伝説とロマンの町 二本松市 安達町:義臣さんの旅行ブログ
観世音寺
「妊婦の生き胆を飲ませれば姫の病気が治せる」
易者の言葉を信じ
秋の夕暮れ、
一夜の宿を求めた若夫婦
しかも身ごもっている様子。
産気ずいて夫は薬を求めて外へ
老婆は、今だ、、とばかり出刃をふるう
苦しむ若妻、持っていたお守りから
別れた娘とわかり 気が狂い鬼になってしまった。
以来旅人を殺し 生血を 生肉をすすり食す
哀れ 安達が原の鬼婆と言われるように。。。
鬼婆の住んでいた岩屋の向こうに
初秋の青空。
鬼婆は旅の僧侶の如意輪観音の光の矢で
亡くなります。
公家の姫を思い
知らずに我が娘を危め 孫をも
鬼となった
哀れな女性の話で。
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鬼婆の安達ヶ原
安達ケ原ふるさと公園に整備されたんですね。
昔は今にも鬼婆が出てきそうな雰囲気でした。
千恵子の生家も整備されたようです。
生家の裏の小高い丘が公園になっていて
千恵子が良く散歩されたとされ
ここからの安達太良山は素晴しいです。
義臣さんの写真にもあるように
青い空が印象的です。
昔の福島勤務は隣町でした
懐かしい・・・。
いっちゃん

今晩は、ただいま。。我が家へ。。
ふるさと公園は広い、綺麗、でしたが、
団体ゆえゆっくり見ることが出来ませんでした。
裏の公園も時間切れ、
降りてきた人に聞いたら。
雲で、、見えなかったの事です。
数年前に行った時も雲で、
どうも私は安達太良に縁がなさそうで。
義臣
隣町にも何かありますか?
保原町には仕事で一度行った事があるのですが
観光は出来ませんでした。

隣町・・・伊達群川俣町ですが、これと言って名所はありませんでした。
川俣町は絹の生産で明治時代から栄えた町で
福島市に日本銀行があるのも川俣町から絹糸を横浜港経由で輸出していたためだとか!
今でも織物の町ですが20年も前から中国製品に押され過疎化が進んでいました。
昔は東北線松川駅(松川事件で有名な)から川俣町まで支線があったようですが、終点川俣駅は町の中心に入れず町外れで止めたそうです。
蒸気機関車のばい煙が絹織物に影響するからとの理由だそうです。
廃線の頃使用されていた蒸気機関車が昔の駅近くに保存されていたのですが、その蒸気機関車が整備され真岡鉄道で活躍していると聞いた事があります。
余り情報にはなりませんが・・・。
保原町には工場建設で消防本部が広域で保原町にあり、よく通いました。
今では25年も前のことです。
いっちゃん

義臣さん、もう一つ思い出しました
保原町の隣に霊山町と言う町に
霊山と言う奇岩の名所があり秋には素晴しい景色が望めるのですが
その裏側と言うか山ろくに霊山神社があります
この霊山神社は菊の紋章でした。
訪ねた時、余り深く調べなかったのですが
皇室直属の神社?・・・と聞いたような!
知識が乏しくて(恥)
義臣さん・・興味があるのでは。
不確定情報ですみません。
いっちゃん

丁寧に有難う、
霊山神社は 南朝の北畠信房一族が祭られているとか?
かすかな記憶、 気になってる神社なので。
蒸気機関車、、あれが。。
真岡の祭りに今年はと思ってるので見られるかも知れませんね。
義臣

「安達が原の鬼婆伝説」 初めて知りました。
日本の伝説や昔話って哀れで悲しいものが多いですよね・・・
怨んだり呪ったりっていうのも。
ちょっとかわいそうだけど、面白い話を教えていただきました。
MILFLORES

MILFLORESさん
話は前後まだあるのですが私なりの解釈書いて見ました、
民話の本やお寺さんの印刷物でも
鬼婆が祐慶と言う人に退治されて、
良かったような書き方です、
私にはそれもですが
鬼婆の哀れが思われてあのように書いて見ました、
実の娘をお腹の孫を、、気が狂うのは、、判ります。
哀れ。。殺される方も哀れ、殺す方も哀れ、
義臣

私も行きました。
黒塚も、智恵子の生家も。
黒塚では、劇のようなものを見た記憶があるのですが、
今でもやっていますか?
とても暑い日でしたが、空が広いなぁと思ったことを
覚えています。
智恵子の生家は、最初に行ったのはもう20年近く前に
なります。
全く整備されてなくて、その日は雨も降っていたので、
もう少しきちんとすればいいのにと思ったことを覚えて
います。
2度目に行ったときは、とてもきれいになっていましたが、
その時黒塚にも行ったのだと思います。
智恵子と光太郎がよく歩いたといわれている道があって、
そこは小高い丘になっていました。
ここで光太郎が、「樹下の二人」を詠んだようです。
「あれが安達太良山
あの光るのが阿武隈川、
こうやって二人静かに座っていると・・・ 」
っていうあの詩は、大学時代に勉強して、いったいどんな所が
智恵子の生家なのだろうと思いを馳せたことも、はるかな昔の
ことになってしまいました。
義臣さんの旅行記を見ていて、思わず懐かしくなり、長々と
書いてしまいました。
ありがとうございます。

前日光さんも思い出があるのですね。
確かに生家は綺麗になっていましたね。
私もやはり最初に行った時の記憶は此れでは無くて
どこか生活の匂いが有りました。
数年前の時は記念館も立派に出来て(内部撮影禁止)、
だんだん生家のイメージが博物館的になってきたようで寂しい限りです。
今回は団体と言う事もあって、時間に限りがあるので
ジックリ見ませんでした。
縁側で。。日なたぼっこのイメージ、で終わりです、
皆さんご存知の詩は書きませんでした、
意識して空の写真を入れてみました。
安達太良は雲でとうとう見ることが出来ませんで残念です。
展示の蓄音機は前回と同じ、レコード板は幾分新しい板で、
黒塚の近くのふるさと公園内の建物では舞台もあるようです、
此処で劇はやるのでしょうか?
長い書き込み大歓迎です、 有難う
義臣
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