熊川宿 :ホーミンさんの旅行ブログ
若狭から熊川、滋賀の朽木、京都大原を経て京の都まで続く道を、鯖街道と呼びます。
それは日本海でとれた海産物を京都に運ぶ重要なルートであり、京料理の文化を影で支える大きな役割をはたしました。
短い訪問でしたが、素敵な出会いもありました。
地形上、風が強いため火事が非常に多い町だったそうです。「家は燃えるもの」という考えから、建て替えをあまりしなかったことが、古い町並みが残った理由の一つだそうです。
白壁の蔵が素敵です。
おじさんの名前は宮本さん、熊川宿のボランティアガイドをしておられるそうです。見るからに優しそうな方でしょう?
お出かけをされるところだったようですが、よく通るきれいな声で、いろんな話を聞かせて下さいました。
地元の人は、上ノ町、中ノ町、下ノ町を、「しもんちょ、なかんちょ、かみんちょ」と呼ぶそうです。へぇ〜、気取りがなくて親しみが持てる呼び方ですね。町のそばにある山なども、地元独特の呼び方があるそうです。
他にもいろいろと教えていただきました。
造詣が深いのはもちろんの事、わかりやすい言葉使いで、初対面の人でも話にぐぐっと引き込む、不思議な魅力を持った男性でした。
このように郷土を愛する方たちと出会える機会があるので、旅は楽しいです。
ここで少々建築学のお勉強を・・・。
写真にあるような古い町屋は二階が低く、「厨子(つし)二階」と呼ばれているそうです。正面の虫籠窓(むしこまど)が素敵です。
この家は塗込造の家だそうです。
塗込造とは、柱や軒などの木の部分を壁で隠してしまう形式のことだそうです。
屋根の上には、越屋根と呼ばれる煙抜きも見られます。
ちなみに柱や軒などの木の部分を壁で隠してしまわないのを、真壁造というそうです。残念ながら写真はありません。あしからず。
この町は国の重要伝統的建造物群保存地区です。
色とりどりの花や魚のモビール、かわいいくすだまが窓辺に飾られて、道行く人を楽しませてくれます。
手先の器用な方が住んでおられる家のようです。
ゆっくり楽しんでみていたら主人(この家のご主人ではなくうちのダンナ)に「よその家の中をジロジロ見るんじゃない」と注意されました。f(^^;
熊川宿の隠れた人気者、「ライオン歯磨き」のライオン君の看板です。色もナチュラルです。
今使われているかわいいキャラクターに比べると、想像できないくらい、ずっと威厳のある立派な顔をしていたんですね。今のライオン君の方が商売は上手そうです。
ここにもさりげなく、使い込まれたいもぐるまが飾られています。
まる志んさんの正面。
「どこか食事が出来る所はありませんか?」と聞いたら、宮本さんが薦めてくださったお店です。
珍しい葛入りのお蕎麦をいただきました。お蕎麦やお出汁もさることながら、肉厚の椎茸が非常に美味しかったです。お蕎麦の写真はありません。いつも半分以上食べてから「あっ、写真を撮るのを忘れた」と気がつきます。食いしん坊なもので・・・。
鯖寿司をお土産に買いました。
同じくお店の内部です。
古い家具や陶器などが、よく手入れされていました。大事に使っておられたのでしょうね。古い物を大切にされる方は好きです。私も古くなるほど大切にしもらいたいなぁ・・・。
宿場館です。
明治村にありそうな建物です。
かつての熊川村役場で、今は資料館として使われています。月曜休館。私達は火曜日に行ったのですが、前日が祝日のため閉まっていました。
ここの女性職員さんには、後日たいへんお世話になりました。親切な方でした。
旧逸見勘兵衛邸。
伊藤忠商事二代目社長となった、伊藤竹之助さんの生家です。現在、町指定の文化財です。
お隣も立派な人のおうちだったのですが、誰のだったか忘れてしまいました(;^_^A
二階からの吹き抜けの眺め。
平成7年から9年にかけて改築される前の写真を見せてもらいました。ボロボロ(失礼)でした。ですので、この柱や梁なども、昔のものと平成のものが混じっています。
道の駅「若狭熊川宿」にあった道標です。ここが上ノ町のはずれになります。西口公園から1キロ余りの所にあります。
道の駅「若狭熊川宿」内にある展示館です。
鯖を運ぶ様子がジオラマで見られます。
夏山や通ひなれたる若狭人 与謝蕪村
熊川宿のそばを通るとき、いつも気になっていた山の中腹にある光った謎の建物。
「あれは何だろう」といつも主人と言っていました。
拡大するとこうです。
熊川宿に住む方に今回初めて聞きました。浄水場だそうです。正体がわかってスッキリ。
この町で会った人たちは、皆さん親切でした。私が幼かった頃、こういう人たちが多かったのじゃないかなぁ・・と思います。現代の日本人が忘れかけている古き良きものがここにはまだある、そんな感じでした。

ホーミンさん、はじめまして
鯖街道、今年の夏に天橋立の帰りに通ったような?
昔の人の、苦労が偲ばれます。今の人は、魚の食べ方へたくそですが、昔は
キレイに食べたんでしょうね。

ご訪問、書き込みありがとうございます。
黒鯛釣師さんは文字通り、釣りをされるのでしょうね?私はしませんが、主人が大の釣り好きで、たまについて行ったりします。
黒鯛釣師さんのエジプト旅行を見せていただきました。今年5月にエジプトに行ったのですが、ツアー全員がおなかを壊し、最終日の博物館見学はヨレヨレの状態でした。ミイラやツタンカーメンの黄金のマスクは見たものの、ピラミッドのてっぺんは見た覚えがありません。黒鯛釣師さんのブログを見るまで知りませんでした。残念。
これからもよろしくお願いします。
ホーミン

ホーミンさん、今晩は!
エジプト、トルコの旅行記読ませてもらいました。八日間の日程、凄いですね、私が昔 エジプトに行った時も八日間でしたが・・・イヤ〜 ビックリです。お腹を壊すのは、エジプトでトルコに持ち込みで、また エジプトに戻った訳ですか?食生活の違いと強行スケジュールだけでも、お腹壊しちゃいますね!
黒鯛釣師がエジプトに行った時も、半分くらいはお腹壊したような!黒は、日頃から免疫が出来ているせいか大丈夫でした が・・・・インドは、エジプトに輪をかけたような、添乗員がインドの次がエジプトでしょうかね〜!ナ〜んて言っていたのを思い出しました。さすがに、黒も最後の最後、成田で手続きを終えて、荷物を受け取る前で、ご愁傷さま状態になってしまい、その日は最悪でした。
モハメド、アリ、モスクとブルー、モスクってどちらが(中)大きいと思われました?黒はモハメド、アリ、モスクが大きいような気がしたんですが。
イスタンブールって名前からしてエキゾチックで行って見て、橋の上からのんびり釣り糸を垂らして、人なつっこい顔した暇人のトルコの風土、国民性
景色も含めて、日本人向きで黒的には もう一度行って見たい処です。
今後とも、宜しくお願いします。

黒鯛釣師さんへ
投票までしていただいたようで、ありがとうございます。
> モハメド、アリ、モスクとブルー、モスクってどちらが(中)大きいと思われました?黒はモハメド、アリ、モスクが大きいような気がしたんですが。
モハメドアリモスクは、絶食状態ヨレヨレで行ったので、記憶があまり定かではありませんが、ホーミンはブルーモスクの方が大きいと感じました。ブルーモスクの方が、天井が高かったからかもしれません。
エジプトの次はインドに行こうと思っていましたが、エジプトより怖いんですか〜?オツムと共にお腹の弱いホーミンは撃沈しそうですY(>_<、)Y
インドは行ったら病み付きになる人と、二度とゴメンだという人と両極端に別れると聞きました。自分を知るためにも一度は行ってみたい国です。
ところで黒鯛釣師さんはタンザニアの人を援助されてるのですね。
ホーミンも、フィリピンの貧しくて学校に行けない子ども達を3人援助したことがあります。大学を出たら定職に就けて、安定した生活がおくれると聞きましたので、大学まで援助するつもりでした。フィリピンのネグロス島まで、三度彼らに会いに行ったこともあります。
しかし、ハイスクールを卒業したら、生活のためにたちまち働かなくてはならず、3人とも、女の子は月給3000円のメイドに、男の子は5000円のサトウキビ畑の小作人になりました。このときは、自分の非力と考えの浅さを痛感しました。他にも援助の難しさを感じるところがありました。
長々と自分のことを書いてすみません。
これからもよろしくお願いします。 ホーミン

今晩は、ホーミンさん。
黒もパソコンは弱くて、4トラの会員の方へのカキコ失敗する事たびたびです。
3人も援助されて、現地に会いに行ったんですか!素晴らしい事されてきたんですね。
インド、一度行ったら病み付きになる人、一度で沢山って分かれるの 何となく分かりますネ。黒も何度も行ってみたい部類に入りますが、海外は仕事の関係で定年までの数年はお預け状態で、国内に活路を見出しています。
一度しか行っていませんが、少しばかりですが 以後の黒は変わりましたネ。日本にいたって、お腹壊す時は壊すんですから、インドはお勧めですよ。
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