パリ便り 475-1 ナントで思い出す宗教迫害:ソフィさんの旅行ブログ
1961年10月3日(火)
今日から、フランス西部の旅に出掛ける。
先週の、フランス南部の旅に引き続いての、強行軍である。
今日の最終目的地はナントだが、パリ・モンパルナス駅を8時30分に発って、先ずブルターニュ地方の入口レンヌを経て、ノルマンディのドールへ行く。
ここを訪ねた目的は、レサール橋を見ることだった。
この橋は、日本では想像も出来ない、とてつもなく大きいコンクリート橋である。
再びレンヌの戻って乗り換え、ナントに至り泊る。
夕方到着したナントでは、当地の構造物管理区長さんが、お子さん連れでわざわざ駅に出迎えて下さる。
日本の切手を是非手に入れたいとのことなので、後日お送りすることにする。
ナントはパリの西、ロワール河の河口に近く、パリから出発するロワールの城めぐりの終点だ。
1598年,新教徒に信仰の自由を認めた「ナントの勅令」で、歴史に名をとどめている。
1562年以来の宗教内乱に終止符を打つため、ブルボン朝初代でプロテスタント(ユグノー)のアンリ4世は、国王に即位してまもなくカトリックに改宗(1593)し、この勅令でユグノーにもカトリックとほぼ同等の権利を与えることとした。
だがプロテスタント(ユグノー)への弾圧は続き、勅令はルイ14世時代1685年に廃止されてしまう一方、その間多くのユグノーは海外に亡命した。
カナダのケベックや、アメリカのルイジアナ州に、日常的にフランス語を話す人がたくさん現存しているのは、その子孫である。
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