イシククル湖より綺麗な、西部バルハシ湖紀行:浦潮斯徳さんの旅行ブログ
カザフスタンの西部バルハシ湖に、行ってきました。バルハシ湖は西部が淡水で東部が塩水という不思議な湖です。このバルハシ湖には、美しくも悲しい伝説があります。昔々、この地方には、お金もちで有力者のバルハシに、イリという美しい娘がいました。あるときバルハシは、競技の勝者に娘のイリをやると、発表しました。しかしイリには、カラタルという貧しい牧童の恋人がいて、お互いに愛しあっていました。競技ではカラタルが優勝しました。ところがバルハシは、貧しいカラタルに、娘をやりたくなかったのです。そこでカラタルとイリは、駆け落ちをしました。怒ったバルハシは、2人を追いかけましたが、追いつくことが出来ませんでした。バルハシは、イリとカラタルを川に変え、自らもその間に飛び込んで、湖になりました。こうしてバルハシ湖が出来たのです。大河のイリ川は、西部バルハシ湖に流れこみ、カラタル川は、東部バルハシ湖に流れこんでいます。
カザフスタンの南都アルマティから、バルハシ湖に車を走らせます。お腹が空いたので、カフェーに入ります。お店の中で、ウイグル人の女の子とカフカス系の女の子が、仲良くラグマン(トマトスープのうどん)を、食べていました。カザフスタンは、120の民族が仲良く暮らしている、とても面白い国だと、カザフ人の露語の先生が、おっしゃっていましたが、確かに興味深いです。
クーフニヤ・オリガという店です。
勿論、汁つきラグマンを、注文します。
ラグマンですが、ホテルやレストランだと、既成の麺を使います。
おいしいラグマンを食べたいなら、こういったカフェーじゃないとです。
これが、ラグマンです。
汁つきと、汁なしが、あります。
トマトスープに、お野菜とお肉が。その中に、きしめんのような麺が。
麺は、自家製じゃないと、美味しくないですね。
ここのは、自家製です。
勿論、美味しいです。
アルマティを過ぎて5時間、やっとバルハシ湖が見えてきました。エメラルド・グリーンの湖は、とても美しいです。
露語の先生は、「カザフの人は、イシククル湖より、バルハシ湖の方が、綺麗だと言います。でも、バルハシ湖よりもっと綺麗なのが、アラコリ湖です」と、おっしゃっていましたが。
この町は、サリシャガンという町で、ソ連時代は、、ミサイルを作る工場があり、閉鎖された町でした。すぐそばのプリオゼルスクという町は、対中国、イランのミサイルの迎撃のための基地があり、ソ連の優秀な学者たち、国防の理想に燃えた若者たちが、働いていました。ソ連が崩壊したあと、このプリオゼルスクの町は、廃墟になってしまいました。カザフスタンと中国は、友好関係にあるので、そんなものは、必要ないようです。
ソムのお味ですが、鯨のベーコンと、よく似ています。
ただとても塩からいです。
ソムの皮は、ゴムホースのようで、とても噛み切れません。
横浜の伊勢佐木町で食べた、なまずの薄作り(刺身)の方が、美味しかったです。
なまずの薄作りは、ふぐに勝るとも劣らない、と言われていますが、燻製はイマイチです。
8時間かけて、やっとバルハシ市に。
もう夕日に、照らされています。
バルハシ湖の前に、ナチス・ドイツと戦った、T34戦車が。
ドイツの名将ハインツ・グデーリアン将軍は、この戦車を、
「それは、最高の戦車であった」と述べています。
夕日に照らされたバルハシ湖は、とても綺麗です。バルハシ湖に出てみましたが、水は塩からくありませんでした。バルハシ湖を、東西に分ける、サリエシク半島より西のバルハシ湖は、淡水湖のようです。西部バルハシ湖は、緑色をしており、透明度は低く、東部バルハシ湖は、青色をしていて、透明度は高いとのことです。バルハシ市から東部バルハシ湖を経て、アクトガイに出る道が地図にはあります。地元の人によれば、この道はまるで、爆弾が落とされたかのように、デコボコの道で、パンクを覚悟しなければならないと言われたので、残念ながら諦めました。東部バルハシ湖に行くにはい、次回にすることにしました。
帰国後、現地旅行社とのやりとりで、分かったのですが、バルハシからアクトガイに行くには、車で2日かかるようです。途中でカラクムという漁村に、20世帯くらいが住んでいるだけで、あとは無人のステップのようです。携帯電話も不通の地域が多く、タイヤのパンクの修理が出来る人と一緒じゃないと、無理なようです。
クルト(ラクダのミルクで作った乾燥チーズ)と、シュバット(ラクダのミルク酒)です。
クルトは、熱い緑茶に砂糖を混ぜて、一緒にいただくと、いいです。
シュバットは、塩味の牛乳みたいです。
もう少しバルハシ湖に沿って、東に進みました。ここの湖水を舐めてみましたが、やはり塩からくありませんでした。バルハシ湖の塩からい地域へ行きたければ、アルマティ近くまで戻って、タルディクルガン市を経て、東部バルハシ湖に出ないと、無理なようです。残念ながら今回は、西のバルハシ湖の色と、東のバルハシ湖の色を、比較することはできませんでした。また日本に戻って働かなければなりません。働かざる者、食うべからずです。さらばバルハシよ、また来るまでは、しばし別れの涙がにじむ、というところですね。
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