ニンランの火把節と瀘沽湖再訪〜雲南をゆく1990 (16):がおちんさんの旅行ブログ
雲南省の北部にあるニンランの街にて、陰暦の6月24日に行われる火把節(たいまつ祭り)に参加しました。
当時は観光化もされておらず、民族色の濃い、地元民のための祭りを見ることができました。
祭りの後は1ヶ月ぶりに瀘沽湖に行き、村を訪ねたりキャンプをして楽しみました。
このような少数民族の祭りは雲南各地で行われているが、その多くが未開放地区だったので、当時は観に行くのが困難だった。
しかし、後年の観光化された祭りや、金をとって見せるイベント的なものとは全く違う雰囲気があった。
それは、参加者である彼ら自身が楽しむための祭りであったことだ。
山道を歩いて左所に向う。
山の中に一軒だけ家があった。家の前にいたおばあさんから、「雨が降るから家に寄っていきなさい」と言われる。
すぐに降りそうではなかったが、お茶を頂いているあいだに、突然ザーザー降りになったので驚いた。
おばあさんは、「ほら、雨が降っただろ」と笑った。まるで「デルス・ウザーラ」のように天気が読めるのだった。
蒙古族もモソ人も、元々は同じ民族。衣装も同じだ。
「雲南と四川に分かれて、呼び名が変わった」と地元の人は言う。
そして、自分達はフビライ軍が大理を攻めたときの末裔であると信じている。
何気なく撮ったこれらの写真も、今では貴重な民族的資料となってしまった。
現在の彼らは、民族衣装を着ていない。
蒙古族の家は丸太で組んだログハウスのようだ。屋内への入り口は小さく、床が高いのも特徴的だった。
これだと家畜が侵入しないそうだ。納得。
1990年8月23日(木)
今日は左所を出発する。H君ら3人が同行してくれた。
前回と同じく瀘沽湖で泳いだあと、彼らは雲南側の村まで送ってくれた。
再開を約束して別れる。
次に彼らと会えたのは、21年後のことだった。
1990年8月24日(金)
今日は永寧まで足を伸ばす。歴史の古い町だが、寂寥感が漂っている。標高が高いせいか、夏なのに旅社の部屋には電気コンロがあった。
この町出身の雲南民族学院の学生の話では、ここから山をいくつも越え、金沙江ぞいを歩いて中旬(シャングリラ)に抜けるルートがあるという。
※地元民しか知らない山道をぜひとも歩いてみたかったのですが、結局行かずじまいとなり、21年後の夏に途中の区間だけトレッキングしました。
http://4travel.jp/traveler/gaochin/album/10594859/
永寧の写真屋さん。記念写真の背景は、なんと手書きの絵。
1元払えば、運転席から顔を出して写真が撮れるのだ。
都会の様子を描いたのだろうが、きれいな空の青さは、この地に住む人ならではの発想なのだろう。
1990年8月25日(土)
永寧から見た獅子山。瀘沽湖から眺めるのとは、ずいぶん形が違って見える。
女神祭り(農暦7月25日)のときは、地元の少数民族が集まってにぎわうそうだ。
いつかその祭りも見てみたいとの想いを胸に、永寧を後にする。
オンボロバスで、5日かけて昆明へ戻った。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。