頃なので、他の作品にないおっちょこちょいさというか、、
いいえ 私の書いたモノはほとんど <おっちょこちょい>の発露で出来ているというか、やはり アホですよん。(';') ピラミッドに登っててしまい、降りられくなって、顔面を強打するなんておバカ者の集大成みたいなものです。
>男の人ならだれでも通ってしまう道なのか
真っ当な自分をコントロール出来る男なら、こ〜ゆ〜事にはなりませぬ(ー_ー)!! 自分を制御出来ぬ、ブレーキが壊れ気味の輩どもが餌食になるんでしょうねえ(*^_^*)
この時は、一か月の旅行で10万円しか持っていかなかったので、1万4千円は大きかったですねえ(ー_ー)!! それでもそれ以降の旅では、アホなりに学習できたのか、ほとんどボラレるという事は皆無だったので、安い授業料だったのかなあと・・・

今回もいいですねぇ
200Fで済んだと思えば良し
学生だから笑って許されたことは私も大有りです
でも記憶がよみがえらず言えない書けないです(爆)
★先日までメリーPがグルグルしてましたが
今はからっぽです
次回作および懐メロ待ってま〜す!

auntofasia さん こんばんわ!
投票まで頂きありがとうございます
> 200Fで済んだと思えば良し
> 学生だから笑って許されたことは私も大有りです
> でも記憶がよみがえらず言えない書けないです(爆)
わたし、昨夜、何を食べたか すぐに思い出せません(^_-)
しばらく考えると思い出せますからまだいいか?
もっと怖いのは昨夜ごはんを食べのたか、食べてないか
思い出せないことかと思います。
> ★先日までメリーPがグルグルしてましたが
> 今はからっぽです
メリーPってなんでしょ?? メリーポピンズのこと??(*^_^*)
メリーホプキンの事?? メリーP、、やはり謎の暗号めいています(-_-;)
autofasiaさん 時々 シュールな書き込みをされるような
気がしてなりません( ^)o(^ )(笑)

すみまっせーーーん!
シュールですか(爆)
kioさんの好きなメリーポプキンでんがなぁ
読み手を混乱させることは今後気をつけます

> kioさんの好きなメリーポプキンでんがなぁ
> 読み手を混乱させることは今後気をつけます
いやいや おおいに 混乱させてください
謎解きも楽しからずや♪♪

ナイスフォローありがとうございます
勝手に相手が承知しているものとばかり思い込んでますので
混乱させてしまうのですねぇ
これからもお言葉に甘えさせていただき
混乱させますよー!

読ませていただきました、うふふふふ。
kioさん
>何だか いつもながら、4トラにあまり相応しくないような展開になってしまいました。 こ〜ゆ〜お馬鹿な事を書く人って4トラにはあまり居ないですよね(ー_ー)!!
ものすご〜く有意義ではありませんか。
骨の髄までしゃぶられないうちに撤退したのはお利口でしたしね(*^^*)
これから1ヶ月に1本は書いてくださるんですよね?
楽しみにしております。
唐獅子婆こと唐辛子婆

唐獅子マダム こんばんわ!
悪夢のベルトコンベア 読み 且つ 投票まで頂きありがとうございます。
わたし、 中学時代のスタンドバイミー の頃から行動パターン、
あまり変わっていないということに改めて気付きました(*^_^*)
> これから1ヶ月に1本は書いてくださるんですよね?
> 楽しみにしております。
努力目標という事で・・・ ネタはあるんですけどね
(';')

最初の海外旅行でのボッタクリですか。
質がよければ高くは無いのでしょうが大体、こういう客引きのいるお店はダレてますよね。
私はあんまりボッタクられた経験はないのですが細かいのは結構ありますね。ま、最初は勉強と思いましょうか?
次回も楽しみにしています。

arfaさん こんばんわ!
寒い日々が続きますねえ
私のアホな<悪夢のベルトコンベア>に投票まで頂き恐縮至極です。(*^_^*)
いま 考えればプチ・ボッタクリという感じでしょうか
> 私はあんまりボッタクられた経験はないのですが細かいのは結構ありますね。ま、最初は勉強と思いましょうか
私も最初にこんな経験をしたので、危険察知能力が身に付き
以後、十数回、海外に出かけましたが、ボラレタという経験は
ほとんど皆無です。 arfaさん 同様、細かいのは結構 普通に
ありますが、酷いダメージを受けたということはないですねえ
200フランの授業料が効いているという感じでしょうか
と考えれば14000円の授業料は超格安だったと思えるほどです←ホントか?(^_-)
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