オーストリア・ハンガリーツアー(ザルツブルグ):ハートネッツさんの旅行ブログ
岐阜県はブダペストにあるリスト音楽院へ
バイオリニストとピアニストの卵を留学させる
事業を行っていて、多治見市からも加藤菜津子さんと言う
バイオリニストがリストに3年間留学、現在地元を中心に
活躍中です。その応援の意味もあって、
ハンガリー友好協会東濃支部が昨年設立されました。
そこで、ハンガリーへ岐阜県知事さんの親書を持って
ご挨拶に行くツアーを計画することになり、支部長さんである
有名陶芸家の加藤幸兵衛先生を団長に(何しろ、東濃地区は
美濃焼きの陶器処で、多くの有名作家さんが見えるところです。)
先生のご希望で、チロル地方から旅を始めることに
なりました。
中部国際からルフトハンザ航空で、フランクフルト乗換えで
ザルツに夕刻到着しましたが、この時期のヨーロッパは
夕刻でも昼間のように明るく、出発時、中部地方は大荒れの
天気で、30分以上出発が遅れると言う状況でしたのに、
晴天で、毎日のように真夏日が続く天気に恵まれた旅でした。
(写真提供:幸兵衛先生)
7/6はザルツブルグ観光に出発です。
旧市街の外のホテルに滞在した時には
観光バスで、ミラベル宮殿近くの
バス昇降場所から観光を始めるケースが
多いです。
旧市街にはバスは乗り入れ禁止と
なっています。
ミラベル宮殿のお庭は花が真っ盛りで、
庭の門をくぐると「きれ〜い」と
歓声があがりました。
新市街側と旧市街とは川をはさんで分かれて
いるのですが、その川近くにカラヤンの生家があります。
現在は修理中で、幕に覆われていました。
中心に見えているのがカラヤンの像です。
ザルツァッハ川に来ました。
対岸の有名な街並みの反対の方向の風景です。
そうそう、今回はなんと最初の日からカメラが
ダウンしました。
いつもでしたら、2台持って行くのですが、
今回に限って、いつも1台しか使わないからと
そして、大体使い方も分かったからと、
説明書を置いていったのです。
そこで、菜ちゃんのカメラと携帯のカメラで
写真を取ることにしました。
こちらがザルツブルグの有名な旧市街の
風景です。
この写真は携帯で取ったものです。
カメラと携帯がソニーだったので、
メモリースティックはたっぷりあって
困りませんでした。
それにしても今の携帯の性能は恐るべしです。
次にモーツァルトの生家がある大学広場に出てきました。
黄色い外壁がモーツァルトの生家です。
生誕250年といわれていますが、
それで、何かが行われているようでもありませんでした。
大学の隣にあるのがコレーギエン教会です。
ザルツブルグの旧市街は、
何処を見ても美しい建物で埋まり、
こじんまりとまとまっています。
小さいながらも、塩の交易で富を得て
「北のローマ」と言われた時代があったことが
よく分かります。
左手のフェルゼンライトシューーレと呼ばれる
会場から大ホール、小ホールと
奥まで続いているのが、祝祭劇場です。
ここからは遠すぎて様子が見えないのですが、
一番奥が、サウンドオブミュージックの
クライマックスの逃亡の舞台となった劇場です。
1705年創業とかで、老舗カフェとして
有名と言われるトマセッリまで戻り
大学広場の辺りで解散して、
皆さんは買い物に、
私はチップの両替に銀行に走りました。
ザルツの銀行ではハンガリーの通貨
フォリントへ両替できたので、
あさってのハンガリーに備えて、
フォリントも両替を済ませて、
ザルツの観光は終了しました。
次はザルツカンマーグトの白馬亭へ向かいます。

ハートネッツさん、こんにちは。
この回を見損ねていました。
留学中のバイオリニストの方だったのですね。
ハンガリーは意外に音楽とゆかりが深いことを最近知りました。
二年前に出かけたときはオペレッタの発祥の地のことやハイドンを支援したエステルハージ家のことを仕入れましたが、調べていくうちに、ショプロンはリストとゆかりがあるし、ベートーベンが滞在した貴族の邸宅のある町のことなども知りました。
{%ナイフとフォークwebry%}Special seafood meals severed on Lufthansa flights. ルフトハンザ航空で提供された特別シーフード機内食です...(by A GLOBETROTTER -AGT世界旅ログ- on 2008年11月09日 14:01)