ちょいぶら長崎その三:jujusmdさんの旅行ブログ
本日は港へ来ました。港内の海面の色は五十年前の昔と変わらず綺麗でした。長崎へ来ると時間を取って一人で必ず大波止へ来ます。その頃は長崎駅寄りに水産場が有り。沢山の漁船が停泊し魚を下ろしていました。いわし等はただでバケツいっぱい貰えました。雑然とした雰囲気でしたが船を見るたびにワクワクした気分になったものです。小学2・3年生の頃クラスの女の子のお父さんが乗る漁船が韓国に拿捕されたと授業中に連絡が有り泣きながら帰って行く顔が今でもなぜか忘れることが出来ません。水産場から大波止へは停泊する漁船群と立ち並ぶ倉庫群、エンジンの音、修理を行う音、クレーンの音、魚を満載したトラックの音しかし何故か人の声の思いでは有りません。岸壁と船の間で泳ぐ小魚、水中のもやいロープをつっく小魚、キラキラと海面で反射する太陽。大波止に着く。ここは桟橋が有り、造船所への通勤用の船、近い島や五島行きの船が出入りし今より多くの人がいました。夏休みには焼き印の木札を首から下げこの桟橋から「ねずみ島」まで毎日友達と船に乗り泳ぎに行った。おくんちには御旅所が出来た。龍踊り、傘鉾、鯨の潮吹き、唐人船、オランダ漫才、そして御輿。サーカス、見せ物小屋、出店が出現し父に連れられ、お小遣いを貰い空中ブランコ、大きなかごの中で動き廻るバイク、見せ物小屋のろくろ首、巻き玉式のピストル、そしてこの時期母がに作ってくれた甘酒。少し酸っぱくなりかけが好きで毎年、県外に出てからは帰るたびに作ってくれた甘酒。港を見ると何故か蘇る。いろんな国の船アメリカ軍の船その船の見学で、砂糖とミルクタップリのコヒーと厚いクッキー。こぼれた砂糖でべた付く床のもったいなさ今までこのときのクッキーが一番。ヨットハーバー小綺麗なレストランになっている所も倉庫が有り中で一人おじさんがみかんの缶詰にラベルを貼っている。聞くとアメリカへ売る。10円が1ドルになると説明してくれ、「食べんねー」と開けてくれた。その倉庫群の裏の電車通りを越した所に赤い煉瓦作りの建物が小学時代の最大の遊び場所だった。目覚町よりここまで歩いてきた。良く歩いた。電車賃往復20円大金でした。ここでは地球の歴史、雷の落方、魚の標本、江東区の地盤沈下の映画、中庭の池の魚、虫の標本、板張りの床と階段、ベランダの椅子。暑い暑い夏の一日。思いの時が詰まった忘れられない場所。ただ今は中に入ることが出来ません。港の海面とこの建物だけが変わらず残っていました。今回は行きませんでしたが登って遊んだ爆心地の鉄塔と平和記念像。故郷とは良き物で有ります。
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