木場三郎さん撮影:横須賀・三浦半島の写真
| 写真の撮影者 | 木場三郎さん |
|---|---|
| 写真のエリア | 関東 >> 神奈川県 >> 横須賀・三浦半島 |
| 写真の撮影時期 | 2008年01月〜 |
| 写真の種類 | 観光(その他) |
| 写真の撮影カメラ | この画像を撮影したDoCoMo FOMA N903iの最安値情報をチェックする(価格.com) |
| 写真のカメラメーカー | この写真はドコモ / DOCOMOのカメラで撮影されました。ドコモ / DOCOMOのカメラで撮影された、他の写真を見る。 |
| 写真の旅行記 | お正月は横須賀でした。 |
| 写真のコメント | 横須賀のことについて書きます。 この町は江戸時代には精々200戸位しか人のいない寒村だったのが、 明治以降激しく人が流入しました。 そんな町に誰がしたのかいうと 江戸末期に遡って小栗上野介忠順(オグリコウズケノスケタダマサ) という偉い方なんです。 彼は徳川幕府の要人で幕末当時勘定奉行。 横須賀の地に造船所を作ることに着手しフランスから40名以上の技術者を導入。 造船所建造は維新後も明治新政府に引き継がれ、 横須賀は日本の近代工業発祥の地となりました。 明治の産業発展を担った多くの技術者が育った場所だからです。 横須賀湾を臨む海岸べりにヴェルニー公園という洒落た洋風公園があります。 ヴェルニーさんとは幕府の命を受けて横須賀造船所の建設に実際に携わったフランス技術者。 彼の功績を讃えて公園に名前が付されています。 小栗上野介忠順は1827年に生まれ、そして 1868年つまり明治維新の翌年に41歳で死んでいます。 幕府側の要人だった彼は官軍により斬首された。 一方ヴェルニーさんはそのまま新政府にも雇われて1876年に帰国するまでこの事業に邁進できた。 なにか矛盾を感じませんか? 公園の名前です。 横須賀造船所建設の方針を作り、その方向付けをして予算もつけた主体者が斬殺され、 彼の使用人が、(単に使用人の技術者であったからこそでしょうが)継続雇用活用され、 高給を得て帰国。 ヴェルニーさんの功績を否定するのではありません。 でも公園に名前をつける場合 せめて小栗ヴェルニー公園と両者の名前を付さないと公平性に欠けませんかね。 ヴェルニー公園からは横須賀港に停泊している沢山の船を見ることができます。 殆ど全てが灰色の船と黒い潜水艦。つまり米軍、自衛隊の船たちです。 なかなかの景観です。 「正月や 潜水艦の 甲羅干し」三郎 写真は義父家の食卓。お正月の蜜柑でした。 |
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