ヨーロッパ東端、アジアとの境 イスタンブール、トルコ周遊の旅 (イスタンブール編その1):kazuuzooさんの旅行ブログ
2011年12月30日:ブリュッセル−イスタンブール
2011年12月31日:イスタンブール−イズミール−セルチュク
2012年1月1日:セルチュク−エフェス遺跡−セルチュク
2012年1月2日:セルチュク−パムッカレ
2012年1月3日:パムッカレ−イスタンブール
2012年1月4日:イスタンブール−ブリュッセル
この大きな建物、ドルマバフチェ宮殿です。
この宮殿は1856年に完成したオスマン帝国スルタンの王宮。1922年にオスマン朝が滅亡するまで王宮として使用され、その後はトルコ共和国大統領の執務室として使われたそうです。イズミールで岩山に彫刻があった共和国初代大統領アタテュルクもここを利用しており、ここで亡くなったそうです。
チュラーン・パレスホテルです。現在は最高級ホテルですが元々は1867年に造られた宮殿。イスタンブールには昔の建物を利用した高級ホテルが多い気がします。フォーシーズンも元々は刑務所みたいですし。
これも歴史のある街ならでは!?
ボスポラス海峡大橋を越えて、その先に架かるもう1本の橋、ファーティフ・スルタン・メフメット大橋です。この橋の手前は海峡がせまくなっていてそこにルメリ・ヒサリという砦が建てられています。ちょうど船の左側の丸い部分がルメリ・ヒサリです。ここで、船は折り返してイスタンブールに戻っていきます。
続いて海上から見たトプカプ宮殿です。
トプカプ宮殿は15世紀メフメト2世が建設、ドルマバフチェ宮殿に王宮が写るまでの約400年間、王宮としての役割を果たしてきた建物です。
現在のアヤソフィア入ります。
アヤソフィアは元々はギリシャ正教の教会、それをモスクに変えた建物です。なので、モザイクもキリスト教がらみのものがたくさんあります。
ちなみに現在のアヤソフィアは教会としてもモスクとしても使われておらず、博物館です。
右側に見える建物は、16世紀のスルタン、ムラド3世によって建てられた建物で、ムアジン(コーラン朗読者)のために造られたものだそうです。
イスラム教関連の建物ということですね。
ムラド3世の時代にベルガモン(現在のベルガマ付近)からここに持ち込まれた大理石の壺。もともとは紀元前4世紀のヘレニズム時代に造られたもので1枚岩から造られています。
1階最後に見学するのが端の方にあるこの柱。下の方が銅板で覆われています。
この柱、マリアの手形と呼ばれている柱で、真ん中の穴に親指を入れて、指を抜かずに他の4本の指で円を描くように1周させることができると願いが叶うと言われているそうです。
最奥部にある2つのモザイク画です。
左側は聖母が子供を抱いているモザイクを中心に、ヨハネ・コネノス2世とイレーネ皇后が囲んでいるモザイク、そして右側のモザイク画はキリストを中心に、左側がコンスタンティヌス9世、右側がゾーイ皇后だそうです。
出口の門を出たところにあるモザイク画です。
中央に居るのは聖母マリア。聖母マリアに左側に居るユスティアヌス帝はアヤソフィアを紹介し、右側に居るコンスタンティヌス帝は昔のイスタンブール、コンスタンティノープルを紹介している図を表現しているのだそうです。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。