今年は浅草七福神:旅じぞうさんの旅行ブログ
浅草の七福神は何故か七福神なのに9カ所の神社仏閣をまわります。ぐるっと9カ所を回るようになっているのでどこから回っても良いし,また時計回りに回っても反時計回りに回っても良いみたいです。あるサイトに矢先稲荷神社から時計回りに回るのがご利益が多いと書いてあったのでそこから回ることにしました。
http://www.asakusa7.jp/map.html
銀座線田原町駅の駅員さんに「七福神巡りをするので矢先稲荷に行きたのだが…。」と道を聞いたのですが、知らないとのこと。地図に乗っていた合羽橋道具街通りの交番の行き方を教えてもらいそこを目印にすることにしました。交番に着くと目の前のビルの上にコックさんが。しばらくレストラン用の看板やボード、のぼり、珍しいキッチン用品をなgめながら合羽橋道具街通りを歩いて行きました。
途中のお店で矢先稲荷への行き方を聞いたら,道を1本間違えて教えてくれました。おかげで周りをぐるぐる回るはめになりました。途中、スカイツリーが道の間から姿を現しているのに気づき感動。タバコ屋さんなどの協力でなんとか矢先稲荷をみつけました。
【矢先稲荷神社】矢先稲荷神社はになんとかたどり着きました。ここで七福神の御朱印用の色紙を購入しました。それぞれの場所でこの色紙に御朱印を押してもらいます。
冷えたためかトイレがしたくなったので聞いたらお家の中に入れてくださった。
http://www.asakusa7.jp/yasaki.html
【浅草鷲神社】
つぎは浅草おおとり神社を目指します。ここは寿老人が祀られています。
http://www.otorisama.or.jp/
【浅草鷲神社】
11月の酉の日、都内いくつかの神社で酉の市がひらかれています。縁起物の熊手が売られている威勢の良いお祭りです。
ある年新宿で終電をなくし友達と夜の新宿をさまよっていた時に花園神社の酉の市に出会い,その威勢の良さに感動し,その後何度も巣鴨などの酉の市に足を運んででいるのですがその発祥がここ鷲神社です。
【浅草鷲神社】「なでおかめ」というおかめの面が正面にまつられています。面のなでる場所によってご利益が違うそうです。
おでこをなでれば賢くなり
目をなでれば先見の明が効き
鼻をなでれば金運がつく
向かって右の頬をなでれば恋愛成就
左の頬をなでれば健康に
口をなでれば災いを防ぎ
顎(あご)から時計回りになでれば物事が丸く収まると云う
あごから時計回りになでた後,目をなでた。
【吉原神社】吉原神社はその名の通り遊郭、吉原にある神社です。元々吉原は日本橋近く、日本橋葦町あたりにあったのですが、1655年明暦3年の大火事のあと、千束のこの地にに移されてきたようです。せいかくには新吉原と呼ばれる様です。新吉原はお堀に囲まれた四角形の地域でブラタモリによると風俗だけの町ではなく,最先端の文化の発信地で,男だけでなく女性も遊びに来る所だったようです。玄徳稲荷という古くからの神社と新吉原の4隅にあった4つの神社が明治時代に合祀され吉原神社になったそうです。
http://www.asakusa7.jp/yosi.html
【吉原神社奥の院】吉原神社のすぐ近くに吉原神社奥の院はあります。昔,吉原神社のあたりには昔 弁天池があったがその池畔に弁天祠が祀られていた。ここが吉原神社の奥の院のようです。
http://www.maroon.dti.ne.jp/~satton/meisyo/yosiwarajinjya.html
【吉原神社奥の院】関東大震災の時多くの人がこの弁天池に逃げてきて,490人もの人たちが溺死したそうです。その供養のために観音象が大正15年建造されたそうです。また祠には壁画が描かれています。
【吉原大門】吉原神社から不動院、石浜神社に向かう道の左右に吉原大門の名の刻まれた柱が対になって立っている。向かいはここに聞が会って,ここからしか吉原に入れなかったそうです。そしてここより吉原神社側が新吉原のエリアだったみたいで、この道が新吉原の中央の大通りだったみたいです。よく見るとその左右に碁盤の目のように道があって、そこには吉原の名残を今に残すように,ラブホテルなどが並んでいました。この道をおじいさん,おばあさんが僕らの逆向きに集団となって何組も歩いてきます。おそらく七福神巡りの人たちでしょう。
【石浜神社】石浜神社は古くは724鎮守された、歴史のある神社ですがしらひげ西地区の再開発で昭和63年に現在の場所に移ったようです。ここは時計回りと反時計回りのぶつかる所なのか、混んでいて御朱印をもらうのにものすごく待ちました。
http://www.ishihamajinja.jp/
【不動院】不動院は布袋尊をおまつりしています。
東京大空襲の際もこのあたりは戦禍を免れたため 1845年弘化2年煮立てられた本堂が残っています。
http://www.fudoin.jp/
http://www.asakusa7.jp/fudou.htm
【不動院】派手さはないですが,何となくいいお寺です。冊子などで見ると布袋さまも楽しそうでいい感じの像のようですが、奥の方にあって直接拝むことができなかったのが残念です。
【今戸神社】今戸神社は古くは源頼義、義家父子が奥州の安倍貞任討伐の行く際に勧進したのが始まりのようです。ただその後も被災,再建を繰り返して来たみたいで近くは関東大震災、東京大空襲でも被災したそうです。
【今戸神社】
embers2.jcom.home.ne.jp/imadojinja/T1.htm
【今戸神社】朱印のため並んでいると女性の神主さんがいろんな人に声をかけて回っている姿をみつけました。家に帰ってホームページを見てみると,美人姉妹の神職さんがいて、このお姉さんはイラストレーターでもあるそうです。神社でイラスト教室もやっているそうです。
http://imado.blog40.fc2.com/
http://members2.jcom.home.ne.jp/imadojinja/A22_1.htm
【今戸神社】やがて神職さんは朱印所の手伝いに回って来てくださったが,順番でもう一人の方に朱印を押してもらいました。ちょっと残念。
【今戸神社】おみくじに招き猫がついています。しかもネコの顔は何種類か会って すいていれば気に入った顔のネコのおみくじを選べます。
【今戸神社】社殿の右前にも対になった招き猫がいます。待ち受けにすると縁起が良いと書いてあるので、その前で妙に時間をかけて写真を撮る人がいて並んでるものとしては困ります。
【今戸神社】ここは沖田総司のなくなった場所でもあるようです。江戸末期有名なお医者さんがいたので,ここで沖田総司は最期 養生していたみたいです。
【待乳山聖天】
この場所には聖徳太子の頃から,人々の信心が集まっていたようです。ご本尊の聖天さん(大聖歓喜天)は仏法を守護し、仏道を行ずる人々を 守護する天部の神様です。聖天さんはインドでは像の顔をしたガネーシャです。
待乳山聖天には毘沙門天が祀られています。毘沙門天はご本尊の聖天さんの守り神として古くから祀られているそうです。
【待乳山聖天】
大根まつりでは法要の後、正月中にお供えされた大根を調理した、風呂吹き大根がくばられます。ただ行く時間が遅かったため,整理券をもらう前に最後のふろふき大根が配られてしまいました。
【待乳山聖天】巾着と二股大根が組合わさった紋章が至る所にあります。2つの二股大根が絡み合った姿は想像通り、夫婦和合,子孫繁栄を意味しているそうです。
夫婦和合と言えば,頂きにある本龍院には象頭人神(ガネーシャ??)の男女が抱擁する秘仏「大聖歓喜天」が祀られ,その姿から聖天さんは夫婦和合の神様と庶民信仰を集めて来たそうです。「聖天は娘の拝む神でなし。」と言う江戸川柳もあるみたいです。
【待乳山聖天】
素朴な顔をした背の高い像が入り口近くにあります。顔と体に違和感を感じましたが,実は顔だけ見つかったものに後から胴体を加えてようです。ただお顔は本当に素朴でホッとします。
【浅草神社】
三社祭で有名な浅草神社です。こちらには恵比寿さまが祀られています。
この次にお参りする浅草寺は推古天皇の頃(628年)は,隅田川で漁をしていた檜前浜成,竹成兄弟が5cm程の近の観音様を網で引き上げたので,郷司の土師真中と一緒に安置したのが始まりと言います。浅草神社はこの檜前兄弟と土師の3人を祭神とする神社です。
【浅草寺】参拝者はたくさんいましたが、本堂は大きくあっという間にさんぱいできました。御朱印も影向堂と言う別のお堂だったので予想に反してすんなり御参りできました。ちなみに大黒さまも影向堂にいらっしゃいました。
七福神の御朱印。今回は去年と違い七福神そのものを拝めなかった所が多かった。寺社にはお参りしたが,七福神さんに会った感じがしない。福禄寿さんや寿老人さんが2カ所ずつあったりしたせいかもしれないですが。
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