故郷金沢懐古の旅【1】雪を訪ねて:ソフィさんの旅行ブログ
子供のときの愛唱歌「雪」を歌ったら、雪景色を見たくなった。
この歌は明治44年から文部省発行「尋常小学唱歌」第二学年用に採用され、以来百年近く子供達に親しまれている。
昨春から、日本在住外国の方に日本の歌を紹介し、日本の風情や心を理解していただこうと月1回「にほんのうた」と称するサロンを開いているが、「雪」は一月の課題曲だった。
出発の朝になると、何時になく心の華やいでいる私を発見する。
朝食もとらずに、早々に家を出る。最近の大阪駅には素敵なカフェが出来、ここでの落ち着いた朝食が、旅の楽しみの始まりである。
旅に出ると、昔が思い出される。旅の良さは新たなものの発見だろうが、外に向けてだけでなく、自分の内部に向けても好奇心が深まり、新たな自己発見の喜びもあることに気づく。この点は一人旅の良さかも知れない。
こんなことを思いながら熱いコーヒーをすすり、予定していたサンダーバードを30分前の雷鳥に切り替え、11番ホームに登る。このホームは昭和初年高架化されたもので、杭の長さが6mしかなく、地下水汲み上げによる沈下に悩まされた。
現大阪駅ビルの建設では、地下20m掘り下げたので、このホームがさらに沈下するのではと心配したものだ。
空席が多くて静かな車内が有難く、いろいろな想いに耽る。
昔の普通列車は吹田、茨木、摂津富田、高槻と各駅に停まった。その都度蒸気機関車は汽笛を周りの山にこだまさせ、シューゥ、シューゥと蒸気を吐きながら走り出した。何度経験しても、子供心を掻き立てる光景だった。
さあトンネルだ。慌てて窓を閉める。杉津の絶景。煤で真っ黒になった顔を洗う今庄駅ホームの湯気立つ洗面所、美味しい立ち食いそば。
昔は感動が多かった。不自由のない今の時代、「ないものが判っている状態は、むしろ幸せである。ないものが見えない世界、これはいささか暮らしにくい。」(養老孟司)。アア長生きしたものだナァ。
老人の気難しさか、車掌の、心より形が先行している感じの、慇懃すぎる敬礼が気に掛かる。テレビに出てくる社長の光景とダブルのだろう。
先日ドイツで経験した車掌の、堂々としながらもにこやかな態度は、実に気持が良かった。しっかりと、責任と誇りが秘められた感じである。
フランスの車掌はもっと柔らかだが、客への好意が溢れている。
日本も戦前の国鉄はそれに近かったように思う。終戦と共に悪役化して居丈高になり、無愛想に変った。
国鉄だけでなく、社会全体が自信を喪失し、生きることに誇りを失い、卑屈さが目立つ時代になった。JRになってからはずい分改善されたが、まだ心は完全に快復していない。
トンネルを二つ越えて近江盆地に出ると、もう雪景色だった。
比良の山なみは白雪凱々。
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