武蔵谷保城跡訪問
JR南武線谷保駅下車甲州街道(国道20号)を渡り徒歩で約20分の谷保城跡を訪問しました。
谷保城跡は別名三田城跡又は三田館跡と呼ばれていますが、築城時期は14世紀頃、築城者は不詳でよく判りません。
城主についても諸説があり確定していません。県主定盛説(「江戸名所図会」より)、菅原道武説(父道真が太宰府に左遷時定盛に身を寄せ彼の娘を娶り子をもうけた。「天満宮略縁記」「安楽寺記」より)、津戸三郎説(「新編武蔵風土記稿」・「武蔵名勝図会」より)、三田氏説(三田右衛門が谷保に蟄居した。「城山由来記」より)、及び別の三田氏(江戸初期から三田氏が城山に住んでいた。「万治古絵図」より)と様々な説があります。
地勢的には国立(クニタチ)第一小学校の南側に比高差8mの青柳(アオヤギ)段丘が多摩川に向けて張り出した台地の端面に造られた館ですが当館跡は個人の敷地であるためか周辺に施されている土塁や空堀が極めて保存が良く充分な見ごたえがあります。
| 交通手段 |
JRローカル / 徒歩 |
| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
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| 手配内容 |
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谷保駅
谷保駅周辺観光案内地図
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城山入口
途中の案内板が見当たらず入口を探すのにしばし時間がかかりました。
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保全地域区画地図
地図下部ゾ−ンが公園となります。他方緑色でマ−クしている中央部は城跡のゾ−ンとなってます。
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城山公園案内図
公園内部は東西に細長く植物ゾ−ンを4テ−マに分けています。
即ち東から身近な野草・丘と雑木林・水と植物・暮しと植物に分かれています。
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土塁
どうやら居館を取囲んでいる土塁の一部と思われます。
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城山への入口
正門を示すような石柱が左右に建っています。右石柱に「城山」と刻印されているのが確認されます。この先に館があったと思われます。
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台地から見た公園
台地の下は急涯となっておりその下は公園沼地になっています。
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神明宮の鳥居
当社には津戸家の守護神とされる神明社が鎮座しています。
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神明宮参道
江戸時代の神明宮は神明山と称されていました。
禰宜(ネギ)を勤める代々の三田家の人は江戸時代を通じて土地や祠を維持管理しています。
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旧柳澤家住宅(復元民家)
江戸時代に青柳にあった農家を移築復元したものです。建築時期を示す資料等はありませんが解体調査の結果、江戸時代後期に建てられた家屋と推定されます。
(城山公園西側に「旧柳澤家住宅」が復元民家として併設されています。)
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土間
土間と台所
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谷保村・青柳村地図
移築前の青柳村と移築後の谷保村の位置を確認できます。
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柳沢
柳沢家住宅説明文
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