1997年11月 エジプト旅行:☆ from HIJ ☆さんの旅行ブログ
97年11月12日〜11月22日、団体ツアーを利用し友人とエジプトに行ってまいりました。
その最中にルクソールのハトシェプスト神殿でテロが起こり、多くの方が犠牲になりました。
亡くなられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。
エジプトツアー概要
ツアー代約33万円、国内交通費など含め、トータル40万円弱。
フライト・・・KLMオランダ航空。フライト時間約17時間。待ち時間も長く少々つらかった。
気候・・・11月のカイロは比較的涼しく夜は長袖が必要だった。だが、当然南に行けば暑い。
使ったガイドブック・・・ひとりで行ける世界の本「エジプト・カイロ」(日地出版)
持っていってよかったもの(◎)と必要なかったもの(×)
◎正露丸・・・本当にお腹を下した。疲れで体調を崩したせいだろう。
◎ボールペン・・・エジプト人はあらゆる所でボールペンを欲しがる。チップの代わりにも使えた。
◎目薬・・・砂漠では目が乾くので。
×醤油・・・エジプトの料理は口に合わないかと思ったが考えすぎだった。
×水着・・・ホテルのプールで泳ごうかと思ったが、行ってみるとそういう気持ちにならなかった。
(◎吉村教授の本・・・エジプトの歴史などがわかりやすく事前に読んでおいて正解だった)
エジプトで感動したもの
1.ナイル川・・・カイロはそうでもないが南の方に行くと、砂漠の中の"青"に安らいだ
2.壁画・・・遺跡に残っている壁画によって当時の人のことを知ることができると思うと感動した。最高のタイムカプセル。
3.飛行機国内線・・・指定席ではない、早い者勝ち。
エジプト人
子どもはとてもひとなつっこい。どこにいっても寄ってきて名前や歳を聞いてくる。 それに、その表情がまぶしいほどの笑顔でとても気持ちいい。
現地コーディネーターの方の話によると、エジプト人は話の最後に必ずといっていいほど、 「神が望めば」と言うらしい。宗教の関係だが、それがいいわけとしても使われ、 約束が果たせなかったり、時間に遅れた時に「神が望まなかったのだから仕方ない」となるそうだ。 仕事が絡んでくると「神が望まなくてもきて!!」と叫びたくなるとのことだった。 そのことからも分かるように、のんびりしていて、「2時間遅れまでは定刻通り」という世界のようだ。
テロに関して
観光客をねらったテロが実際に起きている国だけに、もちろんテロ対策というものがある。 カイロの街では、一定の間隔を置いて警官がライフル銃(空砲?)をもって立っている。有名な観光地では間違いなく警官が構えている。 また、長距離移動する観光バスは警官の護衛がつかなければならない。 ツーリストがレストランなどに入って観光バスが空になると、爆弾を仕掛けられないよう警官が見張る。
1997年11月13日。
朝8時起床。カイロに着いたのは昨日、というか今朝。朝5時にホテルにチェックインして荷物を片付けたのは6時半だから、1時間半しか寝ていない。
but、その眠気もピラミッドを見たらどこかに行った。
バスから写真やテレビで見るとおりの3大ピラミッドが見えてきたときの気持ちは
「あ〜、本当にエジプトにきたんだ〜!」
クフ王のピラミッドに入った。狭い通路をあるいていくと、がらんとした空洞に着いた。そこにお棺をのような石がポツンとおいてある。
何のための石なんでしょう。やはり棺でしょうか。。。
午後からはカイロ考古学博物館にいった。
ミイラを作る台、ツタンカーメンの仮面などが、雑然と展示されている。
そしてミイラ室では、歴代のファラオたちのミイラが展示されていた。
ラムセス2世も中央にいた。本物だよー!何千年か前には、今目の前にあるラムセスが生きて、動いて、エジプトを支配してたんだから!本当にすごい!
金髪の巻き毛が残っていて、動き出しそう。
名残惜しくて、じっと眺めていると、ガイドさんが探しに来た。
1997年11月14日。
バスでアレキサンドリアへ移動。
グレコ・ローマン博物館の後、カタコンペ(地下墳墓)を見学。
ミイラを作る様子の壁画や、数多くの穴は見ごたえあり。
昼食は、サン・ジョバンニという地中海沿いのレストラン。地中海は本当に美しい。ギリシャやイタリアもこんな感じなんだろうな。さわやかな気分になる。
ポンペイの塔という、丘にひょっこり立っている塔を見た後、カイトベイの城塞へ行った。
遠足中のエジプトっ子たちが多く、外国人と話をしようと近寄ってくる。
注意を引きたいのか、タキシードを着て、そばをちょろちょろついてくる子もいた。
1997年11月15日。
今日は、飛行機でアスワンに来ました。
まずはアスワンハイダム。(正直言って、大きなダムですね、という程度の感想だった。)
そして、オベロイホテルにチャックイン。
広くて、バルコニー付で、部屋から見えるナイル川が最高!
夕方からナイル川でファルカ・セーリング。
途中で、船頭さんが別のファルカに乗っていた友人を合流させ、歌えや踊れや♪。
30分の予定だったらしいが1時間以上のセーリング。こういう時間のルーズさなら大歓迎。
楽しかった。
1997年11月16日。
今日は、一番楽しみにしていた場所アブシンベルです。
しかし、朝から腹痛。おなかが痛い。
朝食をとらずにアブシンベルに出発。
ラムセス2世が作ったこの神殿は、本当に、とても大きくて感動。人間なんて豆粒。
神殿の中にも巨像が並ぶ。
壁画にはエジプトとヒッタイト(トルコ)の戦いが描かれていた。
この戦い、実際は引き分けかヒッタイトの優勢だったらしいけど、
自己顕示欲の強いラムセスは自分が大活躍している壁画を残したんですって。
大神殿をでて、隣の小神殿(ネフェルタリの神殿)の説明を聞いている最中、ついにあまりの暑さと腹の不調でダウン。
みんなが小神殿に入っている間木陰で休むことに。
一番楽しみにしていた場所で、私はなにやってんだか。。。
1997年11月17日。
ルクソールに向けて出発。コムオンボとエドフを経由。
アスワンからルクソールに向かう全てのツアーバス(日本もドイツもアメリカもとにかく世界各国のツアーバス)が並んで朝7時半いっせいに出発。
観光客をテロから守るため、警察がバスを先導しないといけない。だから、すべてのツアーバスは決まった時間に同時に出発する。
さて、先導の警察に従い、コムオンボへ。
ここの見ものはワニのミイラ。除くようにミイラ鑑賞。
続いて、エドフのホルス神殿。壁画に描かれているホルスの神話が、絵巻物のようになっていておもしろい。この壁画で当時のことが分かるのだから、これはすごいタイムマシンだ、と感動。
そしてルクソールへ向けて出発。午後1時、ルクソール県境に到着。
先導の警察も交替のはずなんだけど、ルクソールからツアーバスを先導してくれる警察が来ない。
なにもない野原というか砂漠で10数台のバスの観光客が待ちぼうけ。
1時間、2時間と時間がたち、バスを降りて足を伸ばす観光客も増えてきた。
ガイドさんいわく、「エジプトでは、2時間の遅刻は定刻どおりですから。」
3時間後、午後4時、やっと警察が現れ、みんなルクソール市内に入ることになった。
予定を大幅に遅れ、ルクソール入り。ホテルにチェックインし、昼食と夕食をかねた食事をとる。
食後、添乗員さんとツアーコーディネーターが全員をプールサイドに呼び集めた。
「何もいわずに黙って聞いてください。」
「今朝ルクソールのハトシェプスト神殿でテロが起こりました。日本人も一人なくなっています。」
「まっ」と年配の女性客が低くうめいた。
添乗員さんはそれを制して続けた。
「犯人はすでに捕まって射殺されましたが、明日の観光は全て中止します。ホテルから出ないでください。」
重苦しい空気が流れた。
部屋に入ってテレビをつけるとトップニュースでこの事件が放送されていた。
先導の警察が遅れたのも、このせいだった。
18日。昨日のテロで亡くなった日本人は10人にも及ぶことが分かった。
全体でも70名近くの方が亡くなっていた。
テレビのニュースは、怪我をした人の映像や、遺体を引き取りに来た家族の映像、テロ現場のそばで観光をしていた人たちが撮影したビデオカメラでの映像などで心がいたんだ。
テロリストが犯行日・犯行時刻を少し変えていたら、死んでいたのは私だったかもしれない。
亡くなられた方の中には、これまでどこかの観光スポットですれ違った人がいるかもしれない。
一日中ホテルで過ごしたが、ホテルからナイル川の美しい景色が見える。
雄大で川の青さがすばらしい。
こんなに心がなごむナイル川の向こう側で、残虐行為があったなんて、信じられない。
世の中の不条理を感じた。
1997年11月19日。
ルクソールを出て、飛行機でカイロに。
そこでは「ルクソールへ行った?」が挨拶言葉のようになっていた。
まずモハメド・アリ・モスクを観光。
神聖な場所でしょうけど、テロの後だけに宗教の力や、信じることが違うとは何か、そういった重さを感じた。
エジプト最後の日は、カイロからバスでメンフィスとサッカラヘ行った。
メンフィスではラムセス2世の巨像などを見学するも、エジプトに着いてから偉大な遺跡を見すぎたせいで感動が薄かった。
サッカラでは、階段ピラミッドと貴族の墓を見学。墓には、当時の様子がイキイキと壁画に残されていた。
「ここが一番おもしかった」という人もいたくらい。
夜はハンハリーリ市場を散策し、最後の晩餐。
ハンハリーリでは、他の観光地同様、子供たちが寄ってきて、きらきらした目で「名前は?」などと話しかけてきた。未来を感じる目。
そして帰国。
いろいろあった。無事に帰国できることに感謝しなければいけない。
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