カザフスタン ウシトベの里に伝わる「サーカスの歌」:浦潮斯徳さんの旅行ブログ
まだ私が子どもの頃は、大道芸人たちが、日本を渡り歩いていました。このときに、人寄せのために、ある物悲しい音楽が、流れていました。私たちは、この曲を「サーカスの歌」とか「チンドン屋の歌」と、呼んでいました。正しくは、長崎の佐世保で生まれた、「天然の美」という曲です。
この「天然の美」が、カザフスタンのタルディクルガンとバルハシ湖の間にある、ウシトベという町の朝鮮人(正しくは、高麗人コリョサラム)たちの間で、「故国山川」として、歌いつがれているのです。
ウシトベにいる朝鮮人たちは、もとは、ロシアの沿海州に住んでいました。1937年当時は、朝鮮人とそっくりの日本人が、スパイとして、沿海州で暗躍していました。
スターリンは、この事態を憂慮して、1937年に沿海州に住む朝鮮人を、根こそぎ中央アジアに移住させました。
このあと1941年には、ヴォルガ川流域に住むドイツ人(ヴォルガ・ドイツ人)を、中央アジアに追放しました。1944年には、ナチスに協力したとされたチェチェン人が、中央アジアに追放されました。このほか、カフカスのカラチャイ人、イングーシ人、バルカル人、そしてクリミア・タタール人、メスヘチア・トルコ人、黒海沿岸のギリシャ人を、中央アジアに追放しました。
今回のウシトベ訪問は、ただこのサーカスの歌を、知っている人に会いたい、この一心からでした。
有力者で、お金持ちの娘イリが、川になったというイリ川を、せき止めて作ったカプチガイ貯水池です。長さは、120キロあります。イリ川は、西部バルハシ湖に、流れこみます。
こちらも、カラタル川から引いた、用水路です。農業に得意だった朝鮮人は、懸命に働いてお金を稼ぎ、子どもの教育に、投資しました。それゆえ、カザフスタンでは、朝鮮人はお金持ちの民族のようです。
大河のイリ川を、塞き止めた、カプチガイ貯水池に、戻って来ました。
大金持ちのバルハシの娘イリが、川になったというイリ川です。
大富豪の娘らしく、堂々たる川ぶりです。
いつの時代でもそうですが、父親は、自分の娘を、自分より貧しい男には、やりたくないようです。
でも今は、出来ちゃえば、父親は許すみたいですね。
孫は、文句なく、子どもより可愛いと。
あの当時は、ダメだったんですね。
まあ私の家は、私で、お家断絶ですが。
沢山の人が、アルマティから、車で1時間かけて、やって来ます。
私は、ここで泳ぐ気は、ないですねえ。
あまり綺麗でない、イリ川が、イリデルタで、綺麗になってバルハシ湖に。
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