中国・湖北省 三国史跡めぐり 4:ゴリさんの旅行ブログ
マニアな旅、4日目。
この旅のハイライトとも言うべき当陽へ。ここには三国遺跡がわんさかある。大興奮の1日となった。
三国志データベース(河南省)
http://www.oct.zaq.ne.jp/afdlr005/page133.html
三国志データベース(湖北省)
http://www.oct.zaq.ne.jp/afdlr005/page137.html
宜昌を出て2時間、ようやく回馬坡に到着。ここは関羽ファンにとって悲しいところ。関羽が孫権に追われ、ここで捕まったという場所。関羽が捕まってからというもの、劉備勢力は衰退の一途をたどる。
そして当陽の街中へ。街の中心部には趙雲の像がある。
この街は曹操が南下して攻めてきたとき、劉備軍は逃げ惑う。そんななか劉備の子どもが置き去りにされる。その子どもを助けるために趙雲が単騎で救出したという場所。趙雲はこの街で英雄になっているのだ。
劉備の子どもを救出して劉備に子どもを渡した趙雲だが、劉備が子どもを投げ捨てるシーン。こんな子どものために、こんな優秀な部下(趙雲)を失うところだった!という感動のシーン。趙雲はこれを聞いて忠誠を誓ったということだ。それにしても、像がちゃっちい。
長坂坡公園からそれほど遠くないところに太子橋というのがある。この橋の下に劉備の奥さんが子どもをかかえて隠れていたというもの。奥に見えるのは太子賓館というホテルで、太子橋の名前をとっている。
これが娘娘井。麋夫人井とも言われており、趙雲が救出したにもかかわらず、怪我をしていたため私がいたら足手まといだからと、麋夫人が身投げしたと言われる井戸だ。民家の間の小さい公園のなかにある。
次に行ったのが玉泉寺のなかにある漢雲長顕霊処というところ。ここは関羽が処刑された後、関羽の霊がでてきたという場所。おどろおどろしい所で、夜は怖そうだが、この日は暑くて涼むには最適の場所になっていた。人がかなり多かった。
これが張翼徳横矛処。当陽のもうひとりのヒーロー。張飛の遺跡だ。ここで張飛が曹操軍を食い止めて劉備の危機を救ったと言われている。20騎しかいない張飛は長坂橋のたもとの森で土煙をあげさせ、大軍がいるように見せかけた。そして張飛は橋の中ほどに単騎で、「俺は燕人張飛だ!」と曹軍を睨みつけ、その凄みで曹軍は撤退したというところ。今は川らしきものがなく、当時からは川の流れが変わっているのだろうか。
周りは畑。右側にあるこんもりしたものが1800年前の城跡だ。孫権軍に追われここに関羽が篭っていたのだ。そう思うと感慨深いのだ。とても感動した遺跡である。三国志に興味ない人には、普通の畑とこんもりした山だと思うけど・・・。
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