京都府 京都市 秋の嵯峨野めぐり−3(落柿舎、二尊院、大河内山荘など):bossさんの旅行ブログ
秋の嵯峨野をめぐる一日の締めくくりとして、落柿舎、二尊院、大河内山荘を訪ねます。
落柿舎は嵯峨野観光のメインストリートにあって、俳人で松尾芭蕉の門下の一人であった向井去来が閑居した跡と云われています。
名所・史跡を訪ねて
http://joy555.blogspot.com/2009/11/blog-post_8756.html
二尊院を訪ねます。
二尊院は、天台宗の寺院で山号は小倉山といいます。総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は、紅葉の名所として知られ、奥には、百人一首ゆかりの藤原定家の時雨亭跡とされる場所があります。
二尊院総門(2001/11/21撮影)
平安時代初期の承和年中(834年 - 847年)、嵯峨天皇の勅により円仁(慈覚大師)が建立したと伝えられ、以後、荒廃するが、鎌倉時代初期、法然の高弟である湛空らにより再興。
二尊院勅使門(2001/11/21撮影)
応仁の乱により堂塔伽藍が全焼しますが、本堂と唐門が約30年後の永正18年(1521年)に三条西実隆によって再建されました。
二尊院本堂(2001/11/21撮影)
昨年、京都を訪ねた折、嵯峨野でも有数の古刹、清凉寺に立ち寄りました。
清凉寺は、浄土宗の寺院で山号を五台山と称し、嵯峨釈迦堂の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られています。
清涼寺 本堂(2001/11/21撮影)
「五台山」の額が掛かる仁王門を入ると、正面に三国伝来の釈迦像を安置する本堂(釈迦堂)があります。
清涼寺 仁王門(2001/11/21撮影)
昭和9年(1931年)、傳次郎34歳のとき、当時長期保存が難しかったフィルムに対し永く消えることのない美を追究するため、自身で設計しこの庭の造営を始めました。映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで30年の歳月をかけてこつこつと作り上げたもので、東の嵐山、遠くは比叡山、西の保津峡を借景にした回遊式であり庭師広瀬利兵衛とともに造営を行いました。
大河内山荘 中門
大河内山荘にて
愛宕念仏寺を起点とした、秋の嵯峨野めぐる1日・・・、大河内山荘の見学が最後となりました。
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