リヒテンシュタイン、オーストリア山満喫の旅その1:kazuuzooさんの旅行ブログ
2010年8月21日:ブリュッセル‐ミュンヘン‐トリッセンベルグ
2010年8月22日:トリッセンベルグ‐マルブン‐ファドゥーツ‐インスブルグ
2010年8月23日:インスブルグ‐グロースグロックナー‐ザンクトヴォルフガング
2010年8月24日:サンクトヴォルフガング‐ザルツブルグ‐グルンドルゼー
2010年8月25日:グランドルセー‐ハルシュタット‐ミュンヘン‐ブリュッセル
ザルツブルグに行こう!と思って計画と立てたらあれよあれよと行きたいところが増えていき、かなりの強行スケジュールになってしまいました。ザルツブルグ周辺だけでなく、インスブルグ、そして最後にはリヒテンシュタインまで入れてしまいました。
リヒテンシュタインは空港のない国、そこでミュンヘンから車で周ることにしました。ミュンヘンからアウトバーンでドイツからオーストリアにまずは
はいります。が…オーストリアは高速道路が有料!!ということで国境でチケットを買います。
オーストリアからリヒテンシュタインの国境に入るときにはもう辺りは真っ暗に…
ドイツ‐オーストリアの国境もそうですが、とくに大がかりな検問はありません。この写真はリヒテンシュタインの税関ですが、人は誰もいませんでした。
その後宿に到着、この日はゆっくりと休みました。
翌朝起きて天気を確認したらびっくり。ちょうど日の出の光が山を赤く染めてました。思わずパチリ。
ちなみにリヒテンシュタインは世界で6番目に小さな国。オーストリアとスイスに接していてますがスイスとの結びつきが強く、通貨もスイスフランでした。
この写真に写ってる山も実はスイスの山です。
朝食を食べて、せっかくなのでリヒテンシュタインを少し観光することに。
現地調達した案内を見たらマルブン??(Malbun)からリフトがあり、2000mからの眺めが堪能できることが判明!ということでまずはこの街に向かいました。
この展望台よりも高い山が近くにあります。ガムスグラット山、この展望台よりも200m程高い2201mの山だそうです。
展望台で散策はこのくらいにしてちょっとマルブンをブラブラすることに。
リヒテンシュタインの国会議事堂です。リヒテンシュタインの議員は25人、
まぁ国が熊谷市と同じくらいらしいので、熊谷市の議員数を調べてみたら61人らしい。ということは小国とはいえ少ないのかな!?
まぁ人口は熊谷市の方が多いでしょうけど。
ここからシュテットレ通りを散策。
シュテットレ通りはファドゥーズの街の中心で店が連なってます。
ただこの日は日曜日で店は残念ながらほとんどしまってました。
ちなみにリヒテンシュタインはタックスヘーブン、消費税がありません。
ファドゥーツの議会みたいです。リヒテンシュタインも小さな国ですがその中の街にも議会があるんですね。この議会の周りは広場になっていて、レストランもたくさん並んでました。
ファドゥーツの街から山を登ってファドゥーツ城にやってきました。ここは今でもリヒテンシュタインの侯爵が住んでいるため内部は見学できません。
リヒテンシュタインの侯爵はとてもお金持ち。リヒテンシュタインの国土以外にもリヒテンシュタインの国土より大きな土地を所有しているのだそうです。
ファドゥーツ城から見た景色です。高台にあるだけあって遠くの山までよ〜く見えます。毎日こんな景色を見ながら生活するなんてうらやましい!!
この後、リヒテンシュタインを後にして一路インスブルグへ向かいます。
インスブルグは過去2回も冬季オリンピックが開かれている街です。
しかも1964年、1976年と短期間で2回開催されました。そう言えば1964年は東京オリンピックが開催された年ですね。
かなり登ってきました。頂上までは時間の関係で行けませんでしたが途中の展望台から見たインスブルグの街並みです。インスブルグの街が山に囲まれているのがよ〜く分かります。
結構バタバタでしたが、最終のロープウェーで下山です。途中山並みをパチリ。ちょうど撮った写真の中央下側、リージュのコースがちょこっと見えます。
下山後、晩御飯を食べるためにインスブルグの街中へ。
お腹がすいたので夕食を食べてインスブルグの街をブラブラ開始です。
まずは凱旋門。この凱旋門は戦争に勝った記念に建てられたものではなく、ハプスブルグ家の女帝マリア・テレジアの息子レオポルト2世の結婚を記念して1774年に建てられたものだそうです。
聖アンナ記念柱のそばにあるピンクの教会、シュピタール教会です。
元々はここには病院があったそうですがその病院が取り壊されて教会になったようです。教会は1700年に建設が開始されたそうです。
マリア・テレジア通りをまっすぐ進むといつしか旧市街へ。旧市街に入るとヘルツォーク・フリードリヒ通りと名前が変わります。
旧市街に入ってすぐ、この塔は市の塔です。
14世紀に街の火の見櫓の役割で作られた塔で現在も塔の上から街を一望できます。
早速登ろう!と思ったら営業終了でした…残念。
インスブルグの代表的な建物、黄金の小屋根です。この建物に面した広場で行われる行事を見物するためにローマ皇帝マクシミリアン1世が造らせたそうです。マクシミリアン1世はチロルを治めることになったとき、バイエルンに多額の借金があったそうですが、当時蔓延していた汚職を一掃し、経済政策をおこなうことで6年間で借金を完済したのだそうです。
この建物はちょうど完済するかしないかの時期に建てさせたものです。
黄金の小屋根の建物から広場を挟んで反対側、ヘルプリングハウスと呼ばれる豪華な装飾が施された建物があります。
元々は貴族の住居だったそうですが、その時はここまできれいな装飾はなされてなくその後、壁の装飾が施されて今に至るそうです。
イン川に架かるイン橋までやってきました。ドイツ語で書くとInn Brucke
この名前街の名前と似てません!?
なんでもインスブルクって元々イン川の橋って意味らしいです。
ということはここが街発祥の地??
橋の向こうにはカラフルな建物、そしてその向こうには山が見えます。
1180年にイン川に初めての橋が掛るまで、実は街は川の対岸にあったそうです。橋が架かり、現在の旧市街の場所に街が移った後、街は城壁で守られていたそうです。
その城壁の跡が若干ですがイン川沿いの建物に残っています。
こんな感じですが、これだとちょっと城壁だとは分かりませんね。
州立劇場です。
写真では分かりずらいですがこの前の広場にクッションがたくさん敷いてありました。
クッションではゆっくりくつろいで本を読んでいる人がたくさん。
ということでちょっとここで休憩。
州立劇場、噴水の向かいにある王宮です。王宮にくっついているのが写真左側にある宮廷教会です。
宮廷教会には黄金の小屋根を造らせたマクシミリアン1世の墓石があります。
しかしながらここの墓石にはマクシミリアン1世は安置されませんでした。
理由は借金があったから…
そのため、マクシミリアン1世は遺言でお母さん、エレオノーレが安置されているヴィーナーノイシュタットの聖ゲオルク教会に遺体は埋葬するように話をし、その通りになったそうです。ただ心臓はブリュージュにある聖母教会の妻マリーの墓に埋葬されたのだとか。ブリュージュってベルギーではないですか!?ちょっとびっくりです。
すっかり周りも暗くなりました。
再度凱旋門に戻ってきました。
凱旋門はレオポルド2世の結婚を祝ってできたものですが、実は結婚を祝うためにインスブルグを訪れたフランツ1世(マリア・テレジアの夫)が急死、その死をしのんだ彫刻も彫られているそうです。
天気予報だと明日はあまり天気が良くないとのこと。
でもこんなにいい天気なのに…せっかくいい天気なので、インスブルクからさっき訪れたイグルス方面の夜景を撮ってみました。中央の光がインスブルクのスキージャンプ台です。
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