英語だけを使って中国の瀋陽市に一人旅は出来るか? Part2:Toshさんの旅行ブログ
さて、英語が使える場所は4スター以上のホテルと分かりました。
あ、間違えた。Ryden Hotel(2or3スター?)のマネージャーも話せた!
昨夜マネージャーに瀋陽の情報をたくさんもらった。バスを乗る場所。降りる場所。でもちょっと不安。
もし、街の中の情報をがほしければ、そして、路線バスなど交通情報が欲しければ、迷わず4スターホテルのフロントに駆け込むことにしました。
この日は戦争博物館まで行きたいがどう行くのか分りませんでした。
どうしよう?
すかさず、ホテルへ。綺麗なお姉さんがフロントに出てきて、どのバスに乗ればよいのか教えてくれた。
謝謝!
が、博物館が左側にあったにもかかわらず、乗り越してしまった。
とほほ!途方にくれた。
その後、どうしたかって?
それは、これからのお楽しみ?!
瀋陽故宮の門から、中を見ると、ズズーット奥に、大きな建物がありました。よし、あの建物まで行こう!と歩くことに決めたのですが・・・実際歩いてみると、えらい距離があり、疲れ果挫折してしまいました。情けない(-_-;)
故宮の門をくぐってから、先ほどの軍隊?の門を通過し、その後もしばらく歩きました。
そして、振り返ると・・・
巨大なビルが!!!
これってなんだろう?
目の前にはビッカビカの観光バスは止まっているし・・・
瀋陽は、新しい建物がすごい勢いで建っているんだなあ〜!
酒店と書いてある。ホテルなのだろうか?それとも、居酒屋?前を通ってみると、テーブルあるし、レストラン?
そういえば、12年前、カナダのオタワに行ったとき、「酒家」と書いてある家が並んでいるのを見て、「おおーっと!ずいぶん居酒屋があるものだ!?」とか思い込んでいたっけなあ。
それにしても、この建物はなんだろうか?
大酒店がホテルだから・・・やっぱホテルなんだろうか?
挫折して、ここで引き返す。
引き返す途中に、ヒスイの首飾りがたくさん売っていた。1つ60元からだった。4つくらい買った。
故宮入り口の写真です。
ピンク色のダウンジャケットを着たお嬢様方たちが、満州族の女性?
よーし!ここでは英語が通じるだろう!なんつっても世界遺産の瀋陽故宮なのだから!
と思い、チケット売り場で勢い勇んで英語を使ってみたら、マッタクツウジナカッタ。
このピンクのダウンジャケットを着ている案内嬢?に「Do you speak English?」と言ってもキッときつい顔をして、・・・???・・・石になった。
英語?・・・世界遺産でもお呼びでない?
しかーし!中に入ってみると、中国語と英語で説明が書いてあった。
英語で説明が書いてあるなら、話す人を一人でも雇えば良いのになあ。というのが感想です。
故宮の従業員さんへ、
オラ家(げ)の方の言葉で言うと、「ほんと、どうすっぺ?」って感じで対応するのはちっとやめて欲しいなや。
んんん・・・
世界遺産で No English?
なんか変な感じだなあ。
まあ、白神山地でも通じないかあ。
ってことで強引に納得しました。
おなかが空いたので、昼食に。瀋陽の知人にどこかよいお店はないかと聞くと、ここを紹介してくれた。
たぶん、ここは、さっき挫折して戻ってきた道のずっと奥、門のすぐ手前だと思う。
ここは、故宮に仕えていた料理人が開いた餃子店だそうです。皇帝に出したといわれる餃子コースです。写真は前菜です。
100元で4人前のコースを注文したのですが、前菜だけでえらいたくさんありました。この後色々な餃子が出てきました。海老餃子、豚肉の餃子、辛い餃子、ピンクや紫や緑の餃子、とてもおいしかったのですが、正直食べ切れませんでした。残った食べ物はパックに入れて持ち帰り!青島ビールを2本飲んで〆て125元。
ここは、地元の人たちが行く秘密の場所?日本人は誰も見かけなかった。値段はメニューに記載されてるので、ボラレるようなことはないと思います。
もしこの店を見かけましたら、入ってみてはいかがですか?
コッテリ派には向きませんが、中国の素朴な味をお好みの方にはお勧めだと思います。
撫順から来たの知人の写真です。手前の鍋には、蜆の様な小さな餃子が入ってました。二人とも餃子と一緒にお湯を掬い、椀に注いで食べてました。自分にも分けてくれたのですが、味はありませんでした。ただ水で煮ただけでした。
もし、自分一人がここに来て、この水餃子を食べたなら、きっと醤油か塩を入れるだろうなあ。
ここはNew Mart
・・・ 写真では
「新 王馬(これで1字) 特」と書いてある
ここは最近できたらしいショッピングセンター。中は近代的で、日本のショッピングセンターと同じでした。
人がごった返してました。日中の昼過ぎともなると、ここばかりでなく、中街にはえらいたくさんの人が繰り出して来ました。手前は地下街への入り口です。
New Martの中です。どうです?日本のデパートと同じでしょう?
・・・でも、一寸だけ心配なことが・・・
こんな風に、商品を出しておいたら、人がごったがえしてるとき、盗まれてしまわないでしょうか?
瀋陽は治安がいいんだねえ。
そういえば、食べ物も豊富にあったし、人の顔にもゆとりがあったなあ。
バーゲンなのか?1着298元(4470円)が一番高いものだった。やはり中国。店内の色は赤が基本だった。まあ、オレも赤が好きだから、そのまま中国に住んでも違和感ないなあ。そのまま住もうかなあ。ははは
New Martの後は、柳条湖事件(中国では九一八事件)や、南京大虐殺の資料が展示してある歴史博物館に行きました。写真が、その建物(旧館)です。えらいデカイです。
歴史博物館へは、どのようにしたら行けるのか分からなかったので、今までに学習した「英語を使うなら、4つ星ホテルのフロントへ」という知識を活用することにしました。
中街にあるNew Mart近くのホテルにどかどかと入って行って、フロントの美しい女性の方に行き方を聞いた。すると、彼女はNew Martの前から出ているバスに乗り、「歴史博物館」で降りれば良いと教えてくれた。
バスの番号は???いくつだったっけなあ。もう忘れた。失礼。お役に立てずにすんません。
バスに乗ったところ、中が混んでいて、あまり外が見えなかった。「混んでいて、身動きできないし
きついなあ。早く着かないかなあ。」とそんなことばかり考えていました。行っても行っても着かなかった。
そして「おかしいなあ」と気付いたころには遅かった。
そのとおーーり!
乗り越してしまった。(~_~;)
バスを降り、「あーあ。どうしよう。(-_-;)」としばらく落胆し、呆然とていました。
だが、一念発起し、タクシーを拾うことにした。そうすると、ちょうどいいところにタクシーが来たので。そこで、手を挙げた!
停まるー!・・・かと思ったら、あれれ?通り過ぎた。人が乗っていたのだった。また手を挙げたがまた通過した。
「がっくり(-_-;)」していると、近くに「キュッ」と赤い車が停まった。そして運転手さんが、ドアを手動で開けてくれた。中に入った。
でも???なんだろ、タクシーじゃないような・・・うんん、一般車???これってヒッチハイク?危険な空気?でも運転手さんは素朴そうだしなあ。まあ、でもいいか。もう、どうにでもなれ!とばかりに話し始めた。
運転手に行き先を告げたが、???当然英語が通じない。困った。次に運転手さんは、ペンと紙を自分に突き出した。
しばし筆談。
書いた文字は、「柳条湖事件」。で、しばらく「あーでもない珍聞漢文」のやり取りをした。分かったのやら分からぬのやら。
でも、その後、運転手さんはなんとなく合点したのか、車ゆっくりと動かはじめた。そして、中国の運転手恒例の、クラクッションを鳴らし、縦横無尽に斜線変更をし、すっ飛ばした。
うーん、どこを走ってるんだ?正直どこに向かっているんだ?何がなんだか混沌として分からないが、どんどんドンドン進んで行く。
うううんんん。このまま、どこか変なところに連れて行かれてしまうのだろうか??
そう思っているうちに、「おおおおお、見えてきた!」ということで、ついに到着!!
はーあ!長かった。
タクシー???の運転手さんにはいくら払えばよいのか、分からなかったが、手元にある、10元を渡し・・・というか受け取らなかったので、置いて、「謝謝」と言って車を出た。
運転手さんはにこにこ笑って「ぶーくーちー(どういたしまして)」と言っていた。中国って怖い感じがしたけど、またしても良い人に会ってしまった。中国最高!!
歴史博物館はこの日は補修工事のようでした。殺風景で、風がぴゅーぴゅー吹いていた。工夫さん、寒い中ご苦労様です。
さあて、拝観!そう思って中に入るが・・・???・・・なにやら・・・館の様子。
受付の女の子曰く、「3時半で閉館です」とのこと。彼女に「日本から来たので、どうにか入れてください。」と頼みこんだ。
でもだめでした。「その代わりに、中に貼ってある写真はこういうものです」といって、博物館の写真全部?をを写真集にした本を机の上に出し、パラパラとめくって見せてくれた。
それは・・・日本軍人が遊び半分に、中国人の首を切ってずらっと並べている写真、日本軍人が現地の女性に身ごもらせたり、その赤ちゃんを女性の腹を裂き、内臓もろとも赤ちゃんを引きずり出している写真などがあった。日本の歴史の教科書には決して出てこない物ばかりだった。
こんなことを実際に日本軍がしたのかと思うと、ひどく胸が痛んだ。
その写真集は250元でした。あいにく手元には150元しかなく、カードも使えないようなので、写真の少ない100元程度のものを購入した。
前から、冊子の写真を掲載しようかどうか考えていた。あまりにも衝撃的過ぎて、日本人(自分を含めて)なら直視できない写真になることだろうからと、そう考えていた。
瀋陽旅行に行って2年が経ち、やっと決心した。
これから掲載する4枚は博物館にある写真のほんの一部です。たぶん、義和団事件以後の様子だろう。
賛否両論はありますが、二度と同じ過ちを犯さないために、自分達の過去を知ることは大切だと思います。
この写真は、首切り場面。
真ん中には縄で縛られ、覆面をかぶせられた中国人が座っています。その左には、日本人がいて、腰をくねらせて、手に持った日本刀(刀は良く見えません)を振り下ろそうとしています。後ろでそれを見ている日本人は笑っています。
博物館からの帰り道、中街へ帰るバスに乗るため、テクテクと歩いた。
すると、長い橋にぶつかった。そこに柳条湖橋と言う文字が書いてあった。ここが満州事変の始まった場所なのだなということを実感しました。
柳条湖事件があった線路の上を走る列車の写真です。手前の木には・・・アレー?珍しい、こんな冬枯れの季節に、緑の花が・・・と思ったら、ごみになったデパ袋だった。
よーく考えれば、緑の葉がないのに、花なんて咲かないか・・・しかもエメラルドグリーンの花なんて・・・はは^_^;
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